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スキル“身代わり”

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      ♥


 皇子の身体が闇魔法にすっぽりと覆われた時、リコリスの中で何かが弾けた。

(やっと会えたのに)

(宮様がいなくては生きていけない)

(神様、どうか私を身代わりにして)

 途端に視覚が奪われる。全身が腐食し崩れていく。あまりの激痛に倒れ伏した。

「リコリス!!」

 皇子の叫びが聞こえた。暗闇と痛みの中で、リコリスは安堵した。

(良かった。宮様を守れた…)

 大切な主を失わなかった。吉野城でも、こちらでも。彼女は満足して意識を手放した。


       ◇


 皇子は急いで“浄化”をかけた。簡単に闇魔法が消える。そこには彼と瓜二つの男が倒れていた。

「ヨ…ヨッシーを助けようとリコが黒いのに触ったの。そしたらリコがヨッシーになって…」

 ミナミが涙声で説明する。まるで身代わりになったように見えたと。皇子ははたと気づいた。

(これはリコリスのスキルだ)

 恐らく接触することで外見や状態異常を丸ごと写し取る。名付けるなら“身代わり”だ。

「う…」

 皇子の外見をしたリコリスが目を覚ます。

「宮様?」

「ああ。またお前に助けられた」

「良かった…宮様がご無事で…」

 声まで自分と同じだ。だが両手で顔を覆う仕草が女々しい。ミナミも同感なようで、リコリスにめるように言った。

「元に戻ってよ、リコ。キモい」

 ミナミが手鏡を見せる。リコリスの驚く声が響いた。

「ええええええっ?!」


       ◇ 
 

「私のスキルですか?」

「そうだ。何をどこまで代われるのか、戻ったら検証をしなければな」

 今は瘴気溜まりだった場所から離れて小休止中だ。水や軽食を摂りながら、ようやく落ち着いたリコリスに皇子の推測を述べる。

 先ほどから魔力を流したり、色々と試しているのだが、一向に変身が解ける様子が無い。

「そのままでは子爵に会わせられんな…どうしたものか」

「申し訳ありません…」

 しゅんと項垂うなだれる自分の姿を見せられ、皇子は顔をしかめた。しっかりしろと𠮟りたい。
 
「お代わりはいかがですか?えっと、副長?」

 騎士が軽食を持ってきた。皇子が2人いるが、たおやかな雰囲気の方に声をかける。

「ありがとう。いただきます」

「いっいいえっ!」

 リコリスが笑顔で受け取ると、騎士は真っ赤な顔で走り去った。ミナミが冷めた目で注意する。

「ダメだよリコ。そんなに優しい笑顔見せたら、男も魅了しちゃうじゃん」

「おい。どういう意味だ」

 聞き捨てならず、口を挟んだ。皇子は顔のことで揶揄からかわれるのが嫌いだった。
 
「そのままだよ。BLだよ、BL」

「びいえる?」

「昔風に言うと男色?」

「…」

 また若い娘がはしたない言葉を口にして。皇子は無言で風魔法をミナミの頭に放った。小さなつむじ風が髪をぐちゃぐちゃにかき回す。

「きゃー!!!」

 ミナミは悲鳴をあげて逃げ回った。それを見たリコリスは大笑いした。

「あははははは!」

 すると、その姿が一瞬で元に戻った。


       ◇


 元に戻ったのは、単に時間が経過したからか、あるいは大笑いしたせいか。結局よく分からなかった。

 その後、瘴気溜まりだった場所を徹底的に調査した。闇魔法を吐いたグリフォンは既に死んでおり、浄化で消す前に腑分けしてみたが、怪しいところは無かった。

「教官殿。こちらを」

 騎士が木の箱を堀り出してきた。浄化をかけながら慎重に開けると、勾玉が1つ出てきた。

「勾玉じゃん。これが原因?」

 覗き込みながらミナミが首を傾げる。

「分からん。だが意図的に埋められた物なのは確かだ」

 皇子はめつすがめつ、勾玉を眺めた。何の変哲もない緑のぎょくだ。

 それ以上何も見つからないことを確認すると、調査は終了となった。


       ◇


 子爵の家族と領民に見送られながら魔法騎士団は帰途に着いた。あの若い神官も、王都の神殿へ報告するとかで同行している。

「リコリスのスキルについては、報告を控えてもらえまいか」

 道中の宿で神官と2人で話す。まずリコリスの件の口止めを頼む。代わりに皇子の魔法力は知られても良いと伝えた。

「令嬢を守りたいのですね。承知いたしました」

 神官はこころよく承諾してくれた。

「お前に借りができたな。名は何という?」

「オクトと申します。御使い様」

「その“御使い様”というのも止めてくれぬか」

 オクトは否と首を振った。

「あなた様はいずれ世界を救うお方です」

「…では人前では名で呼んでくれ。良いな」

 不満げなオクトに無理やり約束させると、皇子は本題に入った。

「今回の神官の働き、見事だった」

 村に神官が居たことが被害を最小限に食い止められた要因の一つだ。光魔法にそれほどの力があるとは知らなかった。

 ノースフィルド王国は騎士の身体強化に特化し、属性魔法の水準は低い。王宮魔法士団も王城を襲撃した戦闘魔法士の数や質には遥かに及ばなかった。

 かつて皇子は、強大な幕府に抗するために様々な工作をする側であった。だからこそ分かる。王国は守りが薄い。王城の襲撃や魔獣に続く、魔法騎士だけでは防ぎきれない局面が必ず来る。

 皇子はオクトに頼んだ。

「神殿の持つ光魔法の知識と技能を教えて欲しい」

「私の一存では何とも。若輩の身ですから」

 若い神官は言葉を濁す。

「その代わり俺の“治癒ヒール”を神殿に提供しよう」

「神殿にお入りくださるのですか?」

「いや、神官にはならん。だが俺がルクスソリア教の地位を押し上げてやろう」

 八百万やおよろずの神々の中でも一位だと領都の神官は言っていた。だが人々の生活にそれほど宗教は根付いていない。皇子がいた叡山のように多くの僧兵を抱え、俗世に影響を及ぼすほどの力は無い。

「民の救済にも金と権力は必要だぞ」

 言葉巧みにオクトを言いくるめ、王都の大神官に奏上することを約束させた。
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