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神器争奪戦

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       ♡


 目が覚めたら、ミナミは皇子の布団にいた。彼は和風美女を抱くように寝ている。素晴らしく美しい寝顔を間近で堪能した。妻の姿のせいか、妊婦のせいか、あまり動悸がしない。すぐに皇子も起きた。

「おはよう。あたし、何でヨッシーの布団で寝てるの?」

「お前は寝相も悪かったんだろ」
 
 皇子の長い指が美女の黒髪をもてあそぶ。やっぱり髪フェチのようだ。知らなかったと言うと、意外な顔をされた。

「覚えていないのか?」

「何を?寝相?あ、夢?」

 何かを抱えて泣いている夢を見た。無意識に土魔法で再現する。すると皇子の生首が出来た。

「ぎゃ…!!」

 皇子がミナミの悲鳴を塞いだ。慌てて生首も消す。朝からホラーだった。


       ♡


 朝食の雑炊をすすりながら、前妻の霊が出た話を聞く。ミナミが覚えていないと言うと、皇子はショックを受けた様子だった。

「もう二重人格だと思おうよ。大丈夫。あっちに帰ったら出ないから」

 大体、リコリスのように前世をはっきりと記憶している方が珍しいのだ。あれは忠犬だからだ。もしかして夫婦仲が良くなかったとか。ミナミは密かに皇子を憐れんだ。

 もうすぐ渡辺津(大阪の港)に着く。そこから京までは徒歩で行かねばならない。3人で相談していると、京まで行く商人の1人が同行しないかと誘ってくれた。熊野権現のご加護がある皇子と一緒なら安全だと思われたらしい。さすが商人、勘が鋭い。喜んで承諾した。

 船を降りて商人の一行に混ざり、無事に京に着く。商人とはそこで別れた。


「案外汚い…」

 ミナミの京の第一印象だ。修学旅行で訪れた京都とは雲泥の差だ。華やかな店は無く、乞食のような人たちが道端に座っている。路地裏には死体とか転がっていそうだ。皇子は勝手知ったると言わんばかりに細い道を入っていく。そういえば彼の地元だった。テロ活動をしていた時に世話になったという寺に泊めてもらうことになった。


「俺と彦四郎で内裏に忍び込む。お前はここで待っていろ」

「へーい…」

 夜になって皇子らは出て行った。ミナミは留守番を命じられた。暇なのでノアとヒナと3人で新魔法ができないか試す。今のミナミは全属性の同時展開が可能なのだ。何という全能感。皇子にも勝てそうな気がする。

「悪霊を一発で倒す術とか出来ないかなー」

『母上のスキルで消せないのですか?』『マリエルの呪いは消せました』

 ミナミのスキル“消去”は形ある物しか消せない。マリエルの時は瘴気が肉体に浸透していたからだ。悪霊に物理的な質量がなければ不可能だ。あれこれ試行錯誤をしていたが、眠くなったので寝てしまった。


      ◇


 認識阻害の魔法を己と彦四郎にかけ、皇子は影から出た。内裏の宝物庫の中だ。人気が無い。昼間見た京の町も活気が無かった。民は戦の気配に敏感だ。帝の許しを得ぬまま尊氏は鎌倉に向かって発ったと聞く。北条の遺児を討っても、次は奴が反逆者とされるだろう…。

(今は神器に集中しろ。仲間とあちらに帰るのだ)

 皇子は過去に引きずられる思考を断ち切った。神器を探して宝物を漁る。

「それらしい物は見当たりませんね」

 彦四郎が女官に化けて清涼殿に潜り込むことを提案した。帝の近くにあるのかもしれないと。皇子は迷ったが、いざとなればネズミにでもなって逃げると言うので許可した。近くで見つけた女官を眠らせ、隠す。スキルで変身した彦四郎は帝の寝所に向かった。

 1人になった皇子は別の建物を片端から探った。すると後宮の方から妙な気配がした。影渡りでそちらに行くと、女が何かを運んでいた。小袖と袴の上に豪華なひとえうちきを纏っている。高位の女官だ。だが侍女を連れていないのが怪しい。

「待て。それを見せてもらおう」

 皇子はあえて認識阻害を解いて姿を現した。第3皇子の亡霊とでも思わせれば良い。

「も…護良親王!?」

 女は皇子を見て後じさった。異母弟の恒良親王に似ている。では寵姫・阿野廉子か。廉子と尊氏の陰謀を思い出し、一瞬皇子は怒りにかられた。しかしミナミの言葉を思い出し、こらえた。

「神器を持ち出してどうするつもりだ。阿野廉子」

「…」

 肝の座った女だ。亡霊相手に一歩も引かない。皇子は隠蔽結界を張った。廉子はたもとから紙のような物を出した。

「去れ!亡霊め!」

 皇子に向かって投げ付ける。人型のような紙はひらひらと床に落ちた。とたんに黒い瘴気がそれから吹き出した。

「!?」

 光の結界を己の周囲に張るが、廉子には間に合わなかった。瘴気はその体に入り、悪霊が彼女を乗っ取った。年はいっているが美しい顔が禍々しく笑う。悪霊と化した寵姫は神器を抱え外へと走り出た。人外の動きで内裏の屋根へと跳び上がる。

「待て!」

 また寵姫だ。つくづく悪霊は女を操るのが好きらしい。皇子は月も星も見えない漆黒の夜空を、悪霊を追って駆けた。


       ◇


 悪霊は伏見・宇治をさらに超えて、南都の春日大社近くに下りた。ここは崇道天皇のおくりなで葬られた早良親王の陵墓だ。ずいぶん遠くまで来てしまった。皇子は豊玉に彦四郎に知らせるように命じた。

「己の墓に神器を持って来て何をしようというのだ?」

 皇子は悪霊に問うた。

「さて。我が復活するには瘴気が足りぬな。この女子は帝の権威を守るために神器を差し出す程の執念はあるが、ただそれだけ。お主を謀ったのも息子の皇位の安泰ゆえ。呪いが足りぬ。恨みが足りぬなあ」

「…随分と俺のことを知っているな。だが決して俺は怨霊にはならんぞ」

「お主の妻や臣下がどれほど惨たらしく死んだか教えてやろうか?お主の敵がこの後、どれほどの栄華を極めるか知りたくはないか?」
 
 底意地悪く悪霊が囁く。

「あちらに帰っても同じだ。お主を警戒した北の王は裏切る。友である王太子は妻とお主の不貞を疑う。皇国の馬鹿どもは新帝たるお主を認めず謀反を起こし、亜人はお主を魔王と断じて戦いを挑んでくるだろう」

 誰もお主を受け入れない。1人ぼっちで死ぬまで孤独に苛まれる。幽閉中と何ら変わらぬ最後だ。

「あり得ない。よくもまあ、そこまで悪い予言を思いつくものだ」

 悪霊の呪詛を、皇子は切り捨てた。だが気づくと周囲が闇に包まれていた。夜の闇ではない。悪霊の領域に取り込まれてしまっていた。ここから出るには敵を倒さねばならない。皇子と悪霊の決戦が始まった。
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