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男たちの宴会
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◇
ミナミによると、この村に魔力持ちはいないそうだ。大家の婆どのの息子が最後の魔力持ちであったとか。
「うちの息子にスキルは無かったよ。ただ身体強化が上手かった。それで騎士になれたのさ」
老女は茶をすすりながら言う。ミナミのスキルは知っていたようだ。
「身体強化とは?」
「魔力で筋力を底上げすることだよ。それができりゃ、屋根まで跳び上がったり、馬より早く走ったりできる」
「パンチで相手の腹に穴が開いたりするんでしょ?グロっ!」
湯呑に茶を注ぎながらミナミが混ぜっ返す。どうやら暴力的な話が嫌いなようだ。
身体強化というのも興味があるが、今は魔力の話が先だ。
「魔力の有り無しはどうやって分かる?」
「判別できる装置があるよ。この村には無いね。領都の神殿にあるはずだよ」
タキア領の領都までは歩きで丸2日かかるらしい。
(一度行ってみるか)
魔力とスキルの情報を得るために、神殿とやらに行く必要がある。
「どうせ春になるまで峠は越せないよ?焦っちゃだめだよ、ヨッシー」
ミナミが母親のような口調で諭す。
(俺は焦っていたか?)
常に戦い、謀略を巡らせていた前世を思う。あれこれ先回りし過ぎるのはそのせいだ。
「…そうだな。機会を待とう」
せっかちな自分が可笑しくて、皇子はこれ以上考えるのを止めた。
◇
皇子が村に来て一月が経った。
ウルフ狩りの後、木こりの男から狩人の指南を受けた。天気の良い日はミナミと二人で森に入る。
獲れた肉は村人に分け、害獣が出れば駆除する。ハンターとしての暮らしは悪くなかった。
春が近づき、村の男衆が出稼ぎから帰ってくる。急に村が賑わってきた。
「モーリー、あんた弓の名手なんじゃってね。ウルフ狩りの話聞かせてっちゃ!」
少し大きい村長の家で、男の宴会が連日開かれる。皇子は新顔として村人たちに紹介された。
木こり親子がウルフ狩りの手柄話を吹聴して回るので、引っ張りだこだ。
「話すようなことは何も…」
「またまた~。ウルフの皮がいくらするか知っとるん?500万ゴルドは下らんよ~」
「ウチの娘、嫁にもらわん?支度金はそれでええよ」
「アホかぁ。持参金も無いくせにぃ」
酔った髭面の大男たちに絡まれて、皇子は辟易していた。
この村の女たちも大きい。皇子よりも背が高く体も厚い。人種が違うのだ。
大家の婆どのは都の出身らしい。他の地域では普通の大きさの人間もいるそうだ。
「俺のような小男では娘子の目に叶うまい」
幾度となく繰り返される嫁取り話を断る。
「いんにゃ~。家でかーちゃんときゃあきゃあ騒いどった…」
出稼ぎから戻ると嫁と娘が若い男に夢中になっていたと、ぐだを巻かれる。
「モーリー!勝負じゃあ!」
これも何回目かは分からぬ腕相撲の勝負を挑まれる。
皇子は諦めてシャツの袖をまくった。
♡
「モーリーって恰好良かね~。ミーナの世界はあんな男ばっかりなん?」
宴会料理を用意しながら、女衆は女子トークに花を咲かせる。
「まっさかー。国宝級ですよ。あれほどのイケメン。歌手か俳優でしか見たことないわ」
ミーナは不満だ。髭面大男ワールドでも皇子はモテるのだ。美形は世界共通らしい。
「だよねぇ。細っこいのにウルフとか余裕で倒すんでしょ~?綺麗な顔やし、嫁行きたいわぁ」
私も私もと娘たちが騒ぐ。皇子がデカ娘好きだったらと思うと、ミナミは気が気でない。
「あんた隣村に婚約者いるでしょーが。そっちは夏に結婚するって言ってたじゃん!浮気者め!」
「それはそれよぉ。あー一回で良いからあんな美男とデートしたいわぁ」
釘を刺すミナミに、娘らは正直な思いを漏らす。
親の決めた結婚も多い。支度金と持参金と家格のバランスで嫁ぎ先は決まるものだ。
そういう意味ではミナミは自由だ。父親の庇護は無い代わりに、結婚を強いられることもない。
異世界人で女ハンター。娘たちはミナミに少なからず憧れを抱いている。
「…ヨッシーを花見に誘ってみる?」
武士の情けじゃ。ミナミは娘たちに嫁入り前の思い出作りを提案した。
♡
領都に行く機会は、意外と早く来た。
毛皮を買い付けに来る商人から、早めに欲しいと村長の家の鳩舎に手紙が届いたのだ。
まだ雪解け前なので、商人が村に来ることは難しい。だが大口の注文が入ったので、こちらから持っていけば、倍値で買ってくれるらしい。ミナミは迷った。馬に乗れば峠は越せる。ただ乗馬は苦手なのだ。
「ヨッシー、馬乗れる?」
おずおず聞いてみる。昔の人だし、多分絶対乗れると思うが。
「ああ。乗れる」
鉈を研ぎながら皇子はこともなげに答える。
(やった!これで倍儲かる!)
「領都の毛皮屋の親父がさ、今持ち込めば倍値で買ってくれるって。神殿も寄れるし。行かない?」
「馬で行くのか?」
「うん。ヨッシーが馬に乗って。荷物は馬に括り付けるから」
ミナミはついでに師匠親子の分も売ってきてやろうと考えた。もちろん手間賃は取る。
「お前はどこに乗るのだ」
「…後ろ?」
「お前な…」
てへっと舌を出して誤魔化してみたが、皇子に乗馬が苦手なことがバレてしまった。
ミナミによると、この村に魔力持ちはいないそうだ。大家の婆どのの息子が最後の魔力持ちであったとか。
「うちの息子にスキルは無かったよ。ただ身体強化が上手かった。それで騎士になれたのさ」
老女は茶をすすりながら言う。ミナミのスキルは知っていたようだ。
「身体強化とは?」
「魔力で筋力を底上げすることだよ。それができりゃ、屋根まで跳び上がったり、馬より早く走ったりできる」
「パンチで相手の腹に穴が開いたりするんでしょ?グロっ!」
湯呑に茶を注ぎながらミナミが混ぜっ返す。どうやら暴力的な話が嫌いなようだ。
身体強化というのも興味があるが、今は魔力の話が先だ。
「魔力の有り無しはどうやって分かる?」
「判別できる装置があるよ。この村には無いね。領都の神殿にあるはずだよ」
タキア領の領都までは歩きで丸2日かかるらしい。
(一度行ってみるか)
魔力とスキルの情報を得るために、神殿とやらに行く必要がある。
「どうせ春になるまで峠は越せないよ?焦っちゃだめだよ、ヨッシー」
ミナミが母親のような口調で諭す。
(俺は焦っていたか?)
常に戦い、謀略を巡らせていた前世を思う。あれこれ先回りし過ぎるのはそのせいだ。
「…そうだな。機会を待とう」
せっかちな自分が可笑しくて、皇子はこれ以上考えるのを止めた。
◇
皇子が村に来て一月が経った。
ウルフ狩りの後、木こりの男から狩人の指南を受けた。天気の良い日はミナミと二人で森に入る。
獲れた肉は村人に分け、害獣が出れば駆除する。ハンターとしての暮らしは悪くなかった。
春が近づき、村の男衆が出稼ぎから帰ってくる。急に村が賑わってきた。
「モーリー、あんた弓の名手なんじゃってね。ウルフ狩りの話聞かせてっちゃ!」
少し大きい村長の家で、男の宴会が連日開かれる。皇子は新顔として村人たちに紹介された。
木こり親子がウルフ狩りの手柄話を吹聴して回るので、引っ張りだこだ。
「話すようなことは何も…」
「またまた~。ウルフの皮がいくらするか知っとるん?500万ゴルドは下らんよ~」
「ウチの娘、嫁にもらわん?支度金はそれでええよ」
「アホかぁ。持参金も無いくせにぃ」
酔った髭面の大男たちに絡まれて、皇子は辟易していた。
この村の女たちも大きい。皇子よりも背が高く体も厚い。人種が違うのだ。
大家の婆どのは都の出身らしい。他の地域では普通の大きさの人間もいるそうだ。
「俺のような小男では娘子の目に叶うまい」
幾度となく繰り返される嫁取り話を断る。
「いんにゃ~。家でかーちゃんときゃあきゃあ騒いどった…」
出稼ぎから戻ると嫁と娘が若い男に夢中になっていたと、ぐだを巻かれる。
「モーリー!勝負じゃあ!」
これも何回目かは分からぬ腕相撲の勝負を挑まれる。
皇子は諦めてシャツの袖をまくった。
♡
「モーリーって恰好良かね~。ミーナの世界はあんな男ばっかりなん?」
宴会料理を用意しながら、女衆は女子トークに花を咲かせる。
「まっさかー。国宝級ですよ。あれほどのイケメン。歌手か俳優でしか見たことないわ」
ミーナは不満だ。髭面大男ワールドでも皇子はモテるのだ。美形は世界共通らしい。
「だよねぇ。細っこいのにウルフとか余裕で倒すんでしょ~?綺麗な顔やし、嫁行きたいわぁ」
私も私もと娘たちが騒ぐ。皇子がデカ娘好きだったらと思うと、ミナミは気が気でない。
「あんた隣村に婚約者いるでしょーが。そっちは夏に結婚するって言ってたじゃん!浮気者め!」
「それはそれよぉ。あー一回で良いからあんな美男とデートしたいわぁ」
釘を刺すミナミに、娘らは正直な思いを漏らす。
親の決めた結婚も多い。支度金と持参金と家格のバランスで嫁ぎ先は決まるものだ。
そういう意味ではミナミは自由だ。父親の庇護は無い代わりに、結婚を強いられることもない。
異世界人で女ハンター。娘たちはミナミに少なからず憧れを抱いている。
「…ヨッシーを花見に誘ってみる?」
武士の情けじゃ。ミナミは娘たちに嫁入り前の思い出作りを提案した。
♡
領都に行く機会は、意外と早く来た。
毛皮を買い付けに来る商人から、早めに欲しいと村長の家の鳩舎に手紙が届いたのだ。
まだ雪解け前なので、商人が村に来ることは難しい。だが大口の注文が入ったので、こちらから持っていけば、倍値で買ってくれるらしい。ミナミは迷った。馬に乗れば峠は越せる。ただ乗馬は苦手なのだ。
「ヨッシー、馬乗れる?」
おずおず聞いてみる。昔の人だし、多分絶対乗れると思うが。
「ああ。乗れる」
鉈を研ぎながら皇子はこともなげに答える。
(やった!これで倍儲かる!)
「領都の毛皮屋の親父がさ、今持ち込めば倍値で買ってくれるって。神殿も寄れるし。行かない?」
「馬で行くのか?」
「うん。ヨッシーが馬に乗って。荷物は馬に括り付けるから」
ミナミはついでに師匠親子の分も売ってきてやろうと考えた。もちろん手間賃は取る。
「お前はどこに乗るのだ」
「…後ろ?」
「お前な…」
てへっと舌を出して誤魔化してみたが、皇子に乗馬が苦手なことがバレてしまった。
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