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最終回・幸福な皇子

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 1年後。ミナミは魔法学園を卒業した。学園長である皇子が卒業証書を手渡した。成績は主席だ。

「おめでとう。よく頑張ったな」

「ありがとう。夢が叶って嬉しいよー」


 その後、ささやかながら皇子とミナミの結婚パーティーを開いた。多くの知り合いが祝ってくれる。推しの会の令嬢達。王太子夫妻(先月結婚した)。留学を終えて帰ってきた主将騎士。なんと聖女まで来てくれた。結婚の誓いの儀を執り行ってくれたのだ。

「ご結婚おめでとうございます。モーリー様、ミーナ様。末永い幸せをお祈りいたします」

「ありがとう、聖女様。司祭役をしてくれて助かりました!」

「いいえ。聖人様の慶事にお力添え出来て光栄でした」

 聖女は祝福の印を切って2人の未来を寿ことほいだ。

「どうか我らの世界を見守り給え。ルクスソリアの神よ」

 皇子とミナミは驚いた。聖女は何もかも分かっているようだった。オクトとかいう神官もそうだったが、神殿関係者には神気という神の気配が見えるらしい。聖女は静かに微笑み、帰っていった。


       ♡


 ミナミの希望で2人は新婚旅行に行った。行き先は2年以上帰っていなかったザワ村だ。村長もハンターの師匠も元気だった。お婆さんが遺してくれた家で1カ月ほど過ごす。狩りをしながら美しい秋の山々を楽しんだ。

「これどうしようか?持って帰る?」

「そうだな…。俺のは処分する」

 こちらに転移してきた時に身に着けていた物を、お婆さんの家に置きっぱなしだった。ミナミは塾の帰りだったので、私服が数点とスマホ、教科書、参考書が数冊。皇子は黒い着物と白い小袖、袴と冠、くつ

 ミナミは日本史の参考書をぱらぱらとめくった。征夷大将軍の一覧表に皇子の名前が載っていた。本当にこの時代から来た皇子様だったんだ。じっとそのページを見ていると、皇子が後ろから覗き込んできた。

「何を見ている?」

「日本史の参考書。ヨッシーの名前が載ってる」

「…そうか」

 ミナミは本を閉じた。もう関係のない世界の歴史だ。

「セイイタイショウグンだったんだね。すごいね。でもあたしは魔導大公の方がカッコいいと思うなぁ」

 皇子は笑ってミナミを抱き寄せた。

「俺を神主か光源氏だと思っていたのにな」

「光源氏で合ってる。奥さんいっぱいできる予定だし」

「お前は特別だ。前世でも今生でも。決して手放さん」

 意外と執着系だ。やっと腰まで伸びたミナミの髪を指に絡めている。皇子の髪の方が綺麗なのが悔しい。

「はいはい。末永く添い遂げましょうねぇ。背の君」

 マリエルの真似をすると、皇子が大笑いした。破壊的な美貌が心臓に悪い。ミナミは服の袖で顔を覆い、顔を見ようとする皇子から逃げ回った。新婚旅行ももうすぐ終わりだ。2人は不要な物を消し、王都の屋敷へと帰った。


       ◆

 15年後。アスカ大公家には14歳の長男を筆頭に10人の子供がいた。皇子に瓜二つの長男は多くの弟妹の面倒をよく見る優しい少年に育った。双子の妹は見た目がミナミそっくりの少女だ。


マモル兄さん。またユリウスが泣いてる。鬱陶しいから何とかして」

 長女のマナミが双子の兄に告げる。護は庭の木陰ですすり泣く9歳の弟を見つけた。腹違いの弟は兄弟姉妹の中でただ1人、金の髪を持っている。

「ユリウス。どうした?」

 弟が顔を上げた。母親のユリア妃は今、出産のため里帰りをしている。

「友達が…僕は父上の子じゃないって…。髪が黒くないから…」

 ユリウスは飛び級で魔法学園に通っている天才児だ。よく虐められる。

「お前は父上の子だ。魔力波で分かるだろ」

「でも…。僕だけスキルが無いし…」

 護はため息をついた。スキルはある日突然発現するものだ。9歳ではまだ分からなくて当然だ。どうやって慰めようかと、とりあえず金の頭を撫でていると、妹が父を連れてきた。

「どうした護。ユリウスも」

「金の髪を揶揄からかわれたようです。父上に似ていないと」

 亜神である父は年を取らない。父は若々しい顔をしかめた。

「父上。私、暫く金髪でいても良いですか?」

 マナミが唐突に妙な提案をする。父は面白そうに娘を見た。

「構わんが。何か魔法を考えたのか?」

「はい。私のスキル“置換”で髪の色素を金色に変換します」

「見せてみろ」

 妹はスキルを発動した。みるみる髪の毛が金色に変わった。父は満足そうに頷いた。

「見事だ。だがあまり似合っていないな」

 確かに顔立ちに合っていない気がする。だがユリウスと並ぶと姉弟に見える。泣いていた弟は呆然と姉の頭を見ている。護はマナミに自分にも魔法をかけるよう頼んだ。こうなったら皆で金髪になろう。そこへ母とリコリス妃が弟妹たちを連れてやってきた。

「あらー。ヤンキー?今頃反抗期?良いわよ!受けて立つ!」「面白そうですね!私も!」

 母とリコリス妃まで金髪になった。お互いの姿を見て笑い合っている。

「お前たちまでやる必要あるか?」

 父が呆れて母らを諫める。

「ヨッシーもやろうよ。多分似合うよ」

「…」

 父のスキル“改変”が発動する。長い黒髪が金に変じると、驚いたことにエルフ王にそっくりになった。母はのけぞった。

「うそ!シルヴィア姫の父ちゃんが!」

 そう言えば父がエルフ王と人族の隠し子だという噂があった。なるほど、これは似ている。父は嫌そうに自分の姿をスクリーンで確認した。弟妹たちが自分にもかけてと騒ぐので、父は皆を金の髪にしてやった。

「アスカ大公家の証は髪色ではないぞ。ユリウス」

「はい…」

 やっと弟が笑った。母が記念に写真を撮ろうと言うので、皆で並び、タマが撮ってくれた。13人全員金髪のすごい写真ができた。写真の魔道具は母と父が開発したものだ。

 大公家の人間はそのまま1週間、金髪のまま生活した。学園長である父まで。もう誰もユリウスの金髪を揶揄う者はいなかった。


       ◆


「もう黒髪に戻っちゃったの?面白かったのに。金髪アスカ大公家」

 放課後、幼馴染のサンドラ王女が生徒会室で護に言った。彼女は現王の長女で、ユリウスの従姉だ。

「マナミの魔法は1週間限定なんだ。それより治安委員から連絡来てるよ。今、ドワーフと獣人が、訓練場でケンカしてるって」

 伝話を切り、護とサンドラは現場に向かった。仲裁は生徒会役員の仕事だ。

「止めろ!校内での私闘は禁止だぞ!」

 護が取っ組み合う生徒を魔法で拘束した。ドワーフにしては背が高い少年は、護の甥にあたる。父の養女・ヒナ王妃の息子だ。獣人族の王子と反りが合わない。

「原因は何だ?」

「そいつが“番抑制装置”を着けないから注意したんだ」

 確かに獣人の生徒はその装置を着けることが義務となっている。

「番かどうか確かめるために取ったんだ!何が悪い!」

 狼獣人の王子はやや異性に奔放だ。恋愛絡みの問題をよく起こす。2人の亜人はお互い一歩も引かない。護は彼らを学園長室に連れて行った。


       ◆


 学園長室に父はいなかった。秘書に訊くと、人魚族の戴冠式に行っているとか。マリエルは父の眷属だったが、ついに王太女として認められ、海へ帰っていた。それが女王になったのか。共に育った護は嬉しく思った。

 少し待つと、父が影から出てきた。ラミアの王女を伴っている。

「何だ、お前たち。またケンカか」

 2人の傷だらけの顔を見て、父は冷たく言った。黒髪のラミアの王女・ノーラはサンドラとハイタッチをしている。彼女たちは血縁ではないのに双子のように良く似ている。違いは瞳の色が銀か青かだけだ。王女同士、とても仲が良い。

 護は父に事情を説明した。父は即座に処分を下した。

「くだらん。2人とも停学3日か、訓練場の掃除1週間。どちらか選べ」

「でもお祖父じいさま…」

「学園長だ。ここではそう呼べ。戻って良し」

 甥は肩を落として部屋を出て行った。後でフォローに行かないと。護も退出しようとしたが、残るように言われた。2人の王女はカフェにお茶を飲みに行った。

「何でしょうか?学園長」

 護は改まって訊いた。父はさらさらと休学許可証を書き、渡してきた。

「ヴィレッジ伯爵領で大規模な盗賊団が出た。至急向かえ」

「承知しました。リコリス妃はどうされますか?」

 妃の実家だ。一緒に行くと言いそうだ。

「あれは今、腹に子がいる。行かせたくない」

 また弟妹が増えるのか。護の頬がゆるむ。可愛らしい赤子は家族の喜びだ。

「それは…おめでとうございます。では四郎をお貸しください」

「四郎を?何故だ?」

「妃の妊娠と盗賊団が無関係とは思えません。妃の誘拐を目論もくろむ輩がいるかもしれません」

 護には物事の因果関係を見抜く力がある。父は少し考え、許可した。

「四郎。いるか?」

「はっ」

 床の影から紺色の髪の忍びが現れた。父の眷属、四郎だ。

「暫くお前を護に付ける。手伝ってやれ」

「かしこまりました」

 四郎は護の影に消えた。護は一礼して学園長室を辞した。


       ◆


 カフェの前を通りかかると、サンドラ王女とノーラ王女、妹のマナミがお茶をしていた。兄を目ざとく見つけた妹が声をかけてきた。護は甥の様子が気になるからと断ったが、無理矢理お茶に付き合わされた。

「大丈夫だよ。父上、ツンデレだから。今頃フォローしてるよ」

 妹は護の心配を笑い飛ばす。『ツンデレ』は異世界語で、大公家では分かりにくい優しさを指す。

「モーリー叔父様、マリエル女王を振ったらしいわよ。凄い美人なのにね」

 サンドラが噂話を披露する。父と戴冠式に出席したノーラが話したようだ。

「お祖父じいさまは、しとやか系が好きだから」

「うちの母のどこが良かったのかねぇ。父上は髪フェチだって聞いたことあるけど」

 娘や孫たちが好き勝手に言う。護はたまれなくなった。父の命でヴィレッジ伯爵領に行く用事があるからと言って席を立つ。そして休学許可証を担任のロッソピーノ師に提出に行った。

 魔法薬学の権威であるロッソピーノ師は快く許可証を受け取った。餞別にと、最新の魔力回復薬を何本もくれた。

「味を改良したの。良かったら感想も教えてね」

 宿題を出された。師はもう40代のはずだが、20代後半の美しさが衰えない。護は、師は父の愛人なのではないかと疑っている。確か10歳ほどの男子を一人で育てているはずだ。髪色は赤いそうだが、父なら変えられる。


       ◆


 屋敷に帰って伯爵領に行く支度をする。影渡りで行けば馬は要らない。護はリコリス妃の子供ではないが、大公家では皆分け隔てなく育てられ、どの子も先王とヴィレッジ伯爵をお祖父さまと呼ぶ。宿と馬は伯爵に世話になろう。

「護。支度できた?」

 母が部屋に様子を見に来た。母は20歳から年を取っていない。その若々しさを利用して、最近では化粧品の商売に乗り出している。元推しの会とやらの貴族夫人たちに売って儲けているらしい。

「はい。暫く留守にします。母上」

「気をつけて…って言っても、あんたもチートだから心配してないけどね」

「父上ほどでは…」

 そりゃそうだ、と母は大笑いして護の頭を撫でた。妹は母の魅力を分かっていない。おおらかで明るく愛情深い。母は最高に良い女なのだ。

「ヨッシーが行けば瞬殺なんだけどさ。護がどれくらい成長したか見てるんだよ。頑張れ」

「分かってます。父上のご期待に沿える様、頑張ります」

 護は屋敷を出た。月夜の影から四郎とタマが顔を出す。

「あれ?タマも来るの?」

 驚いた護は父の眷属の鮫に訊いた。

「あい。若様守れ、言われました」

「ありがとう…」

 護は父の全属性とスキルを受け継いだ。父母の師である老師に言わせると、世界で2番目に強い魔法士らしい。盗賊団ぐらい全く心配していないのだが。

「行ってきます」

 どこかで見ている父に手を振り、護は影に潜った。


       ◇


「行ったね」

「ああ」

 皇子とミナミは屋敷の屋根の上から息子を見送った。結婚して15年が経った。3人の妃は皇子に多くの子を与えてくれたが、長男の護は群を抜いて優秀だ。スキル“再生”を受け継いだせいで、おそらく亜神になる。

「護なら心配ないって言ってたのヨッシーじゃん」

「親心だ」
 
 ミナミが笑って皇子の肩にもたれかかる。皇子はこの上なく幸福だった。

(終)
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