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06 毒を持って
しおりを挟む イリア様が離宮を去る前に、結局イリア様お付きの侍女がハンカチと、御礼の品を返しにきた。
欲しい物は何でもお申し付けください、と言われてはいても、宝飾品やドレスは持参が当然である。あとは、王太子殿下からの下賜があるかどうかだ。基本は家から持ってくる、または、運ばせるのが常である。
そういう物なので、ハンカチのお礼にしては余りに立派なネックレスとイヤリングのセットに困惑していると、イリア様お付きの侍女は、どうか受け取ってくださいと頭を下げた。
「イリア様は、まだ自立するには……少し、自分を励ます方法を知らないお方です。国境沿いでお育ちになられた事もあって、どちらかといえば隣国の文化に詳しいくらいです。そういう意味では、この『リリィクイン』はチャンスでございましたが、あの方が自らの考えで……感情ではなく、思考によって、ソニア様を立てたいとお申し出になりました。これは、最後の晩餐会である夜会の日に身に付けようとしていた異国の宝飾品です。この国では採掘できない貴石の嵌ったものですので、どうか、お受け取りくださると……」
つまり、イリア様の期待を私は背負わされることになるわけだ。私が擁立したいのは貴女です、という意思表示に他ならない。
困った。穏便に王宮を去りたいのに、これじゃ少し時間を置いて同じような理由で出て行こうとしたのに、裏切れなくなってしまった。
私はあくまで固辞しようかと悩んだけれど、イリア様にとって王都が嫌な場所になってしまってはいけない。イリア様がまた王都に来ようと思う為には、よい思い出が必要だ。
「……分かりました。こちら、お借りします。いいですか、後日、必ずお返しにそちらの領に伺いますので、その時は必ず返されてくださいませ」
この位が折衷案だと思う。私は高価な品で自分をよく見せて王太子妃になりたいだなんて一ミリも思っていないのだ。だから、貰う、という事はしない。借りるだけだ。
借りるだけだと思えば、私が王太子妃に選ばれなかったとしても、ごめんなさいね、と返すことができる。そのルートは残しておきたい。貰ってしまえば、王太子妃に選ばれなかった後もずっと私はこの宝石を見て胸を痛めなければならなくなる。
私の言葉に謝意を述べたイリア様の侍女は、下がって行った。明日王宮を出るらしい。
「……アリサ。私も何かお守りをあげたいんだけれど」
「そうですね、何になさいますか?」
「馬がお好きだそうよね。アレがいいんじゃないかしら」
「あぁ……いいですね。ですが、大切な物ではございませんか?」
「レティはまだ三才よ? また作ればいいだけだわ」
レティというのは私の愛馬で、アレとは馬毛のブラシのことである。革靴を磨くのに最適だが、きっと彼女は領地でブーツを履いて馬に乗るはずだ。無駄にはならないだろう。
私も一応寂しいので持ってきてはいたが、ここではなかなか革靴を履くことはない。ハイヒールか、精々少し踵のあるブーツ位だ。
それをアリサに持たせてイリア様の所へ届けさせると、入れ違いにケイがお客様です、と申し伝えて来た。
通してもらうと、そこに居たのは『リリィクイン』の中でもとびぬけて美しく怜悧なお顔立ちのメイベル様だった。
ソファを挟んで座った彼女は、お茶は断って姿勢よく座ったまま、少しきつめの目を私に向けてきた。私は微笑み返すのみである。魔法が利いていないのか、それとも、それ以上の強い意思を持っているのか。たぶん後者だろう。
「……私、ソニア様に宣戦布告に参りましたの」
とびきり要らない贈り物を叩きつけられた私は、内心、頭を抱えることとなった。
欲しい物は何でもお申し付けください、と言われてはいても、宝飾品やドレスは持参が当然である。あとは、王太子殿下からの下賜があるかどうかだ。基本は家から持ってくる、または、運ばせるのが常である。
そういう物なので、ハンカチのお礼にしては余りに立派なネックレスとイヤリングのセットに困惑していると、イリア様お付きの侍女は、どうか受け取ってくださいと頭を下げた。
「イリア様は、まだ自立するには……少し、自分を励ます方法を知らないお方です。国境沿いでお育ちになられた事もあって、どちらかといえば隣国の文化に詳しいくらいです。そういう意味では、この『リリィクイン』はチャンスでございましたが、あの方が自らの考えで……感情ではなく、思考によって、ソニア様を立てたいとお申し出になりました。これは、最後の晩餐会である夜会の日に身に付けようとしていた異国の宝飾品です。この国では採掘できない貴石の嵌ったものですので、どうか、お受け取りくださると……」
つまり、イリア様の期待を私は背負わされることになるわけだ。私が擁立したいのは貴女です、という意思表示に他ならない。
困った。穏便に王宮を去りたいのに、これじゃ少し時間を置いて同じような理由で出て行こうとしたのに、裏切れなくなってしまった。
私はあくまで固辞しようかと悩んだけれど、イリア様にとって王都が嫌な場所になってしまってはいけない。イリア様がまた王都に来ようと思う為には、よい思い出が必要だ。
「……分かりました。こちら、お借りします。いいですか、後日、必ずお返しにそちらの領に伺いますので、その時は必ず返されてくださいませ」
この位が折衷案だと思う。私は高価な品で自分をよく見せて王太子妃になりたいだなんて一ミリも思っていないのだ。だから、貰う、という事はしない。借りるだけだ。
借りるだけだと思えば、私が王太子妃に選ばれなかったとしても、ごめんなさいね、と返すことができる。そのルートは残しておきたい。貰ってしまえば、王太子妃に選ばれなかった後もずっと私はこの宝石を見て胸を痛めなければならなくなる。
私の言葉に謝意を述べたイリア様の侍女は、下がって行った。明日王宮を出るらしい。
「……アリサ。私も何かお守りをあげたいんだけれど」
「そうですね、何になさいますか?」
「馬がお好きだそうよね。アレがいいんじゃないかしら」
「あぁ……いいですね。ですが、大切な物ではございませんか?」
「レティはまだ三才よ? また作ればいいだけだわ」
レティというのは私の愛馬で、アレとは馬毛のブラシのことである。革靴を磨くのに最適だが、きっと彼女は領地でブーツを履いて馬に乗るはずだ。無駄にはならないだろう。
私も一応寂しいので持ってきてはいたが、ここではなかなか革靴を履くことはない。ハイヒールか、精々少し踵のあるブーツ位だ。
それをアリサに持たせてイリア様の所へ届けさせると、入れ違いにケイがお客様です、と申し伝えて来た。
通してもらうと、そこに居たのは『リリィクイン』の中でもとびぬけて美しく怜悧なお顔立ちのメイベル様だった。
ソファを挟んで座った彼女は、お茶は断って姿勢よく座ったまま、少しきつめの目を私に向けてきた。私は微笑み返すのみである。魔法が利いていないのか、それとも、それ以上の強い意思を持っているのか。たぶん後者だろう。
「……私、ソニア様に宣戦布告に参りましたの」
とびきり要らない贈り物を叩きつけられた私は、内心、頭を抱えることとなった。
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