鶴と修羅〜助けられた鶴ですが、恩人の少年がトラックに轢かれて異世界へ!?え?私も行くの?〜

二階堂吉乃

文字の大きさ
上 下
13 / 30

13 雛の奪還 その1

しおりを挟む
            ♡


 森から戻った翌日、ケン一家は王子に呼ばれた。王子の天幕に着いてから、千鶴達は人間に変化した。奥では王子と参謀の爺さんが待っていた。

「今後の戦略に関わるから、参謀だけには正体を明かしてほしい。あの契約魔法をかけて良い」

 千鶴は青ざめる爺さんと“指切りげんまん”をした。嘘をつくと千の針が臓腑を抉る暗黒魔法だと思われている。今更、ただの言葉遊びだとも言えない。

 王子が早速、会議を始めた。
 
「次の街を攻める前に、雛を取り戻さねばならん」

「え? 何で?」

 千鶴は思わず口を挟んでしまった。

「ゴッズリバーは幼鳥や幼獣を盾に、魔物を操っているそうだな。ならば人質を奪い取るまでだ」

「ゴッズリバーって何?」

「まさか知らないのか?!」

 そのまさかだ。この国の名前も知らない。ケンがそっと教えてくれた。

「隣国の国名だ。我が国はイーストキャピタル王国だ」

「へえ」

 ギンも同様だった。

「オレも!初めて聞いた!」

「信じられない…」

 王子はぐったりと椅子に座り込んだ。爺さんが慰めた。

「一生村から出ない民もおりますから」

「…話を戻すぞ。雛を奪還したら、すかさず街を攻める。ここを守るのはハルピュイアだ」

 王子は地図の一点を指した。国境の大きな川の近くにある街だ。千鶴は昨夜捕まえたハルピュイアに訊いた。

「そうなの? レゼル」

 成鳥には名前があった。今は千鶴の妖術で鷲に変化させている。レゼルは縮こまって答えた。

「はい。人狼族が奪った後、我らが守護しております。私は伝令としてこちらにいました」

 城門を破壊されて戦況が不利となり、王子を攫えと命じられたらしい。千鶴は震える鷲をそっと抱いた。隷属印のせいだから、仕方ない。

「悪いけど、雛は私が取り戻す。これは鳥人族の問題だから」

 千鶴はキッパリと断ったが、王子は認めなかった。

「我が国の問題でもある。心配するな。代償など求めない」

「人間に命を救われたら困るの!」

 仕方なく鳥人族の宿命を説明した。雛自身は恩返しができないから、便宜上、次期女王の千鶴が返さねばならない。王子とは結婚できないし、お金も無収入だから何年かかるか見当もつかない。

「…分かった。一種の呪いなのだな。ではお前の娘を貰おう」

 王子はあっさりとシエルを要求してきた。驚いた千鶴は背に翼を出し、大きな羽でシエルを包み込んだ。

「ど…奴隷とか? ダメ!絶対ダメ!」

「たわけ。正妻だ。爺、準備を」

 爺さんは何か言いたそうだったが、紙とペンを用意した。王子はサラサラと婚姻届のような文言を書いていく。ケンが娘に訊いた。

「シエル。嫌なら良いんだぞ。俺と千鶴で返すから」

 娘は首を振った。

「ううん。良い」

 書類の最後に新郎・新婦と、証人の爺さんとケンがサインをした。王子はニッコリと笑ってシエルの手に口付けると、おどける様に言った。

「さあ。全て片付いたな。雛と街の奪還作戦を立てるぞ。義父上ちちうえ義母上ははうえ?」


            ▪️


 夜更けまで計画を練ってから、秘密の会議は終わった。ケンと従者の少年以外は動物に姿を変えて出ていった。何度見ても凄い魔法だ。人間が何年修行をしても、あの境地には辿り着けまい。

 アウグストはようやく寝台に身を横たえ、目を瞑った。昨夜から色々ありすぎて疲れた。爺が心配そうに訊いてきた。

「宜しかったのですか? 婚姻など…」

「良いさ。縁談を断る良い口実ができた」

「…」

 爺は何も言わずにそっと出て行った。

(父上は怒るだろうな。平民どころか魔物なんて。いっそ王族籍を抹消してくれれば)

 早く大人になって魔法士団を引退したい。その後は山奥で修行三昧だ。翼ある美しい妻と暮らして…。アウグストは愉快な未来を夢見て、眠りに落ちていった。


            ♡


 ケンは歩兵に新たな訓練を始めた。ハルピュイアを捕獲する道具を作るために、まずは竹林に行った。

「持ちやすい太さの竹を切るんだ。葉は上の方だけ残して、後は落とせ」

 彼の指示で、どんどん煤払いの箒みたいのが出来上がっていく。千鶴たち鳥人は暇なので、女子会をすることにした。

「ここら辺でいいか」

 奥の空き地に結界を張り、誰も入れないようにした。千鶴とシエルは人間形に、レゼルはハルピュイアに戻っている。くすねてきた干し肉や固いパンを並べて、ちょっとしたピクニックだ。満腹になった頃、千鶴は切り出した。

「…聞いていい? ハルピュイアって雌しかいないんでしょ?なんで雛が生まれるの?」

 ずっと疑問だった。中途半端な変化もだ。繊細な話なので、3人だけで話したかった。レゼルは辛そうな表情で語り始めた。


           ▪️


 大昔。ここには今よりずっと多くの同胞がいました。その頃は魔法を操り、チヅル様やシエル様のように自在に変化していたそうです。

 ある時、他種族と大きな戦が起こり、雄のほとんどが死にました。気づいた時には雌しかいませんでした。

 このままでは絶えてしまう。そう考えた先祖は人間の雄と婚姻しました。ですが生まれた子は翼を持たず、ほぼ人間でした。

 そんな時、自力で身籠れることが分かりました。生まれた子は全て雌で、ハルピュイアの姿でした。魔法もできません。

 絶滅するか魔物になるか。先祖は生き延びる道を選んだのです。


            ♡


「…」

 千鶴は衝撃で何も言えなかった。まさかの単為生殖。雌しかいないということは、クローンで命を繋げていたのだろうか。だがレゼルもちゃんと霊力を持っている。変化できるはずだ。

(雛を救って、隷属を解いて。変化を教えて…その先は?)

 千鶴がいなくなれば、また退化してしまうかもしれない。

「お母さん」

 シエルの声で意識が引き戻された。

「私、手や足ができて楽しい。お父さんやギンやハクと暮らせて幸せだよ。仲間にも、そうなってほしい」

 千鶴の不安は、一瞬で消えた。そうだ。今、幸せにならなくてどうする。彼女はシエルとレゼルをぎゅうと抱きしめた。

「みんなで変化してさ。最高に強い美女軍団を作ろう!」

「はいっ!陛下!」

 それから鷲に変化してケンの下に戻ると、木の皮みたいな物を腐らせてくれと頼まれた。お安いご用だ。千鶴は幾つもの大樽の中身を腐食させた。兵らがそれを水で洗い、搗いたり練ったりすると灰色のネバネバができた。彼女は念話でケンに訊いてみた。

『ところで、何これ?』

「鳥もちだ」

『ぎゃああっ!』

 鳥類が絶対に近づいてはならない物だ。ケンは笑って樽に蓋をした。

「もう大丈夫だぞ。心配なら離れて見ていろ」

 彼は竹を使って訓練を始めた。千鶴は樽を見るのも嫌で、シエル達を連れて王子の天幕に避難した。


            ♡


「それで逃げてきたのか。ちょうどハクが戻った。雛の居場所が分かったぞ」

 王子の横には中華白髪美女が立っていた。奴が雛の居所を探すと自ら名乗り上げたのだ。ハクは水鏡に多くのハルピュイアの幼鳥が押し込められた部屋を映し出した。止まり木もないし空も見えない、劣悪な環境だった。レゼルが鷲の瞳を潤ませて見つめている。

「全部で100羽ほどです。他に何かの幼獣が30匹います」

「これ、便利だな。後で教えてくれ」

 王子は水鏡をしげしげと眺めた。遠くを見る魔法はあるが、映すものは無いらしい。

「警備はゴッズリバーの兵が200名。他に魔法士が10名ほどいましたね」

「雛は地下か。では私が門を破壊しよう。兵はこちらの騎士が受け持つ。チヅルたちはその隙に侵入しろ」

 王子は爺さんを呼んで準備を命じた。日没後、国軍の騎士とケン一家は出陣した。目指すは国境の川だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...