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外伝~トモと友~02 尋問
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◇
次に目覚めた時、大尉は手錠と足枷、猿轡までされていた。死にきれなかった。拷問に耐えられるだろうか。己の運の無さに嫌気がさす。拘束を解こうと身を捩っていると、ドアが開いた。暗い部屋に明かりが差す。
長い黒髪の若い男と女が入って来る。どちらも東洋人のようだが、恐ろしく美しい。混血だろう。
「なぜ死のうとした?」
床に転がされた大尉に男が訊いた。なるほど、日本語の出来る尋問係か。大尉は男の威圧に負けじと睨み返した。
「口だけ外すよ。舌とか噛まないでね。あなたを害するつもりはないの」
女が猿轡を外す。2人とも流暢な日本語だ。
「名と身分、最後に覚えている年号を言え」
不思議な尋問に答えずにいると、男は身をかがめて大尉の顎を掴んだ。
「日本人だな?」
「…私の問いにも答えてくれたら、言う。ここはどこだ?」
大尉は一か八か、交渉をしてみることにした。
「良いだろう。ここはルクスソリア。ノースフィルド王国のアスカ大公領だ」
どれも聞き覚えが無い。欧州の小国かと大尉が訝しんでいると、男は痛いほど顎を締め上げた。
「お前の番だ」
「日本人だ。名は天宮友久。海軍大尉だ。最後に知る日付は昭和19年2月5日」
女が息を飲む。こちらが質問する番だ。
「こちらに日本領事館はあるか?領事と連絡が取りたい」
「…」
2人は押し黙ったまま答えない。大尉は男の手を振りほどいた。
「無いのだったら、ドイツ領事でも良い。同盟国だ」
「無い」
女が震える声で言った。
「日本もドイツも無い。ここは地球じゃないの」
大尉は女を見つめた。ふざけている様子はない。更に女の口から驚くべき事実を告げられた。
「あなた、本当に軍人さん?10代の女の子にしか見えないんだけど」
◆
ユリウスが泥棒かと思った少女は異世界人だった。1週間前にタキア領で意識を失った状態で発見されたそうだ。義母のミーナ妃に連絡が入り、この大公領の屋敷で預かっていたと聞かされた。
ずっと昏睡状態だった彼女が目覚めたのが昨日の午後。逃げ出して、不思議な魔道具で自殺を図った。その時屋敷にはユリウスと弟妹数人、ミーナ妃しかいなかった。急遽、父を呼んで手当をしてもらったのだ。
「使用人たちを見て、敵に捕らわれたと思ったみたい。あたしがうかつだったわ。荷物に銃があったなんて」
臨時家族会議で、彼女の尋問を終えたミーナ妃が説明する。
「何の前触れもなくこちらに転移したようだ。ミナミと同じだな」
暫く屋敷で面倒を見る。よろしく頼むと父が言う。ユリウスは疑問を口にした。
「どうして自殺を?僕たちは武器を持っていなかったのに」
「そういう時代の軍人だったの。“生きて虜囚の辱めを受けず”ってね」
ユリウスは呆気に取られた。何という短絡的な思考だ。信じられない。
「“テンノウヘイカバンザイ”って、どういう意味ですか?あの子はそう言って死のうとしたんです」
質問ついでに訊くと、父は顔を曇らせた。
「彼女に直接訊くと良い。落ち着いたらな。今はこちらに慣れるよう、助けてやれ」
「はい…」
銃という魔道具を突き付け、ユリウスを脅した少女。黒い瞳は強く輝いていた。矛盾に満ちたその行動に、彼は興味を持った。
◇
大尉は鏡で何度も確認したが、違っている。細い手足は痩せたのではなかった。元の自分の要素はどこにもない。同じなのは短い黒髪と黒い瞳くらいだ。白い小さな顔。華奢な身体。あの女の言う通り、10代の少女だ。
先ほどの男女は大公夫妻だと名乗った。ここは異世界で、彼らもまた20年以上前に日本から来たらしい。だが姿や年齢は同じだったと言っていた。稀に生まれ変わって日本の記憶を持つ者もいるとか。その場合は性別が変わることもあるそうだ。
夫妻は出来る限り力になると言い、呆然とする大尉の拘束を解くと、食事を置いて出て行った。部屋に鍵はかかっていないが、逃げる理由が無くなった。
鏡の前を離れ、大尉は食事の置かれたテーブルについた。まずは食べよう。腹が減っては何とやらだ。前線での貧しい食事とは全く違う、豪勢な料理を平らげる。
(今日はもう考えるのはよそう。全て夢で、朝になったら司令部の壕にいるかもしれないし)
そうだ夢だ。爆風で頭を打ったのだ。早く目覚めなければ。大尉は清潔なベッドにもぐりこんだ。
次に目覚めた時、大尉は手錠と足枷、猿轡までされていた。死にきれなかった。拷問に耐えられるだろうか。己の運の無さに嫌気がさす。拘束を解こうと身を捩っていると、ドアが開いた。暗い部屋に明かりが差す。
長い黒髪の若い男と女が入って来る。どちらも東洋人のようだが、恐ろしく美しい。混血だろう。
「なぜ死のうとした?」
床に転がされた大尉に男が訊いた。なるほど、日本語の出来る尋問係か。大尉は男の威圧に負けじと睨み返した。
「口だけ外すよ。舌とか噛まないでね。あなたを害するつもりはないの」
女が猿轡を外す。2人とも流暢な日本語だ。
「名と身分、最後に覚えている年号を言え」
不思議な尋問に答えずにいると、男は身をかがめて大尉の顎を掴んだ。
「日本人だな?」
「…私の問いにも答えてくれたら、言う。ここはどこだ?」
大尉は一か八か、交渉をしてみることにした。
「良いだろう。ここはルクスソリア。ノースフィルド王国のアスカ大公領だ」
どれも聞き覚えが無い。欧州の小国かと大尉が訝しんでいると、男は痛いほど顎を締め上げた。
「お前の番だ」
「日本人だ。名は天宮友久。海軍大尉だ。最後に知る日付は昭和19年2月5日」
女が息を飲む。こちらが質問する番だ。
「こちらに日本領事館はあるか?領事と連絡が取りたい」
「…」
2人は押し黙ったまま答えない。大尉は男の手を振りほどいた。
「無いのだったら、ドイツ領事でも良い。同盟国だ」
「無い」
女が震える声で言った。
「日本もドイツも無い。ここは地球じゃないの」
大尉は女を見つめた。ふざけている様子はない。更に女の口から驚くべき事実を告げられた。
「あなた、本当に軍人さん?10代の女の子にしか見えないんだけど」
◆
ユリウスが泥棒かと思った少女は異世界人だった。1週間前にタキア領で意識を失った状態で発見されたそうだ。義母のミーナ妃に連絡が入り、この大公領の屋敷で預かっていたと聞かされた。
ずっと昏睡状態だった彼女が目覚めたのが昨日の午後。逃げ出して、不思議な魔道具で自殺を図った。その時屋敷にはユリウスと弟妹数人、ミーナ妃しかいなかった。急遽、父を呼んで手当をしてもらったのだ。
「使用人たちを見て、敵に捕らわれたと思ったみたい。あたしがうかつだったわ。荷物に銃があったなんて」
臨時家族会議で、彼女の尋問を終えたミーナ妃が説明する。
「何の前触れもなくこちらに転移したようだ。ミナミと同じだな」
暫く屋敷で面倒を見る。よろしく頼むと父が言う。ユリウスは疑問を口にした。
「どうして自殺を?僕たちは武器を持っていなかったのに」
「そういう時代の軍人だったの。“生きて虜囚の辱めを受けず”ってね」
ユリウスは呆気に取られた。何という短絡的な思考だ。信じられない。
「“テンノウヘイカバンザイ”って、どういう意味ですか?あの子はそう言って死のうとしたんです」
質問ついでに訊くと、父は顔を曇らせた。
「彼女に直接訊くと良い。落ち着いたらな。今はこちらに慣れるよう、助けてやれ」
「はい…」
銃という魔道具を突き付け、ユリウスを脅した少女。黒い瞳は強く輝いていた。矛盾に満ちたその行動に、彼は興味を持った。
◇
大尉は鏡で何度も確認したが、違っている。細い手足は痩せたのではなかった。元の自分の要素はどこにもない。同じなのは短い黒髪と黒い瞳くらいだ。白い小さな顔。華奢な身体。あの女の言う通り、10代の少女だ。
先ほどの男女は大公夫妻だと名乗った。ここは異世界で、彼らもまた20年以上前に日本から来たらしい。だが姿や年齢は同じだったと言っていた。稀に生まれ変わって日本の記憶を持つ者もいるとか。その場合は性別が変わることもあるそうだ。
夫妻は出来る限り力になると言い、呆然とする大尉の拘束を解くと、食事を置いて出て行った。部屋に鍵はかかっていないが、逃げる理由が無くなった。
鏡の前を離れ、大尉は食事の置かれたテーブルについた。まずは食べよう。腹が減っては何とやらだ。前線での貧しい食事とは全く違う、豪勢な料理を平らげる。
(今日はもう考えるのはよそう。全て夢で、朝になったら司令部の壕にいるかもしれないし)
そうだ夢だ。爆風で頭を打ったのだ。早く目覚めなければ。大尉は清潔なベッドにもぐりこんだ。
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