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護良改めモーリー

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       ◇


「また異世界人かい…て、こりゃまた良い男だね!」

 大家の老女は皇子の顔が気に入ったようだ。
 白い髪を頭頂部で結い上げた、薄い水色の瞳をした女だ。確かに日本人ではない。

「拾ったミナミが面倒見な。家のことをしてくれるんなら好きなだけ居ていいよ」

 小さな体に似合わず、豪気な物言いをする老人だった。

「ごめんねー。おばーちゃん、ツンデレだから」

 ミナミが朝食を並べながら皇子に謝る。
 『つんでれ』が何かは分からないが、老女の親切さは伝わった。

「いや。ありがたい。よろしく頼む」

 皇子は頭を下げて礼を言った。

「服がそれしか無いんだね?ミナミ、後で息子の部屋にあるやつを出しておやり」

「りょーかい」
 
 老女とミナミは2年を共に暮らしたという。二人は本当の祖母と孫娘のように見えた。


        ◇ 


 三人での朝食を終え、皇子はこちらの服に着替えた。

 シャツという筒袖の上着を羽織り、ボタンというもので前を留める。その上から黒い胴衣を着ける。下はズボンというぴたりと脚に沿った袴と、膝まである革の沓だ。

「着られた?うわ、めっちゃ似合ってる!」

 ミナミがおおげさに褒める。

「これは婆どのの息子の服なのか?少し大きいな」

 老女が小さかったので、勝手に小さい民族だと思い込んでいた。
 ズボンのすそが三寸ほど余る。

「おばーちゃんの息子さん、騎士さんだったって。きっと大きい人だったんだよ」

「きし?」

「あー武士っぽい人?馬に乗って剣で戦う人」

 いくさ生業なりわいにするもの。こちらでは騎士というらしい。

「死んじゃったんだって。5年くらい前に。おばーちゃんが良いって言ったら、裾上げするね」

「…そうか」

「んじゃ、寒いからこれを上に着て。村長さんちに行こう」

 分厚い毛織物を渡される。コートというらしい。毛皮で縁取られた頭巾がついていて、暖かい。それを着て、雪のちらつく中、村長の家を訪ねた。
 
「こんちわ~! 村長さーん!いるー?」

 ドアを叩きながらミナミが大声で問う。しばらくするとドアが開いた。

「ほいよー。あれミーナ?例の御仁ごじん起きたの?」

 中から、茶色の髪に青い瞳の髭面の大男が出てきた。六尺半以上はある。横も大きい。かの弁慶もかくやという巨漢だ。

「まあ、入ってっちゃ。寒いっしょ」

 村長は二人を招き入れた。


          ◇


「ふーん。ミーナの同郷。もりくちの婆さんが良いっちゃーたんしょ?おまけに祭壇の客人なら、誰も文句言わんっちゃ」

 村長はのんびりとした口調で、村に留まることを許してくれた。『祭壇の客人』とは、稀に訪れる異世界人のことだそうだ。

「かたじけない」

「冬は暇だし、ゆーっくり慣れれば良いっちゃ。そういや名前は?」

「護良という。好きに呼んでくれ」

「モ…モーリョシ?」

 発音に難儀する村長にミナミが助け船を出す。

「モーリーで。良いよね?」

 後半は皇子に向けての確認らしい。

「構わない」

「分かったっちゃ。モーリーね」

 その時、家のドアを叩く音がした。村長の許しもなくドアを開け、皮衣かわごろものようなものを着た男が入って来た。

「おとといのあんちゃんかぁ。良かったねぇ、ミーナ」

 男がミナミに話しかけ、皮衣を壁に掛ける。こちらも髭の巨漢だ。皇子はこちらの人間の大きさの認識を修正した。

「おっちゃん、ありがとねー。ヨッシー、この木こりのおっさんがうちまで運んでくれたの。お礼言っといて」

 ミナミは急に皇子を妙な名で呼んだ。

(ヨッシー?モーリーではなかったか?)

「おっちゃん、この人モーリーね。しばらくおばーちゃんちで預かるから」

「そんなら安心だぁ。よろしくなぁモーリー」

 木こりの男が右手を差し出してきた。

「こちらこそ世話になった。今後とも頼む」

 ミナミが小声で「右手で相手の手を握るの。握手。友好の証」と教えてくるので、握る。
 
「そんで何の用っちゃ。またボアが出たっちゃ?」

 村長が木こりに問う。男は用事を思い出したように、村長を見た。

「んにゃ。ウルフだぁ。湖の浜で足跡見たぁ」

こん冬はでら多いっちゃ。どうすべ」

 二人は狩りの話を始めたようだ。聞いたことのない獣の名に、興味が湧く。
 木こりの男が皇子を見た。

「雪が止んだら狩るべぇ。…そうだなぁ、モーリーも出てくれんかのぉ?」

「俺が?」

 急に誘われて驚く。

「あんたぁ、相当よねぇ?」

 先ほどの握手のことか。皇子は内心、舌を巻いた。

「えっ!?何の話?ヨッシーをウルフ狩りに連れて行こうとしてる!?」

 ミナミが慌てた様子で口を挟んだ。

「ダメダメダメダメ!!!何言ってんの?一昨日おととい来たばっかの人を!マジで無いわ!」

あんちゃんなら大丈夫だぁ。良い弓使いの手ぇしとるもん。ええよねぇ?モーリー」

 皇子は頷く。ミナミは不満顔だが、見知らぬ獣への好奇心が勝った。

「弓は貸してもらえるな?」

「明日までに届けるわぁ。練習しといてねぇ」

「助かるっちゃ~。村の男手が足りんで。狩りの支度はこっちでするけん、頼むっちゃ」

 村長も喜んでいた。

 こうして皇子は村の『うるふ』狩りに参加することになった。
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