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外伝~アスカ大公子物語~ 神化

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 亜人会議の前、エルフ族の宰相と人族のアスカ大公子による超古代文明の研究発表があった。それを聞きに来た若い王女たちは、発表内容よりも公子の美貌に感銘を受けている。

「なんて美しい人族なの。エルフ族と並んでも見劣りしないわ」

「アスカ大公に似て魔力も凄いんですって」

 優れた人族の血の価値はドワーフの王子やラミアの王女で証明されていた。いずれも強く美しい。どこの氏族が彼を手に入れるのか。皆の興味はそこに尽きる。

 研究発表は満場の拍手で締めくくられた。その後、公子は研究への質問を受け付けていた。

「ぜひアラクネ国においでください。超古代文明の古い遺跡もありますわ」

「ハーピー族の天空の城にもぜひ。面白い遺物がありますのよ」

「我が獣人族は古代人によって造られたという伝説がごさいます。ご興味ありません?」

 質問ではなく勧誘が押し寄せる。護は辛抱強く対応した。思わずシルヴィアは助け舟を出した。

「では超古代文明の研究チームを亜人族で結成しませんか?素晴らしい事業になりますよ」

 次期エルフ族女王として提案すると、亜人の王女たちは押し黙った。

「良いですね!平和事業としてアピールできますね」

 護がほっとしたように賛同する。では詳細を詰めましょうと、シルヴィアは公子を別室へ連れ出しした。



               ♡



「…ありがとうございました。助かりました」

 2人きりになると、護は礼を言った。

「どういたしまして。今日はラミアの姫は一緒じゃないのね」

「初めての亜人会議だからと、付き添いの叔母と打ち合わせをしています」

 シルヴィアが亜人会議に出るようになって50年以上経つ。自分以外は前回から代替わりしていた。

(モーリーもいない。今はマモル…)

 久しぶりに会った公子は背が伸びていた。声や態度にも落ち着きが増し、髪型以外は父親に瓜二つだ。

「もうすぐ会議ですね。議場までお送りしましょう」

 護はエスコートを申し出た。差し出された手に触れると、封印したはずの想いが騒ぎ出す。

(次に会えるのはいつ?数十年後に、またあなたの息子をあなたと間違えるのかしら…)

 時の流れが違う種族。シルヴィアはそっと護の横顔を見上げた。



               ♥



 議場のドアが開き、エルフの王女をエスコートした護が入ってきた。似合いの2人に皆の目が吸い寄せられる。護は椅子を引いて姫を座らせ、二言三言、言葉を交わすと出て行った。

 ノーラはムッとした顔を叔母に咎められた。

「…エルフの王配が人族になることは決してないわ」

 小さな声で叔母が言う。エルフ族はハーフエルフを忌み嫌う。ラミアに婿入りしたエルフも未だかつていない。他の血を入れない。だから美しく長命だと誇っている種なのだ。

「公子は我がラミア族の王配・ノア様の義弟。あなたが最も優位なのよ。ノーラ」

「はい…」

 叔母に言われずともノーラは護を諦めるつもりはなかった。



               ◇



 卒業試験が終わった後の週末、護は治癒の仕事で神殿に来ていた。

「お疲れさまでした。今日はこれで終わりです」

 手分けして治療をしていた聖女が終了を告げた。側仕えが茶を淹れてくれる。2人は暫し休息した。 

「今日は多かったですね。最近、病気の人が増えてるんですか?」

 凝った肩を解しながら護は訊いた。

「かなり遠くの国からも不治の病を抱えた方々が来るようです」

「そうなんですか。具合が悪いのに旅するなんて、大変でしょうに」

 神殿にもゲートのネットワークがあれば良いな。神殿での治療に金は要らないが、旅費はかかる。ゲート使用料を病人に限っては安くするとか。茶を飲みながら考えていると、

「護様っ!」

 聖女がふいに叫んだ。初めて彼女の大声を聞き、護は驚いた。

(どうしました?)

 声が出ない。護は自らの異変にやっと気づいた。視界が金色に光っている。聖女の姿もぼやけた。

『…それを使うほど神に近づいていく。気を付けた方が良い』

 エルフ王の言葉を思い出す。もうその時が来てしまったのか。

 身体が光の粒子となっていくのが分かる。家族に別れを告げたい。そう思ったが伝話も使えない。

(マナミ。僕だよ。聞こえる?)

 双子の妹に念話を送ってみる。小さい頃はよくそれで話をしていたのだ。

(何?)

 繋がった。寝入りばなだったのか、眠そうな声だ。

(神殿にいるんだけど。ちょっとマズいことになった。暫く帰れないって母上たちに言っておいて)

(何日くらい?明日の朝で良い?)

(良いよ。期間は…ちょっと分からないな。あと、ヒューゴにも言っておいて)

 卒業旅行の約束を果たせないかも。甥にそう伝えて。念話はそこで切れた。

(そうだ聖女様。びっくりしてるよな)

 護は光の粒子を操って文字を作った。側仕えが読んでくれるだろう。

『突然消えてすみません。なるべく早く戻ります。心配しないでください』

 家出の書置きみたいになってしまった。もう魔力が使えない。最後の1粒が消えると、護の意識も消えた。



               ♥



「父上っ!!父上ーっ!!」

 マナミは寝間着のまま父の研究室に走った。ドアを叩きながら叫ぶと、すぐに父親が出てきた。

「どうした?マナミ」

「護兄さんが消えたっ!神殿から念話が来たの!暫く帰れないって…」

 涙声になってしまい、上手く話せない。母が走って来た。マナミは母に抱き着いた。

「いない…兄さんの気配が無いの!死んでしまったみたいに…」

 こんなことは生まれて初めてだ。双子の絆は切れないのに。父の顔色が変わった。

「神殿に行ってくる。お前たちは屋敷で待て」

 言い捨てて、父の姿が掻き消える。瞬間移動で向かったらしい。マナミは母親の胸で泣きじゃくった。

「もうなの…?早くない…?」

 真っ青な顔の母が呟く。マナミにはその意味が分からなかった。



              ◇



「早くない?まだ17なんでしょ?もうちょっと遊んできても良かったのに」

 目の前にいる壮年の神が言う。

「護良以上に真面目な子なんだよ。仕方ないでしょう」

 もう一人、7、8歳の少年の姿の神もいる。周囲は何もない真っ白な空間だ。護は身体があるのを確認した。

「あの…もしや菅原道真公と安徳帝でいらっしゃいますか?」

 声も出た。良かった。日ノ本の挨拶は分からないから、人族の礼をする。

「護・アスカです。お初お目にかかります」

「うん。知ってる。私が道真だ。このちっこいのがトキ君。君、どうしてここに呼ばれたか分かってる?」

 受け継いだスキルのせいで亜神となり、因果を読む力を使いすぎたので、とうとう現世に留まれなくなったのでは。護はそう思っていた。

「大まかには合っているけど。次に神化するのはレグラスの予定だったんだ。その次の次くらいが護良で」
 
 安徳帝も眉間に皺を寄せて説明する。レグラスとは誰だろう。

「エルフ王だよ。君が2人より先に神化するなんて。非常事態なんだ」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。護もできれば帰りたい。そう言えば、先ほどから声に出さなくても伝わっている気がする。

「そりゃ、ここは神界だからね。…おい、トキ君。何で勝手に護良を呼んでるんだ?!」

 菅公が声を荒げた。

「既に彼は亜神の中でも最高レベルに達している。ほとんど我々と同じなんだ」

 要請があれば、応えないわけにはいかない。安徳帝はため息交じりに言った。すると白い空間に扉が現れた。

「護っ!!」

 父が扉から出てきた。護はあっという間に父に抱き締められる。もう同じ背丈なのに。気恥ずかしいが嬉しい。こんなところまで来てくれるなんて。

「父上…」

「菅公よ。護は返してもらうぞ。良いな」

 神々相手でも父は変わらない。いつもの口調で菅公を睨む。

「まあ待ちなよ。我々も原因が分からなくて困っているんだ。このまま連れ帰っても、また同じように消えるよ」

 怯えたように扇で顔を隠す菅公を、安徳帝が庇った。護も困る。その度に皆を驚かせてしまう。

「…それかな。レグラスはエルフ族を守る義務があった。護良も妻子と仲間を幸せにしたいという欲がある。護、君がしたいことは何だい?」
 
 安徳帝に問われ、護は悩んだ。

「卒業式に出たいです。その後、甥のヒューゴと旅に出て。あと、春に生まれる妹に会いたいです」

 2柱の神はため息をついた。

「あ、さっき思いついたんですが、神殿にゲートのネットワークを作りたくて。そうすれば遠くから病気の人たちが旅をする必要がないでしょう?」

 父が額に手を当てた。
  
「真の聖人だね。好きな女の子とかいないの?もしかして初恋もまだ?」

 菅公が俗っぽい事を言う。初恋…結婚したい女の人。強いて言うなら…。

「え?聖女?まあ綺麗だけどさ。なんで?年上好きなの?」

 心を読まれて赤面する。神々と父親に恋愛話なんて拷問だ。いつも落ち着いていて、優しい聖女は好ましい。ただそれだけだ。

「父上。お願い。聖女様には言わないで…」

「もちろんだ」

 母にも絶対絶対教えないで。念を押すと父は笑って護の頭を撫でた。安徳帝が組んでいた腕を解き、結論を述べる。

「…新しい氏族を造ろう。護。君はその始祖となるんだ」
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