上 下
89 / 134

モリナガ親王殺人事件

しおりを挟む
       ♡


 玉座近くに座る内親王は、皇子を見てものすごく動揺していた。その意味することは。

「犯人は妹だ!!」

 謁見後、控えの間に戻った一同に名探偵ミナミの推理が披露される。ヒナが慌てて遮音結界を部屋に張った。

「お姉さま!不敬罪で捕まります!」

「動機は何だと思う?」

 皇子が水を向けてきた。ミナミは得意げに胸を反らせた。

「そんなの決まってるぞ。ヨッシー君。イケメンが殺される理由は1つ…痴情のもつれだ!」

 数々の浮名を流し、女の恨みを買う親王。とうとう妹のお気に入りの侍女に手を出す。捨てられた侍女は自殺を図り、内親王は怒りの鉄槌を下す決心をする。兄を恨む7人の女たちを集め、1人1刺しづつナイフを突き立てたのだった…・

 ミナミの7人のオリエント急行的な推理を聞いたリコリスは拍手をした。

「すごく面白いお話です!それで親王殿下の御遺体はどうしたんですか?」

「どっかに埋めたんじゃない?誰も近寄らない場所にさ」

「その程度で兄の皇太子を殺すか?全員側室にすれば良いだろう」

 出たよ。男尊女卑。名探偵ミナミは粘った。

「遺体を見つければ真相が分かるでしょ?今夜あたり、あの妹が確認しに行くかもよ」

 犯人は現場に戻る。遺体を見るまで皇子が別人だとは確信できないはずだ。そう言うと、皇子は少し考えた。

「…尾行してみるか」

 夜は使節歓迎の宴がある。その後、内親王が動く様子があれば、跡をつけることになった。


       ◇


 ヤマタイ皇国の宴は人魚の国のそれと似ていた。玉座に座る皇太后の右に皇子、左に内親王、一段下に使節団の者たちが座る。貴族や官吏たちも身分相応の位置に座して中央の舞や出し物を楽しむ。

 どことなく日ノ本風の音楽に皇子は懐かしさを感じた。じっと楽に耳を傾けていると、皇太后が話しかけてきた。

「護良殿も楽器を嗜まれますか?」

「いや。不調法で何も。子供の頃に琵琶を習ったが、すぐに止めてしまった」

 貴族ならば管弦の一つは出来るもの。だが皇子は武芸にのめり込み、そちらはおろそかにしてしまった。前世の最期、幽閉中の無聊を慰めたのは妻の筝であった。共に奏でてみたかった。

「こちらにいらっしゃる間に習ってみてはいかがです?」

「有り難い。ぜひお願いする」

 皇太后は侍従に合図した。すると見事な細工が施された琵琶が運びこまれる。一目で宝物の類であると分かる。

「息子が使っていたものですが。どうぞ」

 更に皇太后は手づから教えることを約束した。皇子は礼を言って琵琶を受け取る。その様子を見ていた内親王の顔色が変わった。

 ばちで4本の弦をはじくと、思ったより軽やかな音が出た。楽師たちが気を利かせて手を止める。皇子はうろ覚えの曲を弾いてみた。

「…お上手ですね。お教えすることは少ないようです」

「楽器のせいだろう。素晴らしい琵琶だ」

 皇太后の世辞に、皇子は照れ笑いを浮かべた。それにこの曲しか知らない。ミナミたちと合奏できるくらいに上達したいものだ。彼は新たな目標を見つけた。

 気づくと、内親王が退出していた。思ったより早く動いた。皇子は豊玉に念話を送った。

(豊玉。内親王の跡をつけろ。気づかれるな)

(あい)

 眷属となった豊玉は普段は皇子の影にいる。土人形よりも隠形が上手い。念じるだけで意思の疎通もできる。おそらくマリエルも同様だろう。

 宴が終わるまで、内親王が戻ることは無かった。


       ♥


 内親王サララ姫は後宮の暗い廊下を足早に歩いていた。付き従う侍女は僅か1人。自室の戻り、動きやすい着物に着替える。

「姫様。本当に今から行かれるのですか?朝になってからでは…」

 侍女が着替えを手伝いながら不安げに訊いた。

「見たでしょう?あの男が兄さまの琵琶を弾いたのを。なのに。悪霊が兄さまの身体を手に入れたのかもしれない」

 てきぱきと着替え終えた姫は、皇族専用の脱出路へ向かった。侍女は慌ててその後を追った。
 
 2人は床の間の掛け軸をめくり、その下にあった小さな扉を潜り抜ける。姫は何度も通った秘密の抜け道を明かりも無しに進んだ。数分で外へと出る。宮城の北東、ケガレ場と呼ばれる瘴気の谷に近い場所だ。

 明日は満月という夜。月明りを頼りに進む主従を、道の先に何者かが待ち受けていた。先に気づいたサララ姫が誰何する。

「誰だ?」

「こんな夜更けにどちらに参られまする?内親王殿下」

 小さな老人が近づいてくる。忍びの頭領だった。失踪した兄を探しに外国まで行っていた守役。サララ姫は気づいた。この老人があの兄の顔をした男を連れ帰ったのだ。
 
「お前だな。兄さまの偽物を引き入れたのは」

「サララ内親王殿下にお聞きいたしまする。モリナガ親王殿下を弑したのは、貴女でしょうか?」

 老人の背後から10人以上の忍び達が走り出る。あっという間に姫と侍女は取り囲まれた。

「皇家に仕える忍び衆が皇族に刃を向けるか!」

「逆賊であれば。さあお答えください。殿下はいずこに?」

「…」

 サララ姫は震える侍女を庇いながら老人を睨んだ。力づくでも答えさせる気だろう。怒りに燃えた老人がサッと手を下ろした。忍び達が囲む輪を縮める。姫は目を瞑った。

「抜け駆けするでない。翁よ」

 次の瞬間、あの男の声がした。兄と声まで似ている。姫は目を開けた。いつの間に現れたのか、老人から姫を守るように立っていた。

「誤解するな。お前を助けに来たわけではない。俺は真実を知りたいだけだ」

 男がぱちりと指を鳴らす。すると忍び衆は一斉に昏倒した。困惑した顔の老人だけが立っている。

「何をされるおつもりで?」

「姫に自白してもらう。1年半前に何があったのかを。モリナガ親王は今どこにいるのかを」

 謁見の時とは比べ物にならないほどの威圧感。蛇に睨まれた蛙のように、サララ姫は硬直した。

「ついてこい」

 姫と老人に命じ、男は空中に浮かび出た真っ暗な穴に入っていった。老人が続く。これ以上隠し通すのは無理のようだ。覚悟を決めた姫は侍女と手を繋ぎ、闇へと足を踏み入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...