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皇子vsクラーケン

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       ◇


 翌朝、皇子が船に戻るとミナミとリコリスがヒナの部屋で寝ていた。しかも同じベッドで。リコリスは皇子の姿のままだ。激怒して雷魔法で叩き起こす。3人に若い娘のたしなみを滾々こんこんと言い聞かせた。

 あのエルフの王女は神殿に置いてきた。皇子についていくと言ってきかなかったが、聖女が古代語で何とか話せることが分かったので押し付けた。とはいえ亜人の王族だ。一応、王に知らせておく。

 皇子はイザベラに頼み、王に“伝話”をかけた。エルフの王女を神殿で保護していると伝える。

「王女が魔法で国元へ無事を伝えたそうだ。そのうち迎えが来る。準備はしておいてくれ」

『言葉が通じないのに、どうしろと言うのだ?』

 その点は考えてある。

「老師と自動翻訳機を作る。少し待ってくれ」

『エルフと戦いになることはないな?凄まじい魔法を使うと言うぞ』

「王女はそれほどではなかった。魔法騎士で十分戦える」

 王は納得していない様子だった。落ち着いたら王城へ招待して、人間への不信を払拭すれば良いと言って伝話を切った。


        ◇


 甲板へ出ると、魔法騎士たちが鍛錬をしていた。皇子は久しぶりに稽古をつけて欲しいと言われた。船長がいたので剣を振れる場所があるかと訊く。

「今日は難所が続くんで。甲板はちょっと。すいやせん」

 船長は申し訳なさそうに謝った。確かに船員たちが忙しそうに立ち働いている。皇子は海の上で稽古をすることにした。何も空を飛ぶわけではない。水の上を走るだけだ。魔法騎士たちを船から叩き落す。

「全員水属性持ちのはずだ。足元の水を固めて走れ」

 不規則に飛ぶ水弾も忘れない。

「ちょっ…教官殿!待っ…」「痛っ!うわああああ!」「そんな無茶なぁ!!」

 悲鳴をあげながらもちゃんと剣は受けるし、海にも落ちない。水弾も避けている。さすがに選抜された10名だ。

「みんな頑張れ~!ヨッシーにもハンデをあげよう」

 船室から見物していたミナミが皇子に魔法を放ってきた。海中から“氷槍アイスランス”が突き上げてくる。皇子はミナミの攻撃を避けながら、弟子たちへ稽古をつけた。


       ◇


「ぎゃーっ!!」
 
 甲板にいた船員の1人が巨大な触手に捕まっていた。稽古に夢中になっていて海の底から浮かび上がってくる気配に気づくのが遅れる。叫び声に振り向いた時には、触手は海中に消えていた。

「全員船に戻れ!防壁展開!」

 皇子の命に騎士たちは甲板に跳んだ。すぐに船を覆う防壁を張る。皇子は海に潜った。昼間の海中の視界は良い。船の真下にいる何かが見えた。

(何だあれは。魔獣か?)

 見た目は巨大な蛸だ。だが体表は不気味に色が変わる。周囲に合わせて擬態をしているようだった。皇子は呪いを含んだ魔力を感じた。捕まった船員の身体が黒い靄に包まれてる。それは夕べのエルフにかかっていた呪いに似ていた。

 とりあえず船員を掴んだ触手を斬り落とす。憑いた呪いを“再生”で消し、急いで海上に連れ帰った。

「ヨッシー!」「宮様っ!」

「彼を頼む。防壁から出るなよ」

 甲板のミナミたちに船員を託し、再び海中に潜る。巨大蛸は水中とは思えない速さで触手を伸ばしてきた。エルフは火も雷も効かなかったと言っていた。光魔法も効かない。皇子は新魔法を試すことにした。

 触手の周囲に無数の闇の空間が出現した。それぞれの闇が一斉に触手を吸い込んだ。闇に触れたものは粒子となって消える。皇子が作った新魔法“闇送り”だ。ピアーデの老闇魔法士が使った、闇から魔法を打ち出す技の逆だ。

 蛸は手足を失い、声なき絶叫を上げた。本体らしき部位がもがく。更に“再生”をかけると、残っていた呪いも消えた。完全に死んだようだ。皇子は本体を氷で包み、船上に上げた。

「魔獣なんだよね?浄化かけたら魔石獲れるかな」

 ミナミが魔石を欲しがる。中を調べようかと思ったが、船長が甲板が汚れるのを嫌がった。

「クラーケンを腑分けですって?!とんでもない。船が穢れちまう」

「ならば仕方ないな。消そう」

 浄化をかけると、今まで蛸が食べたと思しき物と魔石だけが残った。

「宮様!人です!」

 リコリスが船体の一部や様々な残骸の中から人間の上半身が出ているのを見つける。緑の髪の女のようだ。服は消化されたのか身に着けていない。生きながら喰われたのか。哀れに思った皇子は自分の上着をかけてやった。そして瓦礫から引っ張り出してやる。彼は驚いた。鱗の生えた魚のような下半身。人ではなかった。

「人魚?!」「人魚だ!」

 遠巻きに見ていた船員たちが叫ぶ。その声には恐怖が滲んでいた。その理由が分からず、皇子は船長を見た。船長も青い顔をして後じさる。

「旦那。そりゃ人魚だ。早いとこ捨てた方が良い」

「なぜだ?」

「死体でも持ち帰っちゃいけねぇ。そうしないと仲間が復讐に来ますぜ」

 その時、皇子の腕の中で人魚がぴくりと動いた。生きている。緑のまつ毛が震え、目が開いた。

「大丈夫か?」

 声をかけると、水色の瞳と皇子の目が合った。魔物に喰われてよく生きていたものだ。

『ええ。あなたは誰?私、助かったの?』

 しっかりとした声で人魚は答えた。

「そのようだな。海に帰してやろう。家はどこだ?」

『いいえ。帰らない。あなたと一緒にいたい』

 人魚は白い二の腕を皇子の首に回し、しがみついた。

「何言ってんだよ!この色ボケ人魚!さっさと海に帰れ!」

 ミナミが人魚を引き剥がした。人魚は甲板に両手をついて抗議した。

『ひどいわ…。運命の相手なのに』

「何が運命だ!海水で顔洗って来い!」

 皇子は周囲が静まり返っているのに気づいた。リコリスとヒナが顔を強張らせている。

「宮様…。その人魚の言葉が分かるんですか?」

「ミーナお姉さまも」

 しまった。昨夜のエルフと同じだ。異世界人だけが持つ自動翻訳能力だ。皇子はどう言い繕おうかと考えた。
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