82 / 134
エルフの王女
しおりを挟む
◇
深夜。自動翻訳機が完成したので、皇子は影渡りで神殿へと行った。女エルフは待ちかねたように魔道具をひったくった。
「これでようやく人族と話せる。どう?私の言うことが分かる?」
耳飾りを触り、横にいた聖女に話かける。
「ええ。古代語よりも楽ですね。お疲れ様でした。モーリー様」
「聖女殿こそ、ご苦労であったな」
礼を知らぬ亜人にうんざりした皇子は、聖女の労いに微笑んだ。エルフははっとした顔で彼を見た。そして慌てて詫びた。
「す…すまなかったわ。助けてもらった礼も言わず、魔道具も。エルフ族の王女、シルヴィアはモーリー殿に感謝申し上げます。並びに数々の非礼、お許しください」
王女は両手を胸で交差し、膝を曲げて一礼した。独特の礼だ。皇子は彼女を許した。
「良い。人族との交流に慣れていなかったのだろう」
迎えはいつ来るのかと訊くと、分からないという。長寿のエルフの時間軸では、1年以内でも早い方らしい。皇子は呆れた。
「それでは1週間後の亜人会議に間に合わないぞ」
シルヴィアと聖女に、皇子は人魚族との一件をかいつまんで話した。
それを聞いた王女は、ここから会場に直接向かう、国元にもそう知らせておくと言う。
「貴殿の船で連れて行ってほしい。モーリー殿」
王女は頭を下げて頼んで来た。
皇子は迷った。エルフに恩を売る機会だが、果たして思惑通り動いてくれるか。
「…良いだろう。人魚族と人族の両方に不利な発言をしないと約束するなら、連れて行く」
「分かった。約束するわ」
その前に、王女がノースフィルド王に挨拶をしたいと言うので、皇子は内々の謁見を申し入れておいた。
◇
翌日、皇子は密かに影渡りで王城へエルフを連れて行った。シルヴィアの存在は神殿と王城の一部の者しか知らない。謁見は王家の私的な一室で行われた。
「エルフ族の王女、シルヴィアがノースフィルド王にご挨拶申し上げます」
王女はあの独特な礼をした。自動翻訳機も問題なく機能している。王と王妃、並びに王太子は笑顔で亜人の姫を迎え入れた。
「御丁寧な挨拶、痛み入る。どうか楽に」
一同は和やかに茶会を始めた。皇子は王太子に乞われて人魚族の話をした。
「へえ。海底の宮殿?見てみたいな」
「今度連れて行ってやる。鮫に乗るのが面白いぞ」
エルフの王女も故郷の話をする。世界樹の森の奥深く、エルフの都があるらしい。そこは魔法に満ちていて、貧しい者、老いや病に苦しむ者は1人もいない。王女の父親である王はすでに300年の治世だとか。
「長寿とは聞いていたが。では王女は何歳だ?」
皇子はふと疑問を口にした。王妃が窘めた。
「モーリー。女性の年を訊くものではないわ」
「120歳よ」
王女は気にせずに答える。あの人魚族の女王も見た目通りの年齢ではなさそうだ。
皇子は土産があったのを思い出した。影から人魚族の宝を出す。
「真珠と、人魚の涙とかいう宝石だそうだ。王妃殿下とユリア姫に」
「まあ!なんて素晴らしい!」
王妃は喜んで受け取った。姫と揃いの宝飾品を作ると言う。
「ユリア姫?」
シルヴィアが訊く。この場にいない王女であると王が説明した。エルフの王女は皇子をひたと見据えた。
「モーリー殿の許婚なの?」
突然何を言うかと思えば、エルフは許婚か家族にしか宝石を贈らないらしい。
「違う。俺は平民だ」
「ヘイミン?」
エルフの言語に無い概念は翻訳されないようだ。身分の説明が面倒なので、年齢が離れていると言っておく。
「人族はたった17、8歳違いで結婚できないの?」
「エルフと一緒にするな」
その後、暇乞いをして王城を出る。そのまま皇子はシルヴィアを連れて影渡りで船に戻った。
◆
美貌の魔法士とエルフを見送って、茶会は終わった。
「…凄まじい光景でしたね」
息子が息を吐いた。王も体の力を抜く。なんだあの亜人は。金の髪も碧い瞳も自分たちと同じなのに、全く別物に見えた。圧倒的な美。あれがエルフ族か。ただ1人、黒髪の美丈夫だけが同じ領域に達していた。
「エルフの王女はモーリーを気にしていたな」
王の呟きを王妃は聞き咎めた。
「ユリアの降嫁を諦めましたの?」
「そうではないが…。あやつはもう人ではない気がする」
初めて見た時は、ただならぬ美貌ではあったがまだ人間らしかった。今は息をするように魔法を使う。見た目以上に、その力が異常だ。奴の周囲に侍る女たちも。
「神で何の不都合がありましょう。私は諦めませんよ」
王妃は腑抜けた夫と息子を置いて出て行った。
「人魚の涙…1粒で5000万ゴルドは下らないと言われてます」
「それを1箱分か。国家予算並みだな」
多分、奴はその価値を分かっていない。1年前の秋、たった2万ゴルドの日給で弓を教えていた男が、これほどまでに影響力を持つようになるとは。王は見えぬ未来に畏れを抱いた。
♡
皇子がまた亜人の女を連れ込んだ。今度は金髪碧眼のエルフだ。いい加減にしてほしい。ミナミの心配の種は増える一方だ。
「エルフの王女、シルヴィア姫だ。亜人会議に送り届ける。宜しく頼む」
驚くほど美人だ。紹介された船長は一目で石になった。男は大体同じ反応だ。目が離せないらしい。
「その魔力…もしやマリエル姫?」
人魚の幼女とエルフは顔見知りだった。幼女は気まずそうにリコリスの後ろに隠れた。
「マリエル姫は病で一時的に若返っている。中身は元のままだ」
皇子が雑な言い訳を述べた。シルヴィアは素直に信じる。女の勘が警告を発する。
超絶美人で素直。多分皇子に惹かれてる。危険度マックスだ。
ミナミの焦りを余所に、船は亜人会議が開かれる島に向かって舵を切った。
深夜。自動翻訳機が完成したので、皇子は影渡りで神殿へと行った。女エルフは待ちかねたように魔道具をひったくった。
「これでようやく人族と話せる。どう?私の言うことが分かる?」
耳飾りを触り、横にいた聖女に話かける。
「ええ。古代語よりも楽ですね。お疲れ様でした。モーリー様」
「聖女殿こそ、ご苦労であったな」
礼を知らぬ亜人にうんざりした皇子は、聖女の労いに微笑んだ。エルフははっとした顔で彼を見た。そして慌てて詫びた。
「す…すまなかったわ。助けてもらった礼も言わず、魔道具も。エルフ族の王女、シルヴィアはモーリー殿に感謝申し上げます。並びに数々の非礼、お許しください」
王女は両手を胸で交差し、膝を曲げて一礼した。独特の礼だ。皇子は彼女を許した。
「良い。人族との交流に慣れていなかったのだろう」
迎えはいつ来るのかと訊くと、分からないという。長寿のエルフの時間軸では、1年以内でも早い方らしい。皇子は呆れた。
「それでは1週間後の亜人会議に間に合わないぞ」
シルヴィアと聖女に、皇子は人魚族との一件をかいつまんで話した。
それを聞いた王女は、ここから会場に直接向かう、国元にもそう知らせておくと言う。
「貴殿の船で連れて行ってほしい。モーリー殿」
王女は頭を下げて頼んで来た。
皇子は迷った。エルフに恩を売る機会だが、果たして思惑通り動いてくれるか。
「…良いだろう。人魚族と人族の両方に不利な発言をしないと約束するなら、連れて行く」
「分かった。約束するわ」
その前に、王女がノースフィルド王に挨拶をしたいと言うので、皇子は内々の謁見を申し入れておいた。
◇
翌日、皇子は密かに影渡りで王城へエルフを連れて行った。シルヴィアの存在は神殿と王城の一部の者しか知らない。謁見は王家の私的な一室で行われた。
「エルフ族の王女、シルヴィアがノースフィルド王にご挨拶申し上げます」
王女はあの独特な礼をした。自動翻訳機も問題なく機能している。王と王妃、並びに王太子は笑顔で亜人の姫を迎え入れた。
「御丁寧な挨拶、痛み入る。どうか楽に」
一同は和やかに茶会を始めた。皇子は王太子に乞われて人魚族の話をした。
「へえ。海底の宮殿?見てみたいな」
「今度連れて行ってやる。鮫に乗るのが面白いぞ」
エルフの王女も故郷の話をする。世界樹の森の奥深く、エルフの都があるらしい。そこは魔法に満ちていて、貧しい者、老いや病に苦しむ者は1人もいない。王女の父親である王はすでに300年の治世だとか。
「長寿とは聞いていたが。では王女は何歳だ?」
皇子はふと疑問を口にした。王妃が窘めた。
「モーリー。女性の年を訊くものではないわ」
「120歳よ」
王女は気にせずに答える。あの人魚族の女王も見た目通りの年齢ではなさそうだ。
皇子は土産があったのを思い出した。影から人魚族の宝を出す。
「真珠と、人魚の涙とかいう宝石だそうだ。王妃殿下とユリア姫に」
「まあ!なんて素晴らしい!」
王妃は喜んで受け取った。姫と揃いの宝飾品を作ると言う。
「ユリア姫?」
シルヴィアが訊く。この場にいない王女であると王が説明した。エルフの王女は皇子をひたと見据えた。
「モーリー殿の許婚なの?」
突然何を言うかと思えば、エルフは許婚か家族にしか宝石を贈らないらしい。
「違う。俺は平民だ」
「ヘイミン?」
エルフの言語に無い概念は翻訳されないようだ。身分の説明が面倒なので、年齢が離れていると言っておく。
「人族はたった17、8歳違いで結婚できないの?」
「エルフと一緒にするな」
その後、暇乞いをして王城を出る。そのまま皇子はシルヴィアを連れて影渡りで船に戻った。
◆
美貌の魔法士とエルフを見送って、茶会は終わった。
「…凄まじい光景でしたね」
息子が息を吐いた。王も体の力を抜く。なんだあの亜人は。金の髪も碧い瞳も自分たちと同じなのに、全く別物に見えた。圧倒的な美。あれがエルフ族か。ただ1人、黒髪の美丈夫だけが同じ領域に達していた。
「エルフの王女はモーリーを気にしていたな」
王の呟きを王妃は聞き咎めた。
「ユリアの降嫁を諦めましたの?」
「そうではないが…。あやつはもう人ではない気がする」
初めて見た時は、ただならぬ美貌ではあったがまだ人間らしかった。今は息をするように魔法を使う。見た目以上に、その力が異常だ。奴の周囲に侍る女たちも。
「神で何の不都合がありましょう。私は諦めませんよ」
王妃は腑抜けた夫と息子を置いて出て行った。
「人魚の涙…1粒で5000万ゴルドは下らないと言われてます」
「それを1箱分か。国家予算並みだな」
多分、奴はその価値を分かっていない。1年前の秋、たった2万ゴルドの日給で弓を教えていた男が、これほどまでに影響力を持つようになるとは。王は見えぬ未来に畏れを抱いた。
♡
皇子がまた亜人の女を連れ込んだ。今度は金髪碧眼のエルフだ。いい加減にしてほしい。ミナミの心配の種は増える一方だ。
「エルフの王女、シルヴィア姫だ。亜人会議に送り届ける。宜しく頼む」
驚くほど美人だ。紹介された船長は一目で石になった。男は大体同じ反応だ。目が離せないらしい。
「その魔力…もしやマリエル姫?」
人魚の幼女とエルフは顔見知りだった。幼女は気まずそうにリコリスの後ろに隠れた。
「マリエル姫は病で一時的に若返っている。中身は元のままだ」
皇子が雑な言い訳を述べた。シルヴィアは素直に信じる。女の勘が警告を発する。
超絶美人で素直。多分皇子に惹かれてる。危険度マックスだ。
ミナミの焦りを余所に、船は亜人会議が開かれる島に向かって舵を切った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転移したら、私だけレベルなしで村娘だった件
麻生空
ファンタジー
アラフィフ喪女で行き遅れの私は列車事故に巻き込まれ、気付いたら異世界へ。
神様から貰った異世界での新たな生。
一緒に異世界転移した仲間とサバイバルしながら生き抜いて行くお話。
新たな人生で脱喪女出来るか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる