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それぞれの戦い
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♡
皇子が捕らえられてすぐに、ミナミたちは釈放を求める運動を始めた。まずは推しの会の令嬢たちに激を飛ばす。
「モーリー様を救おう!」
彼女たちは嘆願書の署名を父や兄弟(爵位持ち)に協力を求めた。全貴族の5分の1以上が賛同すれば、臨時動議として御前会議にかけられるのだ。
もちろん派閥によっては難しい。だが令嬢たちは実力行使も辞さなかった。家出である。
「え?ホントに来ちゃったの?」
ノバリザイア侯爵家での令嬢の受け入れを発表すると、50名以上がやってきた。侍女を連れてきた者も多いので、150名以上の居候だ。ミナミは驚いて侯爵令嬢に詫びた。
「ごめんね~。2、3人かなと見込んでたんだけど」
「大丈夫ですわ。200名のお客様だってお持て成しできます」
太っ腹なパトロンを得たミナミは、次なる外圧を求めて神殿に向かった。
♡
「何ですと!聖人モーリー様が牢に入れられた?」
「ええ!事実無根、全くのでっち上げです!」
ミナミは王都管轄の大神官に涙で訴えた。そこでの皇子の地位は神に等しい。あっという間に全管轄区に情報が回され、大神官連名の抗議文書を出すことになった。
「モーリー様が釈放され、その名誉を回復されるまで、全貴族家の洗礼と魔力検査を凍結する」
思っていたより厳しい内容だった。使者に聖女が立候補する。
「私が。陛下にお会いしてきます」
滅多に外に出ない聖女が王城に赴く。ルクスソリア教は、初めて俗世にその力を誇示したのだった。
♥
リコリスの担当は騎士だ。皇子の生徒である魔法騎士団員に署名を頼むと、皆快く応じてくれた。
「ありがとうございます!助かります!」
1000名以上の署名を手にして、リコリスは大喜びした。
「騎士爵は10名で1票だから…。もっと教官殿の助けになれたら良いんだが」
主将騎士の男は申し訳なさそうに言った。平民でもなれる騎士爵は一代限りの末端貴族だ。故に10名で貴族1人分の扱いとなる。それでも100人分の署名だ。リコリスは頭を下げた。
「できれば他の騎士たちにも…」
そう言いかけた時、頭をぽかりと叩かれた。いつの間に現れたのか、黒髪黒目の侍女がすぐ横にいた。
「何をやっている。騎士たちに妙なことをさせるな」
侍女は美しい顔をしかめた。声は女だが口調が皇子そのものだ。
「み…宮様?!ど、ど、どうして…」
「土人形だ。王城内なら動かせる。それは何だ。連判状ではあるまいな?」
動揺するリコリスに侍女(皇子)が詰問する。謀反を唆していると誤解されたようだ。
「ち、違います!これは宮様の釈放を求める署名活動です!」
侍女は目を見開いた。横で固まっていた主将騎士も、ようやく口を開く。
「教官殿、ヴィレッジ卿の言うことは本当です」
「…そうか。ありがとう。皆にも礼を伝えてくれ」
「はっ!」
侍女の手が主将騎士の頭をぽんと優しく叩いた。浅黒い肌に朱が差す。彼は黒髪美女の顔を凝視した後、はっと正気を取り戻した。そして慌てて走り去っていった。
「宮様…罪なことを」
リコリスはため息をついた。土人形ですらこの色気だ。
「それより、俺の代わりにあの店に行ってくれ」
皇子は彼女にヤマタイ皇国の拠点への使いを頼んだ。あの忍びの集団の力を借りたいと。
◆
「魔力を検知する魔道具を作る。可及的速やかに、な」
王女の失踪が内々に知らされたのが今朝。弟子の逮捕から丸1日経っていた。老師は有志の上級魔法士を集め、対策本部を立ち上げた。主なメンバーは魔法学園の教師と宮廷魔法士団員だ。
「モーリー様の件は?なぜ王城に抗議しないんです?」
ロッソピーノ師が発言する。好いた男の身を案じてか、やや棘がある。
「もちろん魔法士協会として、公正な捜査を申し入れておる。あと、後ほど署名を回すので、爵位持ちは頼む」
署名活動は二人の女弟子たちに任せている。ヴィレッジ子爵にも手紙を出したので、おっつけ返事が来るだろう。
あの優秀過ぎる弟子が、ただ牢に繋がれているわけがない。自らの潔白を証明するため暗躍中だろう。老師は姫の捜索に必要な魔道具の開発に集中することにした。
「姫は闇魔法“影渡り”により連れ去られた、というのが宮中警護側の言い分じゃ。“影渡り”ができる魔法士は数えるほどしかいない。膨大な魔力を必要とするからの。それでモーリーが疑われておる。奴の魔力はおそらく世界一だからな」
一同は戦慄した。彼を処刑しようとすれば、この王都が灰燼に帰すということだ。
「…すでに雛形はできておる。モーリーが手掛け始めたものじゃ」
懐から球体の装置を取り出す。ミナミのいた世界では“監視カメラ”というものが犯罪を記録し、裁判で証拠として扱われるらしい。それに着想を得た天才弟子が、魔法士一人一人が持つ固有の魔力波を検知する装置を考えた。
魔力が見える異世界人ならではの発想だ。
「魔法を使えば魔力が残留する。その魔力を検知し、使われた魔法と使った魔法士を特定する」
「そんなことが可能なのか…」「いや、モーリー師の考えならあるいは…」「実に興味深い」
老師の宣言に場がざわめく。
「承知いたしました。このロッソピーノ、全力でその装置の開発に協力いたします!」
学園に大きな派閥を持つ彼女が賛成したことで、装置の開発が決定されたのだった。
皇子が捕らえられてすぐに、ミナミたちは釈放を求める運動を始めた。まずは推しの会の令嬢たちに激を飛ばす。
「モーリー様を救おう!」
彼女たちは嘆願書の署名を父や兄弟(爵位持ち)に協力を求めた。全貴族の5分の1以上が賛同すれば、臨時動議として御前会議にかけられるのだ。
もちろん派閥によっては難しい。だが令嬢たちは実力行使も辞さなかった。家出である。
「え?ホントに来ちゃったの?」
ノバリザイア侯爵家での令嬢の受け入れを発表すると、50名以上がやってきた。侍女を連れてきた者も多いので、150名以上の居候だ。ミナミは驚いて侯爵令嬢に詫びた。
「ごめんね~。2、3人かなと見込んでたんだけど」
「大丈夫ですわ。200名のお客様だってお持て成しできます」
太っ腹なパトロンを得たミナミは、次なる外圧を求めて神殿に向かった。
♡
「何ですと!聖人モーリー様が牢に入れられた?」
「ええ!事実無根、全くのでっち上げです!」
ミナミは王都管轄の大神官に涙で訴えた。そこでの皇子の地位は神に等しい。あっという間に全管轄区に情報が回され、大神官連名の抗議文書を出すことになった。
「モーリー様が釈放され、その名誉を回復されるまで、全貴族家の洗礼と魔力検査を凍結する」
思っていたより厳しい内容だった。使者に聖女が立候補する。
「私が。陛下にお会いしてきます」
滅多に外に出ない聖女が王城に赴く。ルクスソリア教は、初めて俗世にその力を誇示したのだった。
♥
リコリスの担当は騎士だ。皇子の生徒である魔法騎士団員に署名を頼むと、皆快く応じてくれた。
「ありがとうございます!助かります!」
1000名以上の署名を手にして、リコリスは大喜びした。
「騎士爵は10名で1票だから…。もっと教官殿の助けになれたら良いんだが」
主将騎士の男は申し訳なさそうに言った。平民でもなれる騎士爵は一代限りの末端貴族だ。故に10名で貴族1人分の扱いとなる。それでも100人分の署名だ。リコリスは頭を下げた。
「できれば他の騎士たちにも…」
そう言いかけた時、頭をぽかりと叩かれた。いつの間に現れたのか、黒髪黒目の侍女がすぐ横にいた。
「何をやっている。騎士たちに妙なことをさせるな」
侍女は美しい顔をしかめた。声は女だが口調が皇子そのものだ。
「み…宮様?!ど、ど、どうして…」
「土人形だ。王城内なら動かせる。それは何だ。連判状ではあるまいな?」
動揺するリコリスに侍女(皇子)が詰問する。謀反を唆していると誤解されたようだ。
「ち、違います!これは宮様の釈放を求める署名活動です!」
侍女は目を見開いた。横で固まっていた主将騎士も、ようやく口を開く。
「教官殿、ヴィレッジ卿の言うことは本当です」
「…そうか。ありがとう。皆にも礼を伝えてくれ」
「はっ!」
侍女の手が主将騎士の頭をぽんと優しく叩いた。浅黒い肌に朱が差す。彼は黒髪美女の顔を凝視した後、はっと正気を取り戻した。そして慌てて走り去っていった。
「宮様…罪なことを」
リコリスはため息をついた。土人形ですらこの色気だ。
「それより、俺の代わりにあの店に行ってくれ」
皇子は彼女にヤマタイ皇国の拠点への使いを頼んだ。あの忍びの集団の力を借りたいと。
◆
「魔力を検知する魔道具を作る。可及的速やかに、な」
王女の失踪が内々に知らされたのが今朝。弟子の逮捕から丸1日経っていた。老師は有志の上級魔法士を集め、対策本部を立ち上げた。主なメンバーは魔法学園の教師と宮廷魔法士団員だ。
「モーリー様の件は?なぜ王城に抗議しないんです?」
ロッソピーノ師が発言する。好いた男の身を案じてか、やや棘がある。
「もちろん魔法士協会として、公正な捜査を申し入れておる。あと、後ほど署名を回すので、爵位持ちは頼む」
署名活動は二人の女弟子たちに任せている。ヴィレッジ子爵にも手紙を出したので、おっつけ返事が来るだろう。
あの優秀過ぎる弟子が、ただ牢に繋がれているわけがない。自らの潔白を証明するため暗躍中だろう。老師は姫の捜索に必要な魔道具の開発に集中することにした。
「姫は闇魔法“影渡り”により連れ去られた、というのが宮中警護側の言い分じゃ。“影渡り”ができる魔法士は数えるほどしかいない。膨大な魔力を必要とするからの。それでモーリーが疑われておる。奴の魔力はおそらく世界一だからな」
一同は戦慄した。彼を処刑しようとすれば、この王都が灰燼に帰すということだ。
「…すでに雛形はできておる。モーリーが手掛け始めたものじゃ」
懐から球体の装置を取り出す。ミナミのいた世界では“監視カメラ”というものが犯罪を記録し、裁判で証拠として扱われるらしい。それに着想を得た天才弟子が、魔法士一人一人が持つ固有の魔力波を検知する装置を考えた。
魔力が見える異世界人ならではの発想だ。
「魔法を使えば魔力が残留する。その魔力を検知し、使われた魔法と使った魔法士を特定する」
「そんなことが可能なのか…」「いや、モーリー師の考えならあるいは…」「実に興味深い」
老師の宣言に場がざわめく。
「承知いたしました。このロッソピーノ、全力でその装置の開発に協力いたします!」
学園に大きな派閥を持つ彼女が賛成したことで、装置の開発が決定されたのだった。
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