84 / 134
番
しおりを挟む
◇
「助けてヨッシー!!」
ミナミの絶叫が脳裏に響いた。影渡りの途中だった皇子は、彼女の魔力波を思い浮かべた。次の瞬間、彼は宿舎にいた。最近会得した瞬間移動だ。
目の前にノアが倒れている。息はある。癒しで折れた骨を治してやった。
ミナミを探して見回すと、半裸の獣人に押し倒された姿が見えた。皇子は怒りに我を忘れた。獣人の後頭部を掴み、壁に投げつける。分厚い壁は粉々に砕けた。
「大丈夫か?」
皇子はミナミに上着を着せ掛けた。気丈な彼女が震えながら頷く。壁の瓦礫の中からうめき声が聞こえた。まだ生きている。彼は獣の耳を掴んで引き摺り出した。
「楽に死ねると思うな」
この恥知らずな犬は殺す。皇子は魔法で覚醒させた獣人にその拳を振るった。
♡
怖かった。そして今、別の意味で怖い。怒りの形相で獣人を殴る皇子が。彼が剣や魔法で敵を倒す姿はよく見てきた。だが拳で殴るのは初めて見た。獣人はもう血まみれのサンドバックだ。ミナミは見ていられずに目を瞑った。
騒ぎを聞きつけた仲間や騎士たちが集まってくる。誰も皇子を止めることができない。そのうち宿舎の警護兵が呼んだのか、獣人族の王太子が駆けつけてきた。
「止められよ!死んでしまう!」
王太子が皇子の腕を掴んで止めさせる。目に理性の光が戻った。
「殺すつもりでやっている。離せ」
「私に免じて!これは私の弟です!」
ミナミは驚いて顔を上げた。ただの警備の兵ではなく王子だったらしい。殺すのは不味い。
「止めて。まだ殺さないで。あたしも復讐する」
皇子の脚にすがりつく。彼は拳を下ろした。そして返り血を浄化で消し、ミナミを抱き上げると、
「その塵を片づけろ。話は明日聞く」
王太子には一瞥もくれずに言い捨て、自室へと向かった。
♡
「また番騒動ですって?お気の毒様でしたわね、ミーナ」
翌朝、朝食後すぐにアラクネ族の王女がやってきた。緘口令が敷かれているというのに、何故か夕べのことを知っている。
あの後、ミナミは皇子の部屋で寝た。多分睡眠魔法をかけられた。起きたらリコリスやヒナ、マリエルがくっついて寝ていて驚いた。よく眠れたので気分は良い。だが皇子はいなかった。どこへ行ったのだろう。
「ツガイ?何それ?」
「獣人族特有の本能ですわ。運命の伴侶が分かるんだそうよ」
あの犬もとい狼王子はミナミを“番”と呼んでいた。廊下でぶつかっただけで運命か。少女漫画か。
「匂いだか魔力波だかで番と分かるんですって。眉唾ですわね」
王女は嘲るように言った。そもそも亜人が人化するのは、己の獣性を隠すためだそうだ。狼王子は重大なマナー違反を犯したことになる。
「番がらみの問題は珍しくなくてよ。慰謝料でも請求してはいかが?」
「そうねえ。どうせ明日には発つんだし、あたしはどっちでもいいんだけどさ」
ボコボコにされて十分お仕置きになったと思う。
「殿が許すわけありませんわ。今頃、王宮でヴォルフ殿下が平謝りしているでしょうね」
なんと。皇子は王宮に行っているらしい。ミナミはアラクネ族の情報網に感心した。
◇
獣人族の王宮の一室で、皇子は頭を下げる王太子ヴォルフと向かい合っていた。亜人会議が始まるまであと数時間。それまでに問題を解決したいという獣人側の意向が伺える。
「お怒り御尤も。ですが、どうか命ばかりはお許しください」
「温い。俺の身内に手を出したこと、万死に値する」
獣人族だけに残る本能の説明は聞いた。だがそれが何だ。皇子の怒りは収まっていなかった。
「返す言葉もありません。では、御側室に弟の処遇をお任せいたします。“復讐する”と言っていたではありませんか?」
確かにミナミはそう言っていた。情け深い彼女が極刑を望むはずはないが。不承不承、皇子は王太子の提案を受け入れた。罪人である第2王子への沙汰は会議終了後となった。
◇
会議に出席するのはマリエルと皇子だけだ。他の者は宿舎にいても良いし、街を見物に行っても良い。王宮から戻った皇子は皆に自由行動を許した。3人娘は市場へ行きたがった。ノアと数人の騎士に護衛を頼む。
「…姉さんを守れなくて、申し訳ありませんでした」
ノアは悔しそうに謝った。
「お前が時間を稼いでくれた。気にするな」
「いいえ。もう絶対、あんな無様な真似はしません」
皇子は少年の頭を撫ぜた。ミナミも近寄ってきてノアに謝った。
「ごめんね。痛かったね。亜人強いわー。もっと修練積まなきゃね」
そして痴漢に襲われた時の新魔法を考えたという。皇子は驚いた。恐ろしい目にあったばかりなのに、もう克服しようとしている。
「見せてみろ」
「いいよ。…秘技“ダンゴムシの術”!」
ミナミは土魔法で自分の周囲を球状に固めた。直径1.5メートルほどの鉄球の中に閉じこもる。
「このまま助けが来るまで頑張ってもいいんだけど…“ヤマアラシの術”!」
鉄球から無数の棘が飛び出した。棘だらけの球が転がり出す。その進路にいたリコリスが悲鳴を上げた。どういう理屈か、魔力を追いかけるらしい。暫くして魔法を解いたミナミは目が回って倒れ伏した。皇子は苦笑した。
「ま…まだ改良の余地があるわ…」
「上等だ。俺が行くまで団子虫で耐えていろ」
ミナミが真剣な目で皇子を見上げる。
「…ごめんね。心配かけて。ありがとう。助けに来てくれて」
倒れたままで礼を言う。
彼の仲間は弱くない。皇子の怒りは、少しだが収まった。
「助けてヨッシー!!」
ミナミの絶叫が脳裏に響いた。影渡りの途中だった皇子は、彼女の魔力波を思い浮かべた。次の瞬間、彼は宿舎にいた。最近会得した瞬間移動だ。
目の前にノアが倒れている。息はある。癒しで折れた骨を治してやった。
ミナミを探して見回すと、半裸の獣人に押し倒された姿が見えた。皇子は怒りに我を忘れた。獣人の後頭部を掴み、壁に投げつける。分厚い壁は粉々に砕けた。
「大丈夫か?」
皇子はミナミに上着を着せ掛けた。気丈な彼女が震えながら頷く。壁の瓦礫の中からうめき声が聞こえた。まだ生きている。彼は獣の耳を掴んで引き摺り出した。
「楽に死ねると思うな」
この恥知らずな犬は殺す。皇子は魔法で覚醒させた獣人にその拳を振るった。
♡
怖かった。そして今、別の意味で怖い。怒りの形相で獣人を殴る皇子が。彼が剣や魔法で敵を倒す姿はよく見てきた。だが拳で殴るのは初めて見た。獣人はもう血まみれのサンドバックだ。ミナミは見ていられずに目を瞑った。
騒ぎを聞きつけた仲間や騎士たちが集まってくる。誰も皇子を止めることができない。そのうち宿舎の警護兵が呼んだのか、獣人族の王太子が駆けつけてきた。
「止められよ!死んでしまう!」
王太子が皇子の腕を掴んで止めさせる。目に理性の光が戻った。
「殺すつもりでやっている。離せ」
「私に免じて!これは私の弟です!」
ミナミは驚いて顔を上げた。ただの警備の兵ではなく王子だったらしい。殺すのは不味い。
「止めて。まだ殺さないで。あたしも復讐する」
皇子の脚にすがりつく。彼は拳を下ろした。そして返り血を浄化で消し、ミナミを抱き上げると、
「その塵を片づけろ。話は明日聞く」
王太子には一瞥もくれずに言い捨て、自室へと向かった。
♡
「また番騒動ですって?お気の毒様でしたわね、ミーナ」
翌朝、朝食後すぐにアラクネ族の王女がやってきた。緘口令が敷かれているというのに、何故か夕べのことを知っている。
あの後、ミナミは皇子の部屋で寝た。多分睡眠魔法をかけられた。起きたらリコリスやヒナ、マリエルがくっついて寝ていて驚いた。よく眠れたので気分は良い。だが皇子はいなかった。どこへ行ったのだろう。
「ツガイ?何それ?」
「獣人族特有の本能ですわ。運命の伴侶が分かるんだそうよ」
あの犬もとい狼王子はミナミを“番”と呼んでいた。廊下でぶつかっただけで運命か。少女漫画か。
「匂いだか魔力波だかで番と分かるんですって。眉唾ですわね」
王女は嘲るように言った。そもそも亜人が人化するのは、己の獣性を隠すためだそうだ。狼王子は重大なマナー違反を犯したことになる。
「番がらみの問題は珍しくなくてよ。慰謝料でも請求してはいかが?」
「そうねえ。どうせ明日には発つんだし、あたしはどっちでもいいんだけどさ」
ボコボコにされて十分お仕置きになったと思う。
「殿が許すわけありませんわ。今頃、王宮でヴォルフ殿下が平謝りしているでしょうね」
なんと。皇子は王宮に行っているらしい。ミナミはアラクネ族の情報網に感心した。
◇
獣人族の王宮の一室で、皇子は頭を下げる王太子ヴォルフと向かい合っていた。亜人会議が始まるまであと数時間。それまでに問題を解決したいという獣人側の意向が伺える。
「お怒り御尤も。ですが、どうか命ばかりはお許しください」
「温い。俺の身内に手を出したこと、万死に値する」
獣人族だけに残る本能の説明は聞いた。だがそれが何だ。皇子の怒りは収まっていなかった。
「返す言葉もありません。では、御側室に弟の処遇をお任せいたします。“復讐する”と言っていたではありませんか?」
確かにミナミはそう言っていた。情け深い彼女が極刑を望むはずはないが。不承不承、皇子は王太子の提案を受け入れた。罪人である第2王子への沙汰は会議終了後となった。
◇
会議に出席するのはマリエルと皇子だけだ。他の者は宿舎にいても良いし、街を見物に行っても良い。王宮から戻った皇子は皆に自由行動を許した。3人娘は市場へ行きたがった。ノアと数人の騎士に護衛を頼む。
「…姉さんを守れなくて、申し訳ありませんでした」
ノアは悔しそうに謝った。
「お前が時間を稼いでくれた。気にするな」
「いいえ。もう絶対、あんな無様な真似はしません」
皇子は少年の頭を撫ぜた。ミナミも近寄ってきてノアに謝った。
「ごめんね。痛かったね。亜人強いわー。もっと修練積まなきゃね」
そして痴漢に襲われた時の新魔法を考えたという。皇子は驚いた。恐ろしい目にあったばかりなのに、もう克服しようとしている。
「見せてみろ」
「いいよ。…秘技“ダンゴムシの術”!」
ミナミは土魔法で自分の周囲を球状に固めた。直径1.5メートルほどの鉄球の中に閉じこもる。
「このまま助けが来るまで頑張ってもいいんだけど…“ヤマアラシの術”!」
鉄球から無数の棘が飛び出した。棘だらけの球が転がり出す。その進路にいたリコリスが悲鳴を上げた。どういう理屈か、魔力を追いかけるらしい。暫くして魔法を解いたミナミは目が回って倒れ伏した。皇子は苦笑した。
「ま…まだ改良の余地があるわ…」
「上等だ。俺が行くまで団子虫で耐えていろ」
ミナミが真剣な目で皇子を見上げる。
「…ごめんね。心配かけて。ありがとう。助けに来てくれて」
倒れたままで礼を言う。
彼の仲間は弱くない。皇子の怒りは、少しだが収まった。
11
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる