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13 バージェス

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 ティー・レックスが逃げ出して7日が経った。樹海へ続く街道は封鎖され、近隣の村には避難指示が出されている。ローエンは最後に足跡が見つかった草地に牛を繋いだ。そこがよく見える岩場からバージェス卿が狙撃する作戦だ。

「血管が狙えるのは関節部分のみです。他は皮膚が分厚くて刺さらないでしょう。少なくとも3発分の麻酔を撃つ必要があります」

 バージェス卿はローエンが描いた竜の血管図を見て唸った。

「動く竜の急所を即時に3発かよ。難しいな…。1発目で逃げたらどうする?」

「失敗と判断したら、次のポイントに移動してください。公爵閣下率いる猟犬部隊が奴を狙える場所に追い込みます」

「…了解」

 作戦は夜になった。ローエンはバージェス卿と岩陰に身を潜めていた。双眼鏡で罠を監視しているとバージェス卿が話しかけてきた。

「博士。ラプトルの方は放置で良いのかい?」

「仕方ありません。脅威の度合いが違います。銃弾が通用しない大型竜から片付けないと」

「そうかね。オレはラプトルの方がおっかないよ」

 バージェス卿は岩に銃架を立て、麻酔銃のスコープを覗いている。のんびりとした口調に緊張感は無い。ローエンは複雑な気持ちを隠して言った。

「でも銃が通用します。あなたなら仕留められる」

「昼間ならね。…来たよ」

 草地を囲む木々が揺れた。牛は恐れ慄き、巨大な竜が現れた。


            ◇


 旅立って3日目の夜。ディアは騒ぐ獣たちの気配で目が覚めた。森の外から何かが叫ぶ声が聞こえる。それが動物達を怯えさせている。

『あの子の声だ』

 耳の良いヴェルデが言った。あの子。ディアは首を傾げた。

「誰?」

『一緒に島から来た大きな子。先に逃げたけど、可哀想に、1匹きりなの』

 アクアによると、姉妹と一緒に肉食大型竜も捕えられていた。人間との付き合い方を知らないので、しょっちゅう暴れて、棒で叩かれたり食事を抜かれていた。名前はスー。若い雌らしい。

『飢えて仕方なく脱走したの。きっと人間に見つかったのね。どうする?』

「…」

 四姉妹は沈黙した。人間は肉食竜を恐れる。スーにその気が無くても、危険だと判断されれば殺されるだろう。ディアは迷った。姉妹だけなら島に帰れると思う。大型竜は連れていけない。

「だからって、見殺しにはできない」

『よく言ったわ!ディア。それでこそ私の妹よ!』

 ラピス姉さんは誇らしげにディアを抱きしめた。ちゃんと鋭い爪に注意してくれる。姉妹達はとりあえず、様子を見に行くことにした。


            ◆


 麻酔弾が2発当たったところで、ティー・レックスは樹海に逃げた。バージェス卿とローエンは第二の狙撃ポイントに走った。徒歩の猟犬部隊が松明を持って追い立てる。仮に襲ってきても、巨竜はそれほど速くは走れないので、十分逃げられるはずだ。

「博士。移動しながらでは無理だね。当たった注射筒も外れてるかもしれない」

「そうですね…。一ヶ所に留める方法を考えないと」

 やはり肉食竜は甘くない。食べかけの牛を捨てても逃げる知性がある。数分、伏せて待ったが、ティー・レックスは現れなかった。作戦は失敗だ。ローエンは立ちあがろうとした。

「しッ」

 だがバージェス卿が動くなというサインを出した。彼はゆっくりとしゃがんだ姿勢に移り、振り向きざま、叫んだ。

「走れ!」

 ローエン達の真後ろにティー・レックスの巨大な口が開いていた。バージェス卿は口の中に1発お見舞いした。

「ギャッ!」

 麻酔弾は舌に刺さったが、すぐに取れた。怒った竜は追ってくる。案外速い。時速27キロじゃなかったか。ローエンは身をもってティー・レックスの全速力を知った。

「スー!だめ!」

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。走りながら後ろを見ると、長い尾を持つ中型竜が3匹、ティー・レックスに飛び掛かっていた。

「撃つかい?」

 バージェス卿は立ち止まり、銃を構えた。ローエンは身振りで止めた。麻酔は大型竜用だ。消耗したくない。それに何かおかしい。縄張りでもなく、餌もないのに争う理由が分からない。

 さらに黒い影がティー・レックスの体を駆け上がり、鼻先に足蹴りをした。すると巨竜は樹海の奥へと走り去った。

「…」

 ラプトルは白っぽいのが1頭、暗い色合いのが2頭だ。シャーッと敵意を表す唸り声を上げて近づいてくる。バージェス卿は銃口を向けた。

「!」

 だが、いつの間にか接近した黒い影が、銃を蹴り上げて弾き飛ばした。人間だ。フードをかぶっていて顔は見えない。そいつは長ナイフをバージェス卿の首に当てて言った。

「バージェス!よくも撃ったな!」

 ディアの声だった。


            ◇


 何故この男がここにいる。とにかく復讐するチャンスだ。ディアの殺意に姉妹が興奮した。横にローエンもいたが、構わない。殺そう。

「お嬢さんは誰だい?」

 奴はナイフに動じることなく、飄々と言った。ディアはフードを跳ね除けて、藍色の髪と金の目を見せた。

「何と。あの時の竜かい。驚いたね。降参だ」

 バージェスは両手を頭の横に上げた。

「どうして撃った。私は子供を助けた。姉妹だって喰う気などなかった」

「王子を守るのがおじさんの仕事なんだよ。あー。もうすぐ定年なのに。こんな所で死にたくないなぁ…っと」

 奴は素早く拳銃を抜いた。ディアと姉妹は咄嗟に飛び退り、攻撃準備姿勢を取る。しかしローエンが割って入った。

「止めろ!」

 彼は両腕を広げ、バージェスの方を向きながらも、ディアに言った。

「俺はもう恨むのを止めた。ディアも止めてくれ」

 嫌だ。できない。こいつが私たちを殺したんだ。彼女は怒りのままに走り出そうとしたが、

「ディアナ?!」

 そこへ公爵が来た。松明を投げ捨て、ローエンもバージェスも無視して駆け寄ると、娘を抱きしめる。姉妹が威嚇したが公爵は怒鳴り飛ばした。

「黙れ!私はディアナの父親だ!」

「グァ!グァ!」

「姉?そんなの知るか!今は私の娘だ!」

「ギュイッ!」

「復讐だと?くだらん!こんなクズどもの事はもう忘れろ!」

「キュウ…」

 姉妹と会話している。ディアは体の力を抜いた。公爵はその場にいた全員に命じた。

「バージェスも引け。作戦は失敗だ。練り直すぞ、クリティシャス。ディアナの姉妹よ、お前らも来い!」
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