鶴と修羅〜助けられた鶴ですが、恩人の少年がトラックに轢かれて異世界へ!?え?私も行くの?〜

二階堂吉乃

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01 鶴の恩返し

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 とある王国のド田舎にケンという貧しい百姓がいた。

 彼が晩飯を食い終わり、早々に寝床に入った時、家の戸を叩く音がする。

 戸を開けると、美しい女が立っていた。女はにこりと笑って言った。

「あなたの妻にしてください」

「間に合ってます」

 ケンはピシャリと戸を閉めてしまったとさ。


            ♡


 遡ること半月前。優美な鶴が夕暮れの空をパトロールしていた。

 彼女は鳥人族の姫・千鶴ちづる。21世紀の日本にもあやかしと呼ばれるモノたちが生き残っている。しかし、その数は年々減っていて、今や絶滅寸前だった。

 多摩川まで来た時、彼女は異変に気づいた。

(ありゃ。鴨が)

 河原の草むらで1羽の鴨がバタバタと転げ回っていた。千鶴は下りて声をかけた。

『どうしたの?』

『ああっ!鶴姫様!お助けを!』

 見れば釣り糸が羽に絡まっている。千鶴は長い嘴で取ってやった。自由になった鴨は礼を言った。

『ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!』

 無理だ。鳥の記憶力は低い。いいのだ。彼らは庇護すべき眷属だから。鴨を見送り、そろそろ帰ろうかと長い脚を踏み出したら、

「!」

 ドタっと倒れてしまった。下を見たら釣り糸だらけだった。いつの間にか彼女の脚に絡んでいた。

(ど…どうしよう?!おかあさーん!おばあちゃーん!)

 念話で助けを呼ぶが、こんな時に限って応えがない。もがけばもがく程、テグスが食い込んで痛い。千鶴は泣きそうだった。人間の手じゃないと解けない。でも今変化へんげしたら脚が千切れてしまう。

 その時、急に声をかけられた。心臓が飛び出そうなくらい驚いた。

「大丈夫?」

 倒れたまま見上げると、15、6の学生風の少年が千鶴を見下ろしていた。大丈夫じゃない。助けて。涙目で訴えると、彼は器用に糸を解いてくれた。

「ほら。もう平気だろ」

 少年は爽やかな笑顔で言うと、河原に散らばった釣り糸を集めて、コンビニ袋に入れた。持って帰るようだ。良い人だ。千鶴は頭を下げてから飛んだ。上空から見下ろすと、彼は数人の友達と土手を歩いていた。

(ありがとう。少年)

 彼女は温かい気持ちで帰っていった。


           ♡


 千鶴の一家は神社を経営している。母と祖母は神主、千鶴は巫女として人間界に溶け込んでいた。

「ご祈祷中だったのよ。母上は買い物に行ってるし」

 夕食を食べながら、母は念話に出られなかった訳を説明した。千鶴は河原での一件を話した。

「でね、その少年のお陰で命拾いしたの」

「…」

 ポロリと、母の手から箸が落ちた。そこへ祖母が帰宅した。

「ただいま。これ、台湾カステラね」

 祖母は土産の箱をテーブルに置いた。母が急に立ち上がった。

「母上!千鶴がやらかしたわ!皆!集まって!」

 鳥人族の女王である母は、一族の長老たちに念話を送った。続々と了解の返事がくる。何が何だか分からないまま、緊急長老会が開かれることになってしまった。


            ♡



 神社の直会殿に5大長老が集った。といっても見かけは普通の人間だ。大鷲の爺はスーツの会社員だし、白鷺の婆はバーのママだ。千鶴は皆の前に茶と台湾カステラを並べた。一通り挨拶を交わし、母が、千鶴が人間に助けられたと話した。すると長老たちは皆、押し黙った。

「…」

「え? 何が問題なの? 鳥人だとバレてないよ?」
 
 重い空気の中、千鶴は訊いた。

「人間に助けられた。それが問題だ」

 大学教授の梟の爺が言った。長老たちは頷いた。

「良いか千鶴。お前はその恩を返さねばならん。少年に嫁げ」

「式は任せて!」

 とウェディングプランナーのこうのとりの婆が手を挙げる。

「そんな無茶苦茶な!じゃあ雄の鳥人が助けられたら? 相手が既婚者だったらどーすんのさ!?」

 謎のしきたりに、千鶴は疑問をぶつけた。

「その場合は金銭的な謝礼となる。贈与税込みでおおよそ2千万円だ」

 税理士の雉の爺がやけに具体的に答えた。女王の娘とはいえ、千鶴はただの巫女だ。給料など雀の涙。そんな大金払えない。

「いつからそんな決まりがあったの? 初耳なんですけど」

 むっすりと尋ねる。白鷺の婆が着物の袂から本を出した。

「知ってるはずやで? ちまい時から読み聞かせてるやん」

 それは『鶴の恩返し』の絵本だった。またまた。昔話でしょうが。笑ってツッコもうと思ったら、祖母が大真面目に語り出した。

「千年前。鳥人族のゆう姫が猟師の罠にかかったところを、人間の男に助けられた。夕姫は男の妻となり、自らの羽を織り込んだ布を与えた。それを以って、我が鳥人族は恩を返す気高い一族と認められたのさ」

「認めた? 誰が?」

「天帝様だよ」

 祖母は当然のように言った。まさか伝説の神も本当にいるとか。千鶴は恐る恐る訊いた。

「もし恩を返さなかったら?」

「お前は天罰で死ぬだろう」


             ♡


 会議を終えた長老たちは、茶を飲みながら今後の方針を話し始めた。

「俺が少年の素性を調べてやる。姿を見せろ」

 大鷲の爺が言うので、千鶴は彼の像を水鏡に映した。爺はスマホでそれを撮った。現代かぶれしてる。

「へえ。かっこええやん。韓流アイドルみたいやわ」

「千鶴はまだ20だっけ? ドレスと着物、両方行っとく?」

 白鷺の婆と鸛の婆が軽く言った。

(いきなり結婚って…)

 彼は良い人だった。顔も良かった。でもそれ以外何も知らない。女が好きじゃないかも。そしたら分割払いで返しても良いかな。千鶴は梟の爺と雉の爺に訊いてみた。

「ふむ。確かに異性愛者とは限らんな」

「では友達になって、週1回、5千円奢りなさい。おおよそ40年で恩返しが終わるだろう」

 月2万円のローンだ。うっかり助けられたばっかりに。千鶴はカステラをやけ食いした。すると母が口を挟んだ。

「そんなの邪道よ。肝心なのは、相手が真に求めているものを与えて、幸せにする事なんだから」

 彼が心からリンゴ印のスマホを求めていたら? プレゼントすれば終わりなのだろうか。可愛い女子に片想いをしていたら? 仲を取り持ってやれば良いのだろうか。長老たちは誰も答えてくれなかった。

 大鷲の爺はすぐに少年の情報を調べてくれた。しかし千鶴はなかなか動こうとしなかった。半月後、ようやく彼女は少年宅を訪ねた。


           ♡


 彼の家は普通の住宅街の一戸建てだった。今日は人間形なので歩いていく。地図アプリを頼りに辿り着くと、千鶴は『宮澤』と書かれた表札の横のチャイムを押した。手土産も用意した。「飼っていた鶴を助けてもらった」という妙ちきりんな口実も考えた。後は出たとこ勝負だ。

「はい?」

 インターホンに女性が出た。千鶴は訪問理由を伝えた。

「まあ…。少々お待ちください」

 ドアが開き、顔色の悪い中年女性が中に招じ入れてくれた。静かだ。他の人の気配がしない。

「すみません。急に。あの、息子さんは学校ですか?」

 日曜日だけど部活とか。学校行事とか。千鶴の質問に母親らしい女性は答えなかった。廊下の突き当たりにある和室へ通される。襖が開いて仏壇が見えた。手前の祭壇の上には骨壷入れが置かれている。周りには沢山の供物。白木の位牌から、まだ葬儀が済んで間もない事が分かる。母親は乾いた声で言った。

「息子は亡くなりました。1週間前です。居眠り運転のトラックに轢かれて」

 お骨の横に飾られていたのは、あの少年の遺影だった。

「!!」

 千鶴は膝から崩れ落ちた。終わった。天罰で自分は死ぬ。
 
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