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14 終話・ここより永遠に
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◆
「やっぱりダイヤが足りなかったわね。裾にレースも足しましょう」
侯爵夫人は仕立て屋に命じた。息子と聖女の結婚式まであと2週間だ。
「もう十分なのでは…」
試着中のキコが遠慮がちに言う。復活してますます美しくなった。最高の花嫁にするために、夫人はギリギリまで微調整をしていた。
「私がイヤなの。今日は何時までいられるの?ジェラルドは夜には帰るわよ」
「残念ですが、午後は修行で」
彼女は今、神殿に住んでいる。まだ魔力のコントロールが未熟だからだ。お針子たちが下がると、侯爵夫人と聖女は茶を飲みながら婚姻の事務手続きを進めた。
「貴族の結婚って、こんなに沢山、提出書類があるんですか…」
キコはサインをしながらため息をついた。
「その代わりに絶対的に女の地位と財産が守られるの」
と教えると、キコの手が止まった。
「本当ですか?」
「もちろんよ。爵位は無理だけど、財産はきっちり半分もらうわ。…まさかもう離縁を心配してるの?」
夫人は眉をひそめた。キコは目を伏せて沈んだ声で言った。
「いえ。愛人とか、貴族は当たり前なのかなと思って」
呆れた。ジェラルドは何してるのかしら。夜、夫人は息子を問いただした。
◇
復活後、すぐにジェラルドはキコに求婚した。彼女は受け入れてくれた。結婚式まであと2週間。副団長は幸福の絶頂だった。常に上機嫌で、部下が気味悪がるほど浮かれていた。だが母に水を差された。
「あなた。婚約者を放置してないでしょうね?」
「まさか。毎日手紙も出してます。週に1回はお茶も飲んでいますよ」
心外だ。贈り物もしているし、デートも何回かした。
「じゃあ何故あんなに不安そうなの。ちゃんと話し合ってらっしゃい」
「…」
彼は翌日、神殿に赴いた。キコは友達と会っていると言われた。神官長に事情を話すと、面倒くさそうな顔をされたが、こっそりと話が聞ける部屋に通してくれた。そこでジェラルドはキコの過去を知った。
♡
葬式の場で生き返ってから半年が経った。きよ子は若様と婚約した。だが結婚式が近づくにつれ、鬱々とするようになった。
「え?イヤだったの?結婚」
ジュリアとスタローン夫人に打ち明けたら、驚かれた。
「嫌じゃないけど。何となく不安で。いつか捨てられるかも…って」
あの世での元夫との邂逅がきよ子を弱くしていた。女三界に家なし。また夫に振り回される人生になるような気がして、素直に喜べない。
「何で?」
夫人に理由を訊かれた。きよ子は2人に向こうでの結婚生活を語った。借金に浮気、一方的な離婚。息子たちがまともに育ったこと以外は、何一つ良いことが無かった。
「なるほどねぇ。酷いダンナだったんだね!」
スタローン夫人は激しく怒ってくれた。そして円満な家庭を築くアドバイスをくれた。
「浮気がわかったらさ。思いっきりぶん殴ると良いよ。スッキリするし」
「あなたに殴られたら死にそう!」
ジュリアは笑った。きよ子は屋台で働いていた頃を懐かしんだ。
「80歳のままでも良かったのよ。自由気ままで」
健康と友さえあれば、他は要らない。親友は不思議そうに訊いてきた。
「でも、若様を好きなんでしょ?だってあなた、『ジェラルド』って呼んでたじゃない」
きよ子は首を傾げた。
「ジュリアは何を言ってるのかしら。ねえ。エイドリアン?」
「「アハハハハ!」」
2人は顔を見合わせて大笑いした。友らの診断は、ただのマリッジ・ブルーだそうだ。
♡
ジュリアたちが帰った後、若様が来た。すぐに部屋に通したが、強張った顔で様子がおかしい。
「ご機嫌よう。若様。今お茶を…」
「キコ。俺が信じられないか?」
彼はきよ子の言葉を遮り、彼女の両腕を掴んだ。魔力が漏れ出るほど感情的になっている。修行の成果か、それぐらいは分かるようになった。
「前の夫のように、君を捨てると思っているのか?」
聞かれていた。まあ、いずれ話そうと思っていたけど。きよ子はため息をついてソファを勧めた。
「落ち着いて。座りましょう」
「…」
若様は手を離して座った。きよ子は隣に腰を下ろして、澄んだ薄茶色の瞳を見上げた。
「信じてますよ。誓います。私は決してあなたを裏切りません」
「俺だって…」
「でもね。人は変わるんです」
子供の2、3人も産めば太るし。一緒に暮らしていれば嫌なところも見えてくる。『思ってたのと違うな』となるだろう。若様は渋い大人の男性になる。でも私は、ただのおばさんになる。
「可愛らしい女の子と恋に落ちるかもしれない。身分を隠した高貴な王女だと分かっても、若様なら釣り合うし。諦めずに、結婚しても私は良いと思います」
「何の話をしてるんだ?!」
「養育費もください…グスン」
話しているうちに涙が出てきた。脳裏をベスパに乗った若様と王女が走り抜ける。おばさん化したきよ子は、もう見向きもされない。息子は侯爵家の跡取りだから奪われるだろうが、娘なら連れて行こう。慰謝料で屋台を買って大儲けしよう。大丈夫、元が平民なんだから。借金さえなければ楽しく生きていける。きよ子は悪い未来を想像して泣いた。若様は抱きしめてくれた。
◇
キコは彼の胸に顔を埋めて泣いている。それほどまでに傷ついていたと知り、ジェラルドも辛くなった。
(どうやって慰めたら良いんだ?)
女と交際経験の無い、朴念仁の副団長にはさっぱり分からない。オロオロとキコの背を撫でていると、白い紙の鳥がふんわりと飛んできた。羽の部分に『未来を視ろ』と書いてある。神官長だ。
「キコ。先読みの練習は終わった?」
「…はい」
彼は提案した。
「俺たちの未来を視てごらん。俺が本当にそんな王女と出会うのか」
キコは顔を上げた。濡れた黒い瞳も美しい。聖女の顔になった彼女は、目を閉じた。
♡
2週間後の晴れた日に、きよ子とジェラルドは式を挙げた。ダイヤが煌めくドレスを着て、沢山の知り合いが見守る中で永遠の愛を誓った。彼女はキコ・パルデューになった。王族として参列したディカプリオは真っ青な顔で帰っていった。具合が悪いのに来てくれたみたいだ。
「次は披露宴だ。行こう。キコ」
夫が手を差し伸べる。
「はい」
この先の事は彼にも言っていない。でもこれだけは教えた。
『ずっと一緒みたい』
キコは夫と手を繋いで、明るい未来へ歩き出した。
fin.
「やっぱりダイヤが足りなかったわね。裾にレースも足しましょう」
侯爵夫人は仕立て屋に命じた。息子と聖女の結婚式まであと2週間だ。
「もう十分なのでは…」
試着中のキコが遠慮がちに言う。復活してますます美しくなった。最高の花嫁にするために、夫人はギリギリまで微調整をしていた。
「私がイヤなの。今日は何時までいられるの?ジェラルドは夜には帰るわよ」
「残念ですが、午後は修行で」
彼女は今、神殿に住んでいる。まだ魔力のコントロールが未熟だからだ。お針子たちが下がると、侯爵夫人と聖女は茶を飲みながら婚姻の事務手続きを進めた。
「貴族の結婚って、こんなに沢山、提出書類があるんですか…」
キコはサインをしながらため息をついた。
「その代わりに絶対的に女の地位と財産が守られるの」
と教えると、キコの手が止まった。
「本当ですか?」
「もちろんよ。爵位は無理だけど、財産はきっちり半分もらうわ。…まさかもう離縁を心配してるの?」
夫人は眉をひそめた。キコは目を伏せて沈んだ声で言った。
「いえ。愛人とか、貴族は当たり前なのかなと思って」
呆れた。ジェラルドは何してるのかしら。夜、夫人は息子を問いただした。
◇
復活後、すぐにジェラルドはキコに求婚した。彼女は受け入れてくれた。結婚式まであと2週間。副団長は幸福の絶頂だった。常に上機嫌で、部下が気味悪がるほど浮かれていた。だが母に水を差された。
「あなた。婚約者を放置してないでしょうね?」
「まさか。毎日手紙も出してます。週に1回はお茶も飲んでいますよ」
心外だ。贈り物もしているし、デートも何回かした。
「じゃあ何故あんなに不安そうなの。ちゃんと話し合ってらっしゃい」
「…」
彼は翌日、神殿に赴いた。キコは友達と会っていると言われた。神官長に事情を話すと、面倒くさそうな顔をされたが、こっそりと話が聞ける部屋に通してくれた。そこでジェラルドはキコの過去を知った。
♡
葬式の場で生き返ってから半年が経った。きよ子は若様と婚約した。だが結婚式が近づくにつれ、鬱々とするようになった。
「え?イヤだったの?結婚」
ジュリアとスタローン夫人に打ち明けたら、驚かれた。
「嫌じゃないけど。何となく不安で。いつか捨てられるかも…って」
あの世での元夫との邂逅がきよ子を弱くしていた。女三界に家なし。また夫に振り回される人生になるような気がして、素直に喜べない。
「何で?」
夫人に理由を訊かれた。きよ子は2人に向こうでの結婚生活を語った。借金に浮気、一方的な離婚。息子たちがまともに育ったこと以外は、何一つ良いことが無かった。
「なるほどねぇ。酷いダンナだったんだね!」
スタローン夫人は激しく怒ってくれた。そして円満な家庭を築くアドバイスをくれた。
「浮気がわかったらさ。思いっきりぶん殴ると良いよ。スッキリするし」
「あなたに殴られたら死にそう!」
ジュリアは笑った。きよ子は屋台で働いていた頃を懐かしんだ。
「80歳のままでも良かったのよ。自由気ままで」
健康と友さえあれば、他は要らない。親友は不思議そうに訊いてきた。
「でも、若様を好きなんでしょ?だってあなた、『ジェラルド』って呼んでたじゃない」
きよ子は首を傾げた。
「ジュリアは何を言ってるのかしら。ねえ。エイドリアン?」
「「アハハハハ!」」
2人は顔を見合わせて大笑いした。友らの診断は、ただのマリッジ・ブルーだそうだ。
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ジュリアたちが帰った後、若様が来た。すぐに部屋に通したが、強張った顔で様子がおかしい。
「ご機嫌よう。若様。今お茶を…」
「キコ。俺が信じられないか?」
彼はきよ子の言葉を遮り、彼女の両腕を掴んだ。魔力が漏れ出るほど感情的になっている。修行の成果か、それぐらいは分かるようになった。
「前の夫のように、君を捨てると思っているのか?」
聞かれていた。まあ、いずれ話そうと思っていたけど。きよ子はため息をついてソファを勧めた。
「落ち着いて。座りましょう」
「…」
若様は手を離して座った。きよ子は隣に腰を下ろして、澄んだ薄茶色の瞳を見上げた。
「信じてますよ。誓います。私は決してあなたを裏切りません」
「俺だって…」
「でもね。人は変わるんです」
子供の2、3人も産めば太るし。一緒に暮らしていれば嫌なところも見えてくる。『思ってたのと違うな』となるだろう。若様は渋い大人の男性になる。でも私は、ただのおばさんになる。
「可愛らしい女の子と恋に落ちるかもしれない。身分を隠した高貴な王女だと分かっても、若様なら釣り合うし。諦めずに、結婚しても私は良いと思います」
「何の話をしてるんだ?!」
「養育費もください…グスン」
話しているうちに涙が出てきた。脳裏をベスパに乗った若様と王女が走り抜ける。おばさん化したきよ子は、もう見向きもされない。息子は侯爵家の跡取りだから奪われるだろうが、娘なら連れて行こう。慰謝料で屋台を買って大儲けしよう。大丈夫、元が平民なんだから。借金さえなければ楽しく生きていける。きよ子は悪い未来を想像して泣いた。若様は抱きしめてくれた。
◇
キコは彼の胸に顔を埋めて泣いている。それほどまでに傷ついていたと知り、ジェラルドも辛くなった。
(どうやって慰めたら良いんだ?)
女と交際経験の無い、朴念仁の副団長にはさっぱり分からない。オロオロとキコの背を撫でていると、白い紙の鳥がふんわりと飛んできた。羽の部分に『未来を視ろ』と書いてある。神官長だ。
「キコ。先読みの練習は終わった?」
「…はい」
彼は提案した。
「俺たちの未来を視てごらん。俺が本当にそんな王女と出会うのか」
キコは顔を上げた。濡れた黒い瞳も美しい。聖女の顔になった彼女は、目を閉じた。
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2週間後の晴れた日に、きよ子とジェラルドは式を挙げた。ダイヤが煌めくドレスを着て、沢山の知り合いが見守る中で永遠の愛を誓った。彼女はキコ・パルデューになった。王族として参列したディカプリオは真っ青な顔で帰っていった。具合が悪いのに来てくれたみたいだ。
「次は披露宴だ。行こう。キコ」
夫が手を差し伸べる。
「はい」
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