修道士ルカ~憑依?別人格?で修道院送りになったけど、兄弟が全員病死!王太子になるのは嫌だ~

二階堂吉乃

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終話・赦し

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            ◆


 王城に不思議な病が流行った。まず王妃と側妃、その部下が罹った。次に王と宰相が倒れた。症状は疫病と同じだが感染うつり方がおかしい。身近な人間が罹るわけでもない。患者にはある共通点があった。

「ルーカスに関わった者だけか」

「正確には殿下に嫌がらせをしていた者です」

 侍従長は病床の王に報告した。

「お前はなぜ罹らん」

「さて。8年前の功徳やもしれません」

「…」

 なるほどな。天意か。王は諦めた。これで王統は途絶える。


            ◆


 ミカエルは特に重い症状に苦しんでいた。熱に浮かされ時々幻を見る。父が必死に呼びかける。妹が心配そうに見つめる。最後には殿下が出てきた。

「大丈夫ですか?このお札を握ってください。聖句を唱えて神に赦しを乞うと尚良いです」

(私が間違っていました…お許しください…殿下…)

「あ。熱下がりましたね。もう大丈夫です」

 意識を取り戻すと殿下が覗き込んでいた。だるいが辛くはない。

「殿下?」

「早く良くなってください。立太子式、するんでしょ?」

 ミカエルの手には札があった。呆然としているうちに殿下は笑顔で帰って行った。


            ◇


 ルカは次に父の元に行った。父はベッドに横たわり目を閉じていた。

「お加減は?」

 控える侍従長に訊く。

「今朝からお目覚めになりません」

 ルカは父の手にお札を握らせた。そして神に赦しを乞うことを勧めた。

「あと陛下。条件を修正させてください。結婚します」

 カッと父の目が開いた。

「本当か?」

「前王太子の財産を全てください。ミランダもです」

 父は起き上がった。すごい回復力だ。

「許す。後継はどうする」

「ミランダの子を。ただし条件があります」


            ◇


 後宮にも札を渡したのだが、そちらは芳しくない。死人こそ出なかったものの、後遺症が残ったそうだ。できるだけのことはしたから、もういいか。

 殺人鬼は逮捕され牢に繋がれた。王太子の裁量権で無期の懲役刑とする。二度と外には出さない。

 アンとメアリー(赤子)はルカが引き取った。側妃と王妃が後遺症で里に帰ったのだ。使用人も入ったし、今の王太子宮は賑やかだ。

(あ。ミランダに話すのを忘れてた)

 ルカは温室の花を融通してもらい、花束を用意した。公爵と宰相閣下もいる日を選んで公爵邸を訪れた。


            ♡


 ルカは豪華な馬車に乗って来た。従者に護衛も大勢いる。以前より王太子の風格を感じる。

「今日は大事な話があるんだ」
 
 銀糸の刺繍が煌びやかなジュストコートを着て、普段よりめかしこんでいた。少し伸びた髪と似合っている。彼は花束を差し出した。優しい色合いの冬の花だ。ミランダは喜んで受け取った。

「公爵。ミランダを僕にください」

  座る前にルカは父に言った。父は即答した。

「良いでしょう。大事にしてやってください」

「ありがとうございます。必ず幸せにします」

 先に正気に返った兄が祝う。

「おめでとう!ミランダ!」

 彼女は困惑していた。政治的な動きがあったのかと思った。

「後ろ盾とか、そういう事?王妃様の実家がまた何かしてきたの?」

 それなら心配ないのに。うちは王太子派の筆頭だ。ルカは笑ってミランダの手を取った。

「違うよ。下町風に言うと、君に惚れたんだ」

「惚れた…」

 皆は客間のソファに座った。『私』という存在についてルカは話してくれた。


            ◇


 『私』は平民の仕立て屋の女だ。少年ルーカスに代わり痛みと傷を負った。別人格なのか憑依なのか。どちらにしても帰る家も家族も見つからない。疫病が無ければそのまま修道士として人生を全うしただろう。

 異母妹が産まれるまでは、まだ北に帰るつもりだった。だが誘拐されて気づいた。

「これも神の思し召しだって。修道院で学んだのはこのためだったんだ」

 たかが眠り薬に倒れたのも。殺人鬼と再び会ったのも。全て神の思し召しだ。ルカはミランダに礼を言った。

「ありがとう。君がいなかったら、『私』は過去に負けていたよ」

「友達ですもの。…今のあなたはどっちなの?ルカ?それとも『私』?」

 ミランダが不安そうに訊いた。ルカは正直に答えた。

「分からない。でもここで生きたいんだ」

 メイドさんの娘や妹、アン、白雪を守りたい。父やミカエル、ベリー公爵も。皆で楽しく生きたい。何よりミランダ。君とずっと一緒にいたい。

「僕のために殺人鬼を殺そうとしただろう?その姿に惚れたよ」

「微妙な理由ね…」

「ダメかな?人格の混ざった男なんて気持ち悪いかな」

 恐る恐る訊くと、ミランダは笑って否定した。

「全然!私より刺繍も編み物を上手で、頭にくるけどね!」

「じゃあ結婚してくれる?」

「もちろんよ」

 彼女は了承してくれた。ルカとミランダは正式に婚約を交わした。


            ♡


 ルカが提示した追加の条件。それは王女の継承権を認める事だった。陛下は了承したが兄以外の重臣は大騒ぎしたそうだ。ルカは頑として譲らなかった。

 結局、未婚の王女は、王太女教育なるものを受けることになった。試験に合格すれば継承権を得る。

「もちろん僕たちの子も同じだ。教育と才能。どちらもあれば、男女問わず王となる資格がある」

 これで王統が途絶える心配も無い。ルカは編針を動かしながらサラッと言う。彼の休憩時間は2人で編み物をするのが日課だ。

「僕たちの子…」

 ミランダはつぶやいた。

「男の子と女の子、どっちの名前も考えておこう」

 何となく恥ずかしい。彼女は話題を変えた。

「そう言えばアン王女がまた公爵家に来ていたわ」

 父に『5年待ってて!』とか言っていた。年下の義母ができるかも。

「あと、令嬢が宮の前に居座ってるわよ。例の男爵家の…」

 側妃の座を狙って前王太子の愛人まで参戦してきた。

「あのピンクの髪の子?というか夫人?若作りが痛いよね」

 ルカはバッサリ斬る。ミランダは内心ほっとした。顔に出ていたのか、彼が真面目に言った。

「側妃は取らない。君だけが僕の妻だ」

「責任重大ね」

 嬉しくて笑みが止まらない。彼が近寄ってきて、さっとショールをミランダにかけた。何を編んでいるかと思えば。相変わらず素晴らしい腕だ。

「ありがとう。お礼に何か編むわね」

「今欲しい」
 
 今すぐはちょっと…言いかけて唇を奪われた。初めてした。前夫はミランダに指一本触れなかったから。

「え?そんなに嫌だった?!」

 思わず流した涙にルカは慌てた。ミランダは首を振った。

「違うの。ルカ、私も結婚に条件をつけたいわ。1日1回はキスしてね」

「何だ。100回だってしよう。何なら1000回でも」

「無理!」

 それから2人は面白おかしい条件を出し合った。ミランダは知っている。そんなものが無くても、きっと上手くいくだろう。

(終)
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