上 下
104 / 134

外伝~アスカ大公子物語~ ラミアの娘

しおりを挟む
               ◇



 ゲートの運用テストが始まった。人族側とエルフ側、双方から物資の転送を経て、今日は初めて生きた人族がやってくる予定だ。

「間もなく到着します。座標は正常。人数…2人です」

 魔法陣が光り、中心に2つの影が現れる。誰が来るのかは知らされていない。

「マモル!」

 現れた黒髪の少女が護に駆け寄り、抱き着いた。姪のノーラだ。

「兄さん」

 後の1人は妹のマナミだった。

「実験は成功です」

 観測士が宣言すると、拍手が起こった。護はシルヴィア姫に2人を紹介した。

「ほら。ノーラ、ちゃんとして。…姫。ご紹介します。姪のノーラと妹のマナミです」

「初めまして、シルヴィア姫。ラミア族王女ノーラです」

「アスカ大公女、マナミ・アスカです。兄がお世話になっております」

 2人の少女はしとやかに挨拶をした。シルヴィアも礼を返す。護はその顔色が悪いように感じたが、妹たちに気を取られて声をかけそびれた。



               ♡



 黒髪の少女が護公子に勢いよく抱き着いた。公子も笑顔で受け止める。シルヴィアは苦しくなった。彼の姪だと紹介されたが、血の繋がりは無さそうだ。

 その晩、2人はエルフ国に泊まることになった。大公女とラミアの王女を交えた夕食の席でシルヴィアは護の意外な素顔を知った。

「じゃあ超古代文明の研究も同時にやってるの?兄さん、いつ寝てるの?」

 公女が呆れたように言った。その件についてはシルヴィアも悪いと思っている。

「明け方の2時間くらいかな。昼休みも寝てるから大丈夫だよ」

「今夜は休みなのよね?後でお部屋に行って良い?」

 ラミアの王女は嬉し気に訊いた。公子は断った。

「ダメ。もう子供じゃないんだから。一人で寝なさい」

 そんなに親しい間柄なのかと、シルヴィアは驚いた。

「子供の頃、寝ぼけると人化が解けて僕らにぎゅうぎゅうと巻きついてて。何度肋骨が折れたか…」

「嘘よ!信じないでください、シルヴィア姫。マモルは大げさに言ってるんです」

 ノーラは隣に座る公子を つ真似をする。公子は声をたてて笑った。今までの微笑とは全く違う。

(家族の前ではこんな風に笑うのね…)

 自分の知らない彼の素顔。それを知るラミアの王女に、シルヴィアは嫉妬した。



               ♥



 誘拐事件の後、ノーラは眠れなくなった。少し眠ると悪人の顔が浮かぶ。悲鳴を上げて飛び起きる夜が続いた。

「じゃあ一緒に寝よう。夢の中でも僕が守るよ」

 護が一緒に寝てくれるようになり、ようやく悪夢は去った。以来、ノーラにとって彼は守護天使だ。

(エルフなんかに渡さない)

 ミーナ妃から護がエルフ族の姫と仕事をしていると聞いて、無理矢理ゲートの実験に自身をねじ込んだ。ノーラは確信した。シルヴィア王女は護を好いている。

 アスカ大公子・護を慕う女はまだ多くない。学園の女生徒ぐらいだろう。だが16歳になり社交界へデビューしたら、きっと大騒ぎになる。その頃には背も伸びて、父親の大公と瓜二つになるだろうから。

 大公の血を欲しがる亜人族も少なくない。護を王配としたい氏族はすでに水面下で牽制し合っている。社交辞令だと思っているのは本人だけだ。

 ノーラも護と結ばれたい。でも。亜人の王配で終わるにはもったいないと思う。

(彼と共に生きていけるなら、この身体を捨てても良い…)

 ラミアの娘の切なる願いだった。




               ◇




 ゲートの運用試験は順調に進んでいた。反対派の工作も無い。ゲートを破壊するくらいの嫌がらせも覚悟していた護は、やや拍子抜けした。怒らせると怖いと聞いていたが、基本的には平和を愛する亜人なのだろう。

 今日は久しぶりの休日だ。シルヴィアが狩りに誘ってくれたので、2人で森に来ていた。

「弓が上手いのね。誰に習ったの?」

 護の獲物を見て、姫は目を丸くした。少し獲り過ぎたかもしれない。

「母です。ハンターだったので。父も凄いんですが、教わったことは無いですね」

「ミーナね。お元気かしら?」

 そう言えば姫は母と面識があった。父の妻の話はあまり聞きたくないのではないだろうか。商会長として忙しくしていると、当たり障りのない話をしておく。だが彼女は弟妹は何人かだとか、両親のどちらに似ているのかだとか訊いて来る。

(父上のことは気のせいだったかな?)

 その方が気が楽だ。護は姫に問われるままに、賑やかな大公家の日常を話した。弟妹が大好きな護は知らず笑顔になる。シルヴィア姫も嬉しそうに微笑んで聞いてくれた。エルフ族はあまり子が生まれないらしい。大家族を羨ましがられた。

「マモル!見て!白い鹿よ!」

 そろそろ引き上げようかと帰り支度をしていた時、姫が指さす先に不思議な生き物がいた。

「あれは…」

 護は不快な予感に襲われた。嫌な因果を持っている。追ってはダメだ。

「私の獲物よ!手を出さないでね!」

 姫は馬首を巡らせ、それを追い始めた。

「ダメだ!」

 慌てて止めるが、姫が流れるような所作で矢をつがえ、弓を引き絞ると、矢は放たれてしまう。

(スキル“再生”。“時間停止”せよ)

 護はスキルを発動させた。とたんに周囲の全ての時間が止まった。跳ぶ矢は空中で止まっている。

 白い鹿には仕掛けがあった。矢を射た者に呪いがかかるように刻印魔法が施してある。

(狙いは僕か?姫か?確かめるべきか)

 暫し考え、護は鹿の呪いを消した。姫の放った矢にその呪いを移す。

「呪った奴の元へ返れ」

 時間停止を解くと、矢は明後日の方向に飛んでいった。魔法で脱色されていた鹿の色も戻してやる。

「あら?外しちゃった?」

「残念でしたね。今日はこれまでにしましょう」
 
 日も傾いてきた。狩りの終わりを提案すると、姫は頷いた。護は警戒を怠らずに王城へと帰った。今頃、呪いの矢は犯人に届いているはずだ。さて誰だろう。



               ♡



 狩りから戻ると、王城が騒がしかった。シルヴィア姫は侍女に声をかけた。

「何かあったの?」

「宰相閣下がお倒れになりました!」

 驚いて医務室に駆けつける。そこで厳しい顔で相談する医師たちに事情を訊いた。

「呪いです。どうも“呪詛返し”をされたようですね」

「宰相が誰かを呪ったと言うの?まさか…」

「事実、彼の魔力波の呪いに蝕まれています」

 そこへ王が来た。姫はほっとした。父に解けない呪いは無い。王は黒い靄に包まれうめき声をあげる宰相を診察した。そして護公子以外、部屋から出るように命じた。

「なかなか複雑な呪いだ。公子に手伝ってもらいたい。良いか?」

 護は一瞬驚いたようだったが、了承した。シルヴィアも出るように言われ、仕方なく治療室を後にした。



               ◇



「さて公子。呪いを返したのはそなただな?」

 即バレてしまった。さすがに500歳だ。だが人払いをしたということは、護に罪を問う気は無いようだ。

「…正当防衛です。狙いが姫か僕か分かりませんでしたから」

 一応自己弁護しておく。

「やはり僕だったようですね。ゲート設置を妨害するつもりでしょうか」

「いや。個人的な恨みだろう」

 護は驚いた。宰相ともあろう者がたった14歳の子供にどんな恨みがあるというのか。まさか。

「父への…?」

 エルフ王は頷いた。宰相はシルヴィア姫の王配候補の筆頭だった。だが16年前の亜人会議以降、姫の心は離れる一方だったのだ。原因はアスカ大公。つまり護の父だ。

「いやいやいや。何歳なんですか?宰相閣下。恋敵の息子に仕返しとか、若過ぎでしょう!?」

 父に似た王と2人きりのせいか、思わずくだけた話し方になってしまった。王は護の無礼を咎めなかった。むしろ面白そうに聞いている。

「エルフは寿命が長い分、成熟するのも遅い。まだ200歳だ。仕方あるまい」

 年齢×0.1が精神年齢か。それだと姫は13.5歳になってしまう。護はため息をついた。

「…とりあえず呪いを祓いましょう。僕は何をすれば良いですか?」

「朕が祓う。公子は“再生”してくれ」

 王の言葉にぎくりとする。護のスキルを知られていた。しかし、続く言葉に更に驚かされる。

「逆でもいいぞ」

 父以外に亜神がいた。衝撃の事実だった。護は思わず後じさった。

「そう警戒するな。…護。気づいていないようだが、そなたは既に亜神だぞ」



               ◇



 この世界には神がいる。護の父は今は亜神、神の一歩手前の存在だ。スキル“再生”は無意識に身体を再生し、改変してしまう。そのせいで父は不死であり不老となった。眷属と妻も同様だ。

 スキルを受け継いだ護もいずれはそうなると聞いている。だが遠い先のことだと思っていた。

「そなたの因果を読む力。それを使うほど神に近づいていく。気を付けた方が良い」

 エルフ王が忠告する。護は気づいてしまった。王も因果を読むのだ。

「…陛下も?」

「ああ。早く引退せねばならんのだが。次代がこれでは、な」

 苦笑いを浮かべ、王は宰相の呪いを祓った。護は侵食された細胞を再生させる。若く美しいエルフは、ようやく安らかに眠った。
しおりを挟む

処理中です...