鶴と修羅〜助けられた鶴ですが、恩人の少年がトラックに轢かれて異世界へ!?え?私も行くの?〜

二階堂吉乃

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11 月夜の戦い

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            ▪️


「人狼出ました。数、およそ50。後続は無し。城門閉まります」

 報告を聞き、第八王子アウグストは確信した。予想通りだ。人狼と騎士は共闘できない。人狼を足止めできれば、主力が街に近づける。

「ウエスト隊はどうだ?」

 王子の問いに観測員の魔法士が答えた。

「たった今、白い馬に乗った騎士が3匹を斬りました…歩兵が…何かを敵にぶつけています」

「何?」

「分かりません。人狼たちが鼻を押さえています」

 鉄鎖以外にも武器を用意していたのか。観測員が声を弾ませた。

「30匹以上を引き倒しました!鍬で殴っています!」

「参りましたな。農民が人狼を倒すとは」

 参謀が苦笑して言った。

「ケンという男のお陰だ。兵の育成に長けている」

 当初の計画では、歩兵は人狼隊を引きつける囮だった。アウグストは反対した。だが国軍の歩兵が壊滅状態の中、傭兵を雇う以外の策が無かった。そこへウエスト伯の事務官から報告が来た。ある農夫が面白い訓練を提案した、人狼に対抗できるかもしれないと。

「10匹以上に突破されましたが、傭兵隊が押さえています」

 吉報が続く。王子は立ち上がった。

「よし!出るぞ。農夫に負けてなるものか!」

「おおっ!!」

 騎士たちが拳を突き上げた。今宵こそ、借りを返してもらう。王子と主力の騎士団は城門へ向かった。


            ◇


 城門が開き、人狼が飛び出してきた。狼の皮を被った人間のような異様な姿に、歩兵たちは怖気付いた。

「殺さなくていい!訓練通りにやれ!」

 ケンは大声で呼びかけながら先陣を切った。ハクが全力で人狼に向かう。飛びかかってきた数匹を斬り捨てたが、思ったよりも速い。すぐに前線を抜けてしまった。手綱を引いて向きを変えながら、指示を出した。

「匂い玉だ!鼻を狙え!」

 教官に頼んでおいたものだ。歩兵らが酢と香辛料が詰まった皮袋を投げた。

「グッ!」

 当たらずとも、一帯に強烈な匂いが立ち込める。人狼たちは鼻を押さえて立ち止まった。

「今だ!行け!」

 月明かりの中、訓練通り歩兵の鉄鎖が人狼を捕らえた。必ず3名で1匹と戦うようにしている。倒れた人狼は鍬で叩かれ続け、立ち上がれない。しかし数匹が鎖から逃れた。

「わああああっ!」

 尻餅をついたオルに狼の爪が迫った。するとチヅルが降下して人狼の頭を蹴った。間一髪、オルは助かった。

「チヅルさん!あ、ありがとう!」

「ケェーッ!(早く立て!アホ!)」

 拝むオルを叱っている。蹴られた人狼はギンが始末した。

『お父さん!傭兵さんが苦戦してる!』

 シエルの念話が来た。歩兵達の方はチヅルとギンに任せる。ケンは傭兵部隊を助けに行った。

 流石に戦のプロだ。数名で人狼を囲み、槍で接近戦を避けている。だが怪力で槍を折られていた。ケンは騎馬のまま弓を取り、矢をつがえた。そのまま狙いを定めて打った。

「ギャッ!」

 鼻先に矢が当たる。その隙に傭兵の槍が人狼に刺さった。ケンは次々と矢を放った。10匹ほどの人狼が倒せた。

「何でこの暗さで当たるんだよ?!」

 傭兵隊長が人狼の首を刎ねて叫んだ。心臓を貫いただけでは死なないようだ。

「すまんが、こっちの始末もしてもらえるか?」

 ケンは頼んだ。

「…おう。行くぞ!」

 駆けつけた傭兵たちが、歩兵の捕らえた獣人を確実に屠った。見上げるとチヅルとシエルが旋回している。

「もう終わりかよ?」

 ギンが不満そうに言った。ケンはハクの首を撫でた。

「ああ。皆、よく頑張った。ありがとう」

 歩兵と傭兵部隊は大勝利だった。そこへチヅルの声が聞こえた。

『王子様の方、見てきて良い? 何か面白そうな事してるよ』

 大魔法のことか。

「一緒に行こう」

 ダンに怪我人の手当てや搬送をするよう指示し、ケン達はそこを離れた。


            ♡


 千鶴が暴れるまでもなかった。つまらん。ケンのところに戻ろうとしたら、街の方で霊力が集まるのが感じられた。あの赤毛の王子が何かするらしい。

「あの子はどうして大人に混ざって戦っているの?」

 遠見とおみで見ていたシエルに訊かれた。

「王子様だからね。魔法使いだって言ってたし」

 ノブレス何とかって奴だ。シエルがしきりと気にするので、見に行くことにした。ケンに訊いたら、一緒に行こうと言われた。

 城門が見える場所で夫の肩に降りた。娘は腕に停まる。ケンが軍議で聞いたことを教えてくれた。

「大魔法で門を破壊すると言っていたな」

「へえ。あんな大きな物を。凄いね」

 そういえば、本格的な魔法を見るのは初めてだ。ギンとハクも興味津津で見守っている。

 幾何学模様の中心に立った王子が、杖を門に向かって振った。大量の霊力が赤い光となって門にぶつかり、爆音と共に門が半壊した。

「あんなに霊力使ったら、もう動けないぜ。アイツ」

 ギンは呆れたように言った。確かに王子は苦しそうに喘いでいる。

「かわいそう。どうして他の人は見てるだけなの?」

 シエルが気を揉んでいる。ケンはその背を撫でて言った。

「あれほどの魔法使いは数が少ない。子供でも貴重な戦力なんだ」

 壊れた門の中へ騎士が突入していった。敵兵と戦うのが見える。優勢のようだ。大魔法とやらも見たし、加勢は要らなさそうだし、そろそろ陣に戻ろうかと皆で相談していた時だった。何かが城門の上から飛び出してきた。

「!?」

 翼がある。人間には暗くて見えないだろうが、千鶴たちにはその姿がハッキリと見えた。成鳥のハルピュイアだ。それは真っ直ぐに王子に向かっていった。周りの護衛を飛び越え、鉤爪で王子を掴んだ。

「殿下!?」

「待て!」

 護衛が騒ぐが、魔鳥はあっという間に飛び去った。

「ちょっと行ってくる!」

 千鶴は跡を追った。娘もついてきた。

「チヅル!シエル!」

 下でケンが叫んだ。ハルピュイアは街と反対方向へ飛んでいく。考えている場合じゃない。

『ダメ!見失っちゃう!追っかけてきて、ケン!』

 念話を送って、千鶴は速度を上げた。鳥人の目の前でナメた真似をしてくれる。


            ▪️


 身体がふわりと浮いた。アウグストは一瞬、疲労で倒れたのかと思った。何かに後ろから肩をガッチリと掴まれ、そのまま空に昇って行く。護衛が騒ぐ声、風を切る音、バサバサという羽ばたき。みるみる地上が遠のく。

(まずいな。今落とされたら死ぬ)

 大魔法を放った直後だ。魔力が底をついて、防御魔法は使えない。王子は暗い森の上を連れ去られていった。

 数分経った頃、どこからか女性の声が聞こえた。

「待ちやがれーっ!!」

 ドカッという音と衝撃が伝わった。アウグストの体が宙に投げ出される。思わず目を瞑ると、誰かが受け止めてくれた。彼は目を開けた。白と赤の衣服を着けた、黒髪黒目の女性だった。

「…」

 女性の背には大きな白い羽が生えている。彼女は王子をそっと地面に下ろした。

「ケェーッ!」

 上から何かが落ちてきた。女の顔を持つ魔物・ハルピュイアだ。胴に鉄の鎧のような物をつけている。

「お母さーん!」

 少女が女性の胸に飛び込んできた。水色のワンピースに裸足。茶色の長い巻き毛が美しい。

「よしよし。怖かったね。よく倒したね」

 お母さんと呼ばれた女性は少女の頭を撫でた。そして伸びているハルピュイアを踏みつけた。

「半鳥人の分際で。あたしに歯向かうとは良い度胸だ!」

「よせ。もう気絶している」

 王子は止めた。

「あなたは誰だ? 女性がいる部隊はなかったはずだが」

「えーっと。その…」

 しどろもどろで誤魔化そうとする。すると少女が王子に訊いた。

「秘密を守ってくれる? お母さんと私が人じゃないって、黙っててくれる?」

 金色の大きな瞳がアウグストを射た。王子は即答した。

「約束する。誰にも言わない」

 人ならぬものとの契約は絶対だ。女性が小指を差し出した。王子の小指と絡める。

「じゃあ。ゆーびきーりげーんまーん、嘘つーいたら針せーんぼーんのーます、ゆーびきった!」

 呪いか。同じことを少女ともさせられた。

「私はチヅル。この子はシエル」

 チヅルと名乗る女性は笑った。そして溶けるように姿を消したと思ったら、大鷲がいた。

「ケンの妻です。よろしくね!さて、このハルピュイアをどうしようか?」

 王子は遮った。

「待て待て。ケンとは歩兵隊のか?」

 人間の妻で、大鷲で、鳥人。王子は額を押さえた。何が何だかわからない。

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