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友の危機

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       ◇


 王城は広い。今皇子たちがいるのは王とその家族が暮らす後宮に近い建物だった。遠く離れた王太子宮の異変はここまで伝わってこない。

「何者の仕業だ?」

 慌ただしく動く警備の騎士たちの中心で王が問う。

「賊の正体及び目的は不明!現在、王太子宮周辺は騎士団により封鎖されました!」

 最初に知らせを持ってきた小姓が答える。すると伝令が次々に飛び込んできた。

「騎士団長より伝令!王城の主要部分の封鎖完了!敵規模500名以上のもよう!」

「王太子宮より救援要請!現在、殿下とその護衛騎士100名が2階大ホールに籠城中です!」

「敵側に魔法士多数あり!騎士団が魔法攻撃で近づけません!」

 王城の地図を見比べながら、王は伝令のもたらす情報を聞く。そして指示を出す。

「こちらの魔法士団を出せ。各門は閉鎖したな。城内の人間は1カ所に集めろ。騎士団長を呼べ」

「はっ!」

 伝令たちが散っていく。すぐに騎士団長がやってきた。

「陛下!」

「来たか。どうやって連中は潜り込んだ。城門が破られたわけではないな?」

「急に地から湧き出したとしか。王太子宮に狙いを定め、何年もかけてを送り込んでいたか…」

「魔法士相手となると厳しいな。いつまで持つ?」

 息子の危機だが、さすがに王は冷静だ。淡々と騎士団長と対策を練る。皇子はミナミとリコリスに目配せをし、2人が頷くと、名乗りを上げた。

「王よ。俺も救援に行かせてくれ」

「囲みは厚いぞ。どうやって突破する?」

「我々は魔法士だ。少し建物を壊してしまうかもしれんが、魔法戦で敵を排除する」

 騎士団長の問いに答えながら、地図の王太子宮の位置を頭に叩き込む。

「いいだろう。行ってくれ」

 王が許可を出す。3人は庭に飛び出した。ミナミが得意の土魔法で地下に穴を掘る。すぐに直系2メートルほどの縦穴ができた。周りで見ていた人々は呆気にとられた。

「では御前失礼する」

 皇子たちは穴に飛び込んだ。


       ◇


「ヨッシー。直上10メートル、王太子宮」

 最短距離で土中を掘り進み、数分で王太子宮の地下にたどり着いた。ミナミが狩りで大型獣に囲まれた時に生み出した移動方法だ。本人は“モグラの術”などと言っているが、攻城戦で使われたらひとたまりもない代物だ。

「よし。床下まで掘り進めろ。俺が床に穴を空けたら、飛び出すぞ」

「りょーかい。タイミング合わせよう。行くよ、ヨッシー、リコ」

「ああ」「はいっ!」

「1、2、3 ドカーン!!」

 何度も来たことがある、美しい大理石の玄関ホールの床を吹き飛ばし、飛び上がる。いきなりできた穴に落ちる者や、背後に現れた皇子たちに驚いて逃げる者。敵に混乱が生まれる。その隙に身体強化した体術で敵を倒していく。

 敵の剣を奪って斬りまくる。魔法士らしき者が火球を打ち込んでくるが、それも切り捨てる。お返しにミナミが土魔法で敵の体をすっぽりと土達磨に埋め込む。賊は恐怖で泣き叫んでいる。

 リコリスも剣を奪うと皇子の背中を守る。切りかかってくる相手の足を固めて動きを止め、鮮やかな剣さばきで倒す。

 やがて1階の制圧が終わった。すぐさま2階に駆け上がる。

 籠城中だったはずだ。もう突破されてしまったか、と思った時、大ホールの扉が見えた。

「どけっ!」

 扉前にいた敵兵を風魔法で吹き飛ばす。4、5人が窓ガラスを突き破り外へ落ちていく。

「太子!どこだ!」

 普段は声を荒げることのない皇子が大声で呼ばわる。思った以上に焦っていることに気づいた。その時、扉の一つから護衛騎士が出てきた。

「教官殿!?」

「太子は無事か?」

 皇子と2人の少女は扉の内側に滑り込んだ。中では護衛騎士たちが家具を積み上げて扉をふさいでいた。

「殿下はこちらです!」

 騎士がさらに奥へ案内する。大ホールの最奥の小部屋に王太子はいた。

「モーリー!ミーナ嬢まで?」

 驚いた顔で3人を迎える。見たところ大きな怪我などはしていないようだ。皇子は一安心した。

「助けに来た。脱出口は玄関ホールにある。すぐに外から敵が来るだろう。今、何人動ける?」

「父上は?」

 王太子はまず王の無事を確認する。

「大丈夫だ。今のところ襲撃されているのはここだけだ」

「…そうか。こちらの被害は深手を負った者が24人、軽傷が36人ほどだ」

 教え子を一人も死なせまいと、皇子は重傷者が寝かされている部屋に行った。

治癒ヒール

 瞬く間に傷が塞がり、消えて無くなる。横たわる騎士たちが驚き、立ち上がる。本当は“再生”だが治癒魔法ということにしておく。軽傷の者はリコリスに任せる。

「今のは治癒魔法?!嘘だよね?腕生えてたよね?」

 後ろで見ていた王太子がわめいた。皇子はそれを無視して、立ち上がった護衛騎士たちに訊く。

「皆、動けるな?」

「はいっ!!」

 全員無傷に戻った護衛騎士たちは元気よく答えた。

「今から王城に撤退する。先頭は俺が行く。殿しんがりはリコリス。ミナミは太子から離れるな」

「はっ!!」「おっけー!」

「実戦だが気負うな。訓練通りやれば大丈夫だ。行くぞ!」

「オオーッ!!」

 王太子宮を揺るがすような気合が沸き起こる。籠城戦の苦しさが、攻勢の気迫に転じる。

「モーリー!」

「何だ太子。手短に頼む」

 怒って皇子の腕を掴む王太子に、素っ気なく答える。

「…ありがとう。君が来てくれて助かったよ」

 照れたように礼を言われる。

「礼を言うのはまだ早いぞ。友よ」

 王太子ははっとして動きを止めた。皇子はその肩に手を置いた。そうか。己は友を失うことを恐れ、救おうと焦っていたのだ。

 今生は、決して大切な者を失うまい。皇子は剣を握り直し、扉へ向かった。
 
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