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捨て子
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◇
結婚は避けては通れない。だから条件に入れた。ルカはこの国の凝り固まった因習が嫌いだ。
(血統などどうでも良い。アンが女王になったって良いじゃないか。生まれた王女だって名君になるかも)
客間のソファでぼんやりしていると、メイドさんがお茶を淹れてくれた。赤ちゃんは叔父である護衛さんが見ているそうだ。こちらも女の子だ。
「上手くいきませんでした?」
ルカの様子を気にしてメイドさんは訊いた。
「いいえ。言いたいことは言ったので。後は陛下がお決めになるでしょう」
なるようになるだろう。ルカは茶を飲んだ。その時、庭の茂みが動いた。メイドさんも気づいた。
「弟を呼びます」
「待って」
ひょこっとアンが出てきた。大きな包みを抱えている。ルカは庭に出た。
「アン?どうしたの?」
「兄様!助けて!」
泣きながら駆け寄ってきた。しゃがんで受け止める。妹の腕の中には赤子がいた。
「この子が死にそうなの。でも誰も助けようとしないの!」
生まれたばかりの赤子はぐったりと目を閉じていた。
♡
アンの妹は皆の期待を裏切って生まれた。ただ女だと言うだけで母は赤子を殺そうとしている。生後2日も経っていないのに。
(ひどい)
彼女は放置されている赤子を盗み出した。異母兄しか頼れる大人がいない。後宮の警備を掻い潜り王太子宮を目指した。
母は悪魔だ。妹を殺してまた懐妊するつもりだ。王子が生まれるまで同じことを繰り返す。アンはたまたま疫病前に生まれたから殺されなかった。
茂みを抜けると兄がいた。もう安心だ。アンは兄の腕に飛び込んだ。
◇
メイドさんが赤子に乳を与えてくれた。
「たっぷりお飲みになりました。もう大丈夫ですよ」
「ありがとう。アン。ほら見てごらん」
赤子はルカに抱かれてスヤスヤと寝はじめた。アンはようやく肩の力を抜いた。
「良かった…。母上が乳母にお世話をするなって言って…」
側妃の宮で起こった事をとつとつと話す。王子誕生への凄まじい執念に寒気がした。やはり宮廷は悲しい場所だ。
「偉いね!よくやった!」
ルカは妹を抱きしめた。何という勇気と行動力。アンは素晴らしい子だ。
「この子は預かるよ。お乳もあげられるし。良いですか?」
メイドさんは笑顔で頷いてくれた。問題はアンだ。そんな母親の元に返して良いものか。しかし聡い妹は自分から帰ると言った。
「心配だよ。このことがバレたら折檻されない?」
「大丈夫。いざとなったら逃げるから」
良い考えが思い浮かばない。結局、帰すことにする。ルカは別れる前にお札を沢山渡した。
「気休めだけど。病気も怪我も治るお札だよ」
「ありがとう!兄様!」
アンを護衛さんに送ってもらった。宮に赤子が増えた。作り置いたおむつを使う時が来た。
♡
ミランダは悪い噂を聞いた。ルカが宮に女性を置いていると言うのだ。側妃の子は女子だったから、ルカは新王太子に決定した。令嬢たちは妃の座を巡って争うだろう。いずれかの娘が目に留まったのか。
友に一言もなく愛人を囲うなんて。ミランダは寂しかった。彼もやっぱり男だった。毎日毎日、行こうか止めようかと逡巡していると、向こうから手紙が来た。
『毛糸を持ってきてください。女の子に合う色味で』
(愛人は編み物をする人なの?)
この目で確認しよう。ミランダは頼まれた物を持ってルカを訪ねた。
♡
宮は相変わらず無人だった。護衛が数人増えている他は変わらない。メイドも1人いた。客間に通され、少ししてルカが現れた。赤ちゃんを抱いている。
「ルカ?その子は?」
「妹だよ。先週生まれたばかりの」
彼は事情を説明してくれた。異母妹を引き取り育てているらしい。恐る恐る噂の愛人の事を訊くと、ルカとメイドが大笑いをした。
「確かにメイドさんを置いているね!あはははは!」
「もしかして私の娘のことかもしれませんよ!」
もう1人赤子が出てきた。メイドの娘だそうだ。これはまた若い愛人だ!とルカは笑いながら2人の赤子を両手に抱いた。ミランダは呆気に取られた。そして吹き出した。
◇
もうすぐ冬が来る。赤子たちに暖かいおくるみや靴下を編んでやりたい。それでルカは毛糸をミランダに頼んだのだ。
「そんな変な噂になっているなんて。知らなかった。早く教えてよ」
「だって。兄も最近帰ってこないし」
赤子たちも寝たので、ミランダと編みながら話す。久しぶりにゆったりとした時間だ。2、3時間おきの授乳とおしめ換えは大変だった。特にメイドさんの負担が大きくて申し訳ない。今は昼寝をしてもらっている。
「側妃様は何も言ってこないの?陛下は?」
妹を引き取って1週間経つ。どこからも抗議も調査も来ない。宰相閣下も陛下も沈黙している。『私』を見て王太子にするのを諦めたのかもしれない。追い出されるかも。その時は皆で北に逃げよう。妹とメイドさんとその娘と。アンも来るかな。ルカは逃亡計画を考えた。
結婚は避けては通れない。だから条件に入れた。ルカはこの国の凝り固まった因習が嫌いだ。
(血統などどうでも良い。アンが女王になったって良いじゃないか。生まれた王女だって名君になるかも)
客間のソファでぼんやりしていると、メイドさんがお茶を淹れてくれた。赤ちゃんは叔父である護衛さんが見ているそうだ。こちらも女の子だ。
「上手くいきませんでした?」
ルカの様子を気にしてメイドさんは訊いた。
「いいえ。言いたいことは言ったので。後は陛下がお決めになるでしょう」
なるようになるだろう。ルカは茶を飲んだ。その時、庭の茂みが動いた。メイドさんも気づいた。
「弟を呼びます」
「待って」
ひょこっとアンが出てきた。大きな包みを抱えている。ルカは庭に出た。
「アン?どうしたの?」
「兄様!助けて!」
泣きながら駆け寄ってきた。しゃがんで受け止める。妹の腕の中には赤子がいた。
「この子が死にそうなの。でも誰も助けようとしないの!」
生まれたばかりの赤子はぐったりと目を閉じていた。
♡
アンの妹は皆の期待を裏切って生まれた。ただ女だと言うだけで母は赤子を殺そうとしている。生後2日も経っていないのに。
(ひどい)
彼女は放置されている赤子を盗み出した。異母兄しか頼れる大人がいない。後宮の警備を掻い潜り王太子宮を目指した。
母は悪魔だ。妹を殺してまた懐妊するつもりだ。王子が生まれるまで同じことを繰り返す。アンはたまたま疫病前に生まれたから殺されなかった。
茂みを抜けると兄がいた。もう安心だ。アンは兄の腕に飛び込んだ。
◇
メイドさんが赤子に乳を与えてくれた。
「たっぷりお飲みになりました。もう大丈夫ですよ」
「ありがとう。アン。ほら見てごらん」
赤子はルカに抱かれてスヤスヤと寝はじめた。アンはようやく肩の力を抜いた。
「良かった…。母上が乳母にお世話をするなって言って…」
側妃の宮で起こった事をとつとつと話す。王子誕生への凄まじい執念に寒気がした。やはり宮廷は悲しい場所だ。
「偉いね!よくやった!」
ルカは妹を抱きしめた。何という勇気と行動力。アンは素晴らしい子だ。
「この子は預かるよ。お乳もあげられるし。良いですか?」
メイドさんは笑顔で頷いてくれた。問題はアンだ。そんな母親の元に返して良いものか。しかし聡い妹は自分から帰ると言った。
「心配だよ。このことがバレたら折檻されない?」
「大丈夫。いざとなったら逃げるから」
良い考えが思い浮かばない。結局、帰すことにする。ルカは別れる前にお札を沢山渡した。
「気休めだけど。病気も怪我も治るお札だよ」
「ありがとう!兄様!」
アンを護衛さんに送ってもらった。宮に赤子が増えた。作り置いたおむつを使う時が来た。
♡
ミランダは悪い噂を聞いた。ルカが宮に女性を置いていると言うのだ。側妃の子は女子だったから、ルカは新王太子に決定した。令嬢たちは妃の座を巡って争うだろう。いずれかの娘が目に留まったのか。
友に一言もなく愛人を囲うなんて。ミランダは寂しかった。彼もやっぱり男だった。毎日毎日、行こうか止めようかと逡巡していると、向こうから手紙が来た。
『毛糸を持ってきてください。女の子に合う色味で』
(愛人は編み物をする人なの?)
この目で確認しよう。ミランダは頼まれた物を持ってルカを訪ねた。
♡
宮は相変わらず無人だった。護衛が数人増えている他は変わらない。メイドも1人いた。客間に通され、少ししてルカが現れた。赤ちゃんを抱いている。
「ルカ?その子は?」
「妹だよ。先週生まれたばかりの」
彼は事情を説明してくれた。異母妹を引き取り育てているらしい。恐る恐る噂の愛人の事を訊くと、ルカとメイドが大笑いをした。
「確かにメイドさんを置いているね!あはははは!」
「もしかして私の娘のことかもしれませんよ!」
もう1人赤子が出てきた。メイドの娘だそうだ。これはまた若い愛人だ!とルカは笑いながら2人の赤子を両手に抱いた。ミランダは呆気に取られた。そして吹き出した。
◇
もうすぐ冬が来る。赤子たちに暖かいおくるみや靴下を編んでやりたい。それでルカは毛糸をミランダに頼んだのだ。
「そんな変な噂になっているなんて。知らなかった。早く教えてよ」
「だって。兄も最近帰ってこないし」
赤子たちも寝たので、ミランダと編みながら話す。久しぶりにゆったりとした時間だ。2、3時間おきの授乳とおしめ換えは大変だった。特にメイドさんの負担が大きくて申し訳ない。今は昼寝をしてもらっている。
「側妃様は何も言ってこないの?陛下は?」
妹を引き取って1週間経つ。どこからも抗議も調査も来ない。宰相閣下も陛下も沈黙している。『私』を見て王太子にするのを諦めたのかもしれない。追い出されるかも。その時は皆で北に逃げよう。妹とメイドさんとその娘と。アンも来るかな。ルカは逃亡計画を考えた。
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