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救援
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◇
皇子がこの世界に来てから2度目の春が来た。王城の襲撃から2カ月が経ち、魔法騎士育成計画も順調に進んでいる。騎士団の練兵場と魔法学園を忙しく行き来し、休みはほとんど無かった。ミナミはそんな彼を“社畜”と呼んで揶揄っていた。
「ヴィレッジ子爵領で魔獣が発生した。魔法士騎士団と共に至急救援に向かえ」
王の呼び出しで城に着くなり、皇子は出撃命令を受けた。魔獣が分からないので、その場にいた老師に訊く。
「親より生まれるのが獣。瘴気より生じるのが魔獣だ。その性は狂暴にして残虐。好んで人を食う。1頭で村が1つ無くなると言われておる」
老師が眉間に深い皺を寄せて答えた。
「100年以上発生例は無い。なぜ突然現れたのか分からん。だが少なくとも10頭の魔獣が確認された」
「ヴィレッジ子爵は?」
皇子はリコリスの父を思い出した。武人の風格を持った貴族だった。今は己が領地を守るために戦っているのか。
「前線で食い止めているそうだ。準備が出来次第、出陣だ。魔法騎士団の初陣だぞ」
王はニヤリと笑った。
「子爵との契約だろう」
無言で一礼し、準備に向かう。学園に使いを出してミナミを呼び、リコリスを探した。
「宮様!出撃準備整いました!鎧を!」
王城の皇子の部屋に戻ると、すでに鎧をつけたリコリスがいた。
「お前も心配だろう。魔獣というのは、どのようなものか知っているか?」
リコリスの手を借りて鎧をつけていく。こちらの鎧は鉄製で重い。皇子は軽い皮鎧を好んでいた。
「御伽噺程度ですが。殺すと魔石という石を残して消えてしまうとか。あと、強い魔獣は魔法を使うらしいです」
「魔法を?人でもないのにか?」
「石化とか、毒とか、火魔法ですね。幻覚を見せる魔獣もお話で読んだことがあります」
手早く鎧をつけ終え、厩に向かう。そこでミナミと合流した。彼女の愛馬を引いている。
「ぶち子じゃダメなの?]
軍馬に乗るように言うと、不満げに反抗された。
「戦場では、普通の馬では危ないぞ。怖がって暴れるかもしれん」
渋々馬を換えたミナミを連れて練兵場に行く。第1期魔法騎士団500名が待っていた。半数の500名は王城の守りに残す。
「師匠。初陣おめでとう」
王太子が激励に駆け付けた。皇子自身は初陣ではないのだが、魔法騎士たちにとっては初の実戦だ。この国は永らく戦がなかったらしい。若い騎士たちは人を斬ったことがない。魔獣ぐらいが初陣にはちょうど良いかもしれない。
「ありがとう。行ってくる」
短い言葉と握手を交わす。そして皇子は魔獣退治に向かった。
◇
通常、王都からヴィレッジ子爵領へは馬で3日かかる。それを身体強化を馬にかけると1日かからずに着く。小休止のみで馬を走らせ続け、翌朝には子爵領に辿り着いた。
子爵家の兵の案内で、そのまま前線まで騎馬を進める。森の手前で子爵と合流した。
「…救援とはお前たちのことか」
不機嫌な声でヴィレッジ子爵が出迎える。裁判以来なので4、5カ月ぶりになる。魔獣の対応で目の下に隈が出来ていた。
「久しぶりだな、子爵。聞いての通り王命だ。今から俺が指揮を執る」
「王命でなければ追い返すものを…」
そうは言うものの、援軍が来たことに子爵の兵たちは安堵していた。中でもリコリスを知る者たちが熱狂的に出迎えた。
「お嬢様!」「リコリス様!お帰りなさい!」「ありがたや!お嬢様が援軍を連れてきてくだすった!」
当の本人は目を丸くして驚いている。
「お嬢様が初の女騎士になったことが、領民の誇りなんです」
案内の兵がこっそりと言う。ミナミは満面の笑みで喜んだ。
「良かったね!リコ!」
「は…はいっ!」
領兵の歓呼の声の中を歩き、本陣の天幕に着く。すぐに子爵とその側近たちとの軍議が始まった。
◇
魔獣が出たと報告があったのが7日前。森から突如、獅子と鷲が混じったような魔獣が現れ、ハンターが襲われた。魔獣は近くの村に移動したが、知らせを聞いた村長がすぐに村人を砦に避難させた。家畜を食われたが、その間に子爵に知らせを出せた。領軍が速やかに近隣の村人を逃がしたので、被害は少なかった。
「見事な差配だ。今、魔獣はどこに?」
皇子は素直に子爵の手際の良さを褒めた。領民がよく訓練されている。
「神殿の神官たちが森に魔獣を閉じ込めている。だが日に日に数が増えている。もう抑え切れん」
「神官はそんな魔法が使えるのか?」
子爵がルクスソリア神殿の者だという、1人の若い神官を紹介した。彼は皇子を一目見るなり、跪いて礼拝するような姿勢を取った。
「おい、何の真似だ?!」
驚いた子爵が問うと、神官は首を垂れたまま答える。
「ルクスソリア神の神気をお持ちの方です。疎かにして良い方ではありません」
「今はそのようなことは良い。どうやって魔獣を抑えている。説明しろ」
皇子は神官に横柄に要求した。
「神官は光魔法が使えます。魔獣は光を嫌うもの。光の結界で抑えています」
神官の話は興味深かった。光魔法には癒しの他に穢れを払う魔法がある。さらに呪いや瘴気を一定範囲に抑え込む結界魔法というものがある。バリヤーの逆だ。その結界を、数人の神官で張っていると言う。しかし増えた魔獣を完全に閉じ込めることはできず、限界が近いらしい。
「魔獣の情報を全て教えてくれ。魔法騎士団で共有でき次第、討伐に入る」
着いたばかりだと言うのに、もう戦いに入ると言う皇子。子爵は驚きつつも説明を始めた。
皇子がこの世界に来てから2度目の春が来た。王城の襲撃から2カ月が経ち、魔法騎士育成計画も順調に進んでいる。騎士団の練兵場と魔法学園を忙しく行き来し、休みはほとんど無かった。ミナミはそんな彼を“社畜”と呼んで揶揄っていた。
「ヴィレッジ子爵領で魔獣が発生した。魔法士騎士団と共に至急救援に向かえ」
王の呼び出しで城に着くなり、皇子は出撃命令を受けた。魔獣が分からないので、その場にいた老師に訊く。
「親より生まれるのが獣。瘴気より生じるのが魔獣だ。その性は狂暴にして残虐。好んで人を食う。1頭で村が1つ無くなると言われておる」
老師が眉間に深い皺を寄せて答えた。
「100年以上発生例は無い。なぜ突然現れたのか分からん。だが少なくとも10頭の魔獣が確認された」
「ヴィレッジ子爵は?」
皇子はリコリスの父を思い出した。武人の風格を持った貴族だった。今は己が領地を守るために戦っているのか。
「前線で食い止めているそうだ。準備が出来次第、出陣だ。魔法騎士団の初陣だぞ」
王はニヤリと笑った。
「子爵との契約だろう」
無言で一礼し、準備に向かう。学園に使いを出してミナミを呼び、リコリスを探した。
「宮様!出撃準備整いました!鎧を!」
王城の皇子の部屋に戻ると、すでに鎧をつけたリコリスがいた。
「お前も心配だろう。魔獣というのは、どのようなものか知っているか?」
リコリスの手を借りて鎧をつけていく。こちらの鎧は鉄製で重い。皇子は軽い皮鎧を好んでいた。
「御伽噺程度ですが。殺すと魔石という石を残して消えてしまうとか。あと、強い魔獣は魔法を使うらしいです」
「魔法を?人でもないのにか?」
「石化とか、毒とか、火魔法ですね。幻覚を見せる魔獣もお話で読んだことがあります」
手早く鎧をつけ終え、厩に向かう。そこでミナミと合流した。彼女の愛馬を引いている。
「ぶち子じゃダメなの?]
軍馬に乗るように言うと、不満げに反抗された。
「戦場では、普通の馬では危ないぞ。怖がって暴れるかもしれん」
渋々馬を換えたミナミを連れて練兵場に行く。第1期魔法騎士団500名が待っていた。半数の500名は王城の守りに残す。
「師匠。初陣おめでとう」
王太子が激励に駆け付けた。皇子自身は初陣ではないのだが、魔法騎士たちにとっては初の実戦だ。この国は永らく戦がなかったらしい。若い騎士たちは人を斬ったことがない。魔獣ぐらいが初陣にはちょうど良いかもしれない。
「ありがとう。行ってくる」
短い言葉と握手を交わす。そして皇子は魔獣退治に向かった。
◇
通常、王都からヴィレッジ子爵領へは馬で3日かかる。それを身体強化を馬にかけると1日かからずに着く。小休止のみで馬を走らせ続け、翌朝には子爵領に辿り着いた。
子爵家の兵の案内で、そのまま前線まで騎馬を進める。森の手前で子爵と合流した。
「…救援とはお前たちのことか」
不機嫌な声でヴィレッジ子爵が出迎える。裁判以来なので4、5カ月ぶりになる。魔獣の対応で目の下に隈が出来ていた。
「久しぶりだな、子爵。聞いての通り王命だ。今から俺が指揮を執る」
「王命でなければ追い返すものを…」
そうは言うものの、援軍が来たことに子爵の兵たちは安堵していた。中でもリコリスを知る者たちが熱狂的に出迎えた。
「お嬢様!」「リコリス様!お帰りなさい!」「ありがたや!お嬢様が援軍を連れてきてくだすった!」
当の本人は目を丸くして驚いている。
「お嬢様が初の女騎士になったことが、領民の誇りなんです」
案内の兵がこっそりと言う。ミナミは満面の笑みで喜んだ。
「良かったね!リコ!」
「は…はいっ!」
領兵の歓呼の声の中を歩き、本陣の天幕に着く。すぐに子爵とその側近たちとの軍議が始まった。
◇
魔獣が出たと報告があったのが7日前。森から突如、獅子と鷲が混じったような魔獣が現れ、ハンターが襲われた。魔獣は近くの村に移動したが、知らせを聞いた村長がすぐに村人を砦に避難させた。家畜を食われたが、その間に子爵に知らせを出せた。領軍が速やかに近隣の村人を逃がしたので、被害は少なかった。
「見事な差配だ。今、魔獣はどこに?」
皇子は素直に子爵の手際の良さを褒めた。領民がよく訓練されている。
「神殿の神官たちが森に魔獣を閉じ込めている。だが日に日に数が増えている。もう抑え切れん」
「神官はそんな魔法が使えるのか?」
子爵がルクスソリア神殿の者だという、1人の若い神官を紹介した。彼は皇子を一目見るなり、跪いて礼拝するような姿勢を取った。
「おい、何の真似だ?!」
驚いた子爵が問うと、神官は首を垂れたまま答える。
「ルクスソリア神の神気をお持ちの方です。疎かにして良い方ではありません」
「今はそのようなことは良い。どうやって魔獣を抑えている。説明しろ」
皇子は神官に横柄に要求した。
「神官は光魔法が使えます。魔獣は光を嫌うもの。光の結界で抑えています」
神官の話は興味深かった。光魔法には癒しの他に穢れを払う魔法がある。さらに呪いや瘴気を一定範囲に抑え込む結界魔法というものがある。バリヤーの逆だ。その結界を、数人の神官で張っていると言う。しかし増えた魔獣を完全に閉じ込めることはできず、限界が近いらしい。
「魔獣の情報を全て教えてくれ。魔法騎士団で共有でき次第、討伐に入る」
着いたばかりだと言うのに、もう戦いに入ると言う皇子。子爵は驚きつつも説明を始めた。
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