上 下
52 / 134

それぞれの戦い

しおりを挟む
       ♡


 皇子が捕らえられてすぐに、ミナミたちは釈放を求める運動を始めた。まずは推しの会の令嬢たちに激を飛ばす。

「モーリー様を救おう!」

 彼女たちは嘆願書の署名を父や兄弟(爵位持ち)に協力を求めた。全貴族の5分の1以上が賛同すれば、臨時動議として御前会議にかけられるのだ。

 もちろん派閥によっては難しい。だが令嬢たちは実力行使も辞さなかった。家出である。

「え?ホントに来ちゃったの?」

 ノバリザイア侯爵家での令嬢の受け入れを発表すると、50名以上がやってきた。侍女を連れてきた者も多いので、150名以上の居候いそうろうだ。ミナミは驚いて侯爵令嬢に詫びた。

「ごめんね~。2、3人かなと見込んでたんだけど」

「大丈夫ですわ。200名のお客様だってお持て成しできます」

 太っ腹なパトロンを得たミナミは、次なる外圧を求めて神殿に向かった。


       ♡


「何ですと!聖人モーリー様が牢に入れられた?」

「ええ!事実無根、全くのでっち上げです!」

 ミナミは王都管轄の大神官に涙で訴えた。そこでの皇子の地位は神に等しい。あっという間に全管轄区に情報が回され、大神官連名の抗議文書を出すことになった。

「モーリー様が釈放され、その名誉を回復されるまで、全貴族家の洗礼と魔力検査を凍結する」

 思っていたより厳しい内容だった。使者に聖女が立候補する。

「私が。陛下にお会いしてきます」

 滅多に外に出ない聖女が王城におもむく。ルクスソリア教は、初めて俗世にその力を誇示したのだった。


       ♥

 
 リコリスの担当は騎士だ。皇子の生徒である魔法騎士団員に署名を頼むと、皆快く応じてくれた。

「ありがとうございます!助かります!」

 1000名以上の署名を手にして、リコリスは大喜びした。

「騎士爵は10名で1票だから…。もっと教官殿の助けになれたら良いんだが」

 主将騎士の男は申し訳なさそうに言った。平民でもなれる騎士爵は一代限りの末端貴族だ。故に10名で貴族1人分の扱いとなる。それでも100人分の署名だ。リコリスは頭を下げた。

「できれば他の騎士たちにも…」

 そう言いかけた時、頭をぽかりと叩かれた。いつの間に現れたのか、黒髪黒目の侍女がすぐ横にいた。

「何をやっている。騎士たちに妙なことをさせるな」

 侍女は美しい顔をしかめた。声は女だが口調が皇子そのものだ。

「み…宮様?!ど、ど、どうして…」

「土人形だ。王城内なら動かせる。それは何だ。連判状ではあるまいな?」

 動揺するリコリスに侍女(皇子)が詰問きつもんする。謀反をそそのかしていると誤解されたようだ。

「ち、違います!これは宮様の釈放を求める署名活動です!」

 侍女は目を見開いた。横で固まっていた主将騎士も、ようやく口を開く。

「教官殿、ヴィレッジ卿の言うことは本当です」

「…そうか。ありがとう。皆にも礼を伝えてくれ」

「はっ!」

 侍女の手が主将騎士の頭をぽんと優しく叩いた。浅黒い肌に朱が差す。彼は黒髪美女の顔を凝視した後、はっと正気を取り戻した。そして慌てて走り去っていった。

「宮様…罪なことを」

 リコリスはため息をついた。土人形ですらこの色気だ。

「それより、俺の代わりにあの店に行ってくれ」

 皇子は彼女にヤマタイ皇国の拠点への使いを頼んだ。あの忍びの集団の力を借りたいと。


       ◆


「魔力を検知する魔道具を作る。可及的すみやかに、な」

 王女の失踪が内々に知らされたのが今朝。弟子の逮捕から丸1日経っていた。老師は有志の上級魔法士を集め、対策本部を立ち上げた。主なメンバーは魔法学園の教師と宮廷魔法士団員だ。

「モーリー様の件は?なぜ王城に抗議しないんです?」

 ロッソピーノ師が発言する。好いた男の身を案じてか、やや棘がある。

「もちろん魔法士協会として、公正な捜査を申し入れておる。あと、後ほど署名を回すので、爵位持ちは頼む」

 署名活動は二人の女弟子たちに任せている。ヴィレッジ子爵にも手紙を出したので、おっつけ返事が来るだろう。

 あの優秀過ぎる弟子が、ただ牢に繋がれているわけがない。自らの潔白を証明するため暗躍中だろう。老師は姫の捜索に必要な魔道具の開発に集中することにした。

「姫は闇魔法“影渡り”により連れ去られた、というのが宮中警護側の言い分じゃ。“影渡り”ができる魔法士は数えるほどしかいない。膨大な魔力を必要とするからの。それでモーリーが疑われておる。奴の魔力はおそらく世界一だからな」

 一同は戦慄した。彼を処刑しようとすれば、この王都が灰燼かいじんに帰すということだ。

「…すでに雛形はできておる。モーリーが手掛け始めたものじゃ」

 懐から球体の装置を取り出す。ミナミのいた世界では“監視カメラ”というものが犯罪を記録し、裁判で証拠として扱われるらしい。それに着想を得た天才弟子が、魔法士一人一人が持つ固有の魔力波を検知する装置を考えた。
 魔力が見える異世界人ならではの発想だ。

「魔法を使えば魔力が残留する。その魔力を検知し、使われた魔法と使った魔法士を特定する」

「そんなことが可能なのか…」「いや、モーリー師の考えならあるいは…」「実に興味深い」

 老師の宣言に場がざわめく。

「承知いたしました。このロッソピーノ、全力でその装置の開発に協力いたします!」

 学園に大きな派閥を持つ彼女が賛成したことで、装置の開発が決定されたのだった。
しおりを挟む

処理中です...