55 / 134
姫とネズミ
しおりを挟む
♥
夕方に馬車を降ろされ、姫はまた監禁された。誘拐されて7日くらいだろうか。今日も助けは来ない。
攫われたあの日、後宮の庭で見た黒髪の男は想い人とは別人だった。似ていたのは髪色と背の高さだけで、顔立ちは全く違っていた。
男は粗末ながらも食事や水は与えてくれる。だが朝な夕なに現れては、決して助けは来ない、お前は見捨てられたのだと言い、姫の心を抉った。
姫の食事や身の回りの世話をする女も、「はい」か「いいえ」か「わかりかねます」の言葉以外を発しない。話す相手がいないことが、こんなに寂しいものだとは知らなかった。知らず、目に映る物に話しかける癖がついてしまった。
「…あら、ねずみさん!いらっしゃいな!」
たまたま部屋の隅にいたネズミに声をかける。王城なら悲鳴を上げて騒いだろうが、汚い部屋に慣れてしまった。
珍しくネズミは姫に近づいて来た。小さなランプが一つきりの薄暗がりの中、姫は孤独な会話を続けた。
「パンくずがあるわよ。食べる?今夜の夕食も固いパンと水だけだったの。私、今までうんと美味しいご飯を食べてたのね。よく残して叱られてたわ…」
ネズミはパンくずには目もくれず、姫の周りをグルグルと走り回った。その奇妙な行動に姫ははっとした。
「あなた、もしかして私の言葉が分かるの?」
小さな頭が上下する。姫は興奮を押し殺した。助けが来たのだ。
♡
ノースフィルド王国東端の国境付近にその館はあった。周囲に人家は無く、深い森に囲まれていた。翁によると、そこに姫を乗せた馬車が夕刻に到着している。
夜半。ミナミは館の真下にいた。モグラの術で土中を掘り進め、リコリスの合図を待っている。彼女はスキル“身代わり”でネズミに変身し、姫との接触を試みていた。
「副長!合図来ました!」
聴力の強化に優れた騎士が、トンネルの壁から耳を離して言った。ネズミ(リコリス)の暗号を聞き取ったのだ。
「姫の位置を確認!ヴィレッジ副長の防護結界展開も確認できました!」
観測係が報告する。ミナミは皇子への作戦開始の合図を送るよう指示した。直ちに発光弾が上がる。
すると間を置かずに、轟音と振動がトンネルを揺らした。皇子が館を吹っ飛ばしたのだ。
「さあ、行くよ!」
ミナミは救出部隊を地上に送り込んだ。
◇
「副長からの合図来ました!」
皇子と魔法騎士団は夜空に打ちあがった光を見た。ミナミからの合図だ。皇子は特大の火球を館に放った。3階建ての館は半分ほどになる。崩れ落ち、燃える館から敵兵が飛び出してきた。魔法士もいる。水魔法で火を消そうと躍起になっていた。
「行くぞ」
攻撃部隊を率いて皇子は館を急襲した。混乱に陥った敵を蹴散らしつつ進む。
「姫はあそこです!」
救出部隊の魔法騎士が瓦礫を指さすと、防護壁の中に姫の姿があった。彼らは急いで瓦礫を取り除く。姫は爆破の衝撃で気を失っているようだった。皇子は倒れ伏す姫に近づいた。
「!?」
次の瞬間、闇魔法が空から降ってきた。黒く禍々しい雨が皇子の周りにだけ降り注ぐ。彼はとっさに光魔法の多重結界を張り、それを防いだ。
「へえ。あれを弾くのか。やるなあ」
目の前に黒ずくめの闇魔法士がいた。黒髪、赤目の男だ。王女を脇に抱えている。
この男が誘拐犯の首魁か。尋常でない魔力量だ。
「王女を返してもらおう」
皇子は怒りを露わにした。闇魔法士は馬鹿にしたように笑った。
「攻撃できるのか?お姫様に当たっちまうぞ」
「卑怯者め。子供を盾にするとは。1対1が怖いのか」
挑発するが、男は乗らない。
「卑怯で結構さ。お姫様は貰って行く。せいぜい追って来いよ」
真っ黒な穴が空間に出現する。男はそこに逃げ込もうとした。
「リコリス!」
皇子が大声で叫ぶ。すると王女が男を短剣で刺した。
♥
ネズミは不思議なリズムで床を蹴った。何度か繰り返した後、姫の方を向く。にいっと笑ったような気がした。するとネズミは少女に変身した。姫は驚いて口を押えた。
「ヴィレッジ子爵令嬢?」
見覚えがある。姫の想い人に仕える女騎士だ。彼女は跪くと小さな声で答えた。
「はい。助けに参りました、姫様」
姫の頬に涙が伝う。令嬢騎士は優しく王女を抱きしめた。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫です。み…モーリー様が助けに来ていますよ」
「本当?」
信じられない思いでへたり込む。姫を攫った男は言っていた。王女誘拐の容疑で彼は牢に入れられたと。だから決して助けには来ないと。
「本当ですとも。ではお逃げください」
令嬢騎士はあっという間に王女に変身した。来ているドレスから何から瓜二つだった。
「姫様の身代わりに残ります」
「でもどうやって…」
「私がお運びしますわ」
訊きかけた時、床の影から声がした。すうっと1人の女性が現れる。ノバリザイア侯爵令嬢だった。
イザベラは王太子妃候補の高位貴族だ。そんな令嬢が助けに来た。子爵令嬢は身代わりになってくれる。外では想い人が救出作戦の指揮を取っているという。誘拐犯の言うことは嘘ばかりだった。王女はようやく微笑んだ。
「ありがとう。頼みます」
侯爵令嬢にしっかりと抱きつき、ゆっくりと影に入ると、そこは真の闇だった。怖くてぎゅっと目をつぶる。だがイザベラの魔力でできた闇は暖かかった。張り詰めた気持ちが緩み、王女はいつの間にか眠ってしまった。
夕方に馬車を降ろされ、姫はまた監禁された。誘拐されて7日くらいだろうか。今日も助けは来ない。
攫われたあの日、後宮の庭で見た黒髪の男は想い人とは別人だった。似ていたのは髪色と背の高さだけで、顔立ちは全く違っていた。
男は粗末ながらも食事や水は与えてくれる。だが朝な夕なに現れては、決して助けは来ない、お前は見捨てられたのだと言い、姫の心を抉った。
姫の食事や身の回りの世話をする女も、「はい」か「いいえ」か「わかりかねます」の言葉以外を発しない。話す相手がいないことが、こんなに寂しいものだとは知らなかった。知らず、目に映る物に話しかける癖がついてしまった。
「…あら、ねずみさん!いらっしゃいな!」
たまたま部屋の隅にいたネズミに声をかける。王城なら悲鳴を上げて騒いだろうが、汚い部屋に慣れてしまった。
珍しくネズミは姫に近づいて来た。小さなランプが一つきりの薄暗がりの中、姫は孤独な会話を続けた。
「パンくずがあるわよ。食べる?今夜の夕食も固いパンと水だけだったの。私、今までうんと美味しいご飯を食べてたのね。よく残して叱られてたわ…」
ネズミはパンくずには目もくれず、姫の周りをグルグルと走り回った。その奇妙な行動に姫ははっとした。
「あなた、もしかして私の言葉が分かるの?」
小さな頭が上下する。姫は興奮を押し殺した。助けが来たのだ。
♡
ノースフィルド王国東端の国境付近にその館はあった。周囲に人家は無く、深い森に囲まれていた。翁によると、そこに姫を乗せた馬車が夕刻に到着している。
夜半。ミナミは館の真下にいた。モグラの術で土中を掘り進め、リコリスの合図を待っている。彼女はスキル“身代わり”でネズミに変身し、姫との接触を試みていた。
「副長!合図来ました!」
聴力の強化に優れた騎士が、トンネルの壁から耳を離して言った。ネズミ(リコリス)の暗号を聞き取ったのだ。
「姫の位置を確認!ヴィレッジ副長の防護結界展開も確認できました!」
観測係が報告する。ミナミは皇子への作戦開始の合図を送るよう指示した。直ちに発光弾が上がる。
すると間を置かずに、轟音と振動がトンネルを揺らした。皇子が館を吹っ飛ばしたのだ。
「さあ、行くよ!」
ミナミは救出部隊を地上に送り込んだ。
◇
「副長からの合図来ました!」
皇子と魔法騎士団は夜空に打ちあがった光を見た。ミナミからの合図だ。皇子は特大の火球を館に放った。3階建ての館は半分ほどになる。崩れ落ち、燃える館から敵兵が飛び出してきた。魔法士もいる。水魔法で火を消そうと躍起になっていた。
「行くぞ」
攻撃部隊を率いて皇子は館を急襲した。混乱に陥った敵を蹴散らしつつ進む。
「姫はあそこです!」
救出部隊の魔法騎士が瓦礫を指さすと、防護壁の中に姫の姿があった。彼らは急いで瓦礫を取り除く。姫は爆破の衝撃で気を失っているようだった。皇子は倒れ伏す姫に近づいた。
「!?」
次の瞬間、闇魔法が空から降ってきた。黒く禍々しい雨が皇子の周りにだけ降り注ぐ。彼はとっさに光魔法の多重結界を張り、それを防いだ。
「へえ。あれを弾くのか。やるなあ」
目の前に黒ずくめの闇魔法士がいた。黒髪、赤目の男だ。王女を脇に抱えている。
この男が誘拐犯の首魁か。尋常でない魔力量だ。
「王女を返してもらおう」
皇子は怒りを露わにした。闇魔法士は馬鹿にしたように笑った。
「攻撃できるのか?お姫様に当たっちまうぞ」
「卑怯者め。子供を盾にするとは。1対1が怖いのか」
挑発するが、男は乗らない。
「卑怯で結構さ。お姫様は貰って行く。せいぜい追って来いよ」
真っ黒な穴が空間に出現する。男はそこに逃げ込もうとした。
「リコリス!」
皇子が大声で叫ぶ。すると王女が男を短剣で刺した。
♥
ネズミは不思議なリズムで床を蹴った。何度か繰り返した後、姫の方を向く。にいっと笑ったような気がした。するとネズミは少女に変身した。姫は驚いて口を押えた。
「ヴィレッジ子爵令嬢?」
見覚えがある。姫の想い人に仕える女騎士だ。彼女は跪くと小さな声で答えた。
「はい。助けに参りました、姫様」
姫の頬に涙が伝う。令嬢騎士は優しく王女を抱きしめた。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫です。み…モーリー様が助けに来ていますよ」
「本当?」
信じられない思いでへたり込む。姫を攫った男は言っていた。王女誘拐の容疑で彼は牢に入れられたと。だから決して助けには来ないと。
「本当ですとも。ではお逃げください」
令嬢騎士はあっという間に王女に変身した。来ているドレスから何から瓜二つだった。
「姫様の身代わりに残ります」
「でもどうやって…」
「私がお運びしますわ」
訊きかけた時、床の影から声がした。すうっと1人の女性が現れる。ノバリザイア侯爵令嬢だった。
イザベラは王太子妃候補の高位貴族だ。そんな令嬢が助けに来た。子爵令嬢は身代わりになってくれる。外では想い人が救出作戦の指揮を取っているという。誘拐犯の言うことは嘘ばかりだった。王女はようやく微笑んだ。
「ありがとう。頼みます」
侯爵令嬢にしっかりと抱きつき、ゆっくりと影に入ると、そこは真の闇だった。怖くてぎゅっと目をつぶる。だがイザベラの魔力でできた闇は暖かかった。張り詰めた気持ちが緩み、王女はいつの間にか眠ってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】
リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。
これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。
※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。
※同性愛表現があります。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる