背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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25 太公の最期

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          ◇


 マリオンは後ろ手に縛られたまま、馬車の床に転がされていた。凄い速さで走る馬車の外では剣を撃ち合う音や馬の嘶き、叫び声がひっきりなしに聞こえる。恐らく帝国軍が太公軍と戦っているのだろう。

(な、何とかして逃げ出さないと)

 しかし縄でぎゅうぎゅうに縛られ、猿轡をされて声も出せない。このままでは人質として連れ去られるか、最悪、盾にされて味方の足枷になる。それだけは避けたい。

「マリオン!どこだ!?」

 殿下の声が聞こえた。彼女は揺れる馬車の中で苦心して立ち上がり、窓のカーテンを頭で押しやった。すると遠くに馬に乗った殿下が見えた。

「ヴィクター!3台目の馬車だ!」

 アンリがすぐ側まで駆けてきてくれる。馬車はいつの間にか街道に出ていた。

「国境を越えたら同盟軍がいるぞ!それまで持ちこたえろ!」

 赤毛のピエールが仲間を叱咤していた。太公に逃げ切られてしまう。マリオンが焦っていると、馬車が急停車した。その勢いで積まれた宝石や金貨が詰まった箱や高級な織物が崩れ、彼女はその下敷きになってしまった。


          ◆


 国境の関所の手前に帝国軍が布陣していた。それを見た太公軍は慌てて止まった。

「太公に告ぐ!」

 白い鎧姿のコージィが騎馬で進み出る。その背後には弓と矢が一体化したような、見たこともない武器を構える兵達が並んでいた。

「死にたくなければ、今すぐ武器を捨てて投降しろ!」

 女が総大将と見て、大公側から数騎が走り出した。

「コナー家のじゃじゃ馬が!そこをどけ!」

 と彼女に斬りかかった。だが次の瞬間、馬にも人にも無数の矢が突き刺さった。コージィの護衛が謎の兵器で射たのだ。ヴィクターは太公軍の背後からその様子を見ていた。

「ありゃ何や?」

 族長がヴィクターに訊いた。

「さあ。コージィが開発した武器だろう。あいつは時々、未来を見てきたかのような発明をする」

「横にした弓の引き金を引いたら、何本も矢が出てきたがじゃ。凄いねや!」

 前方を新兵器を持つコージィ軍に、後方を皇太子軍に挟まれた太公に逃げ場は無い。しかし赤毛の男が馬車から白金の髪の虜囚を引き摺り出してきた。

「マリオン!」

 飛び出そうとするヴィクターを隠密が止めた。

「いけません!」

 人質は太公の前に引き倒される。太公は馬を降りて、後ろ手に縛られた王女の首に刃を押し当てた。

「見えるか?ヴィクター!お前の愛人が死ぬの見たくなければ、引け!」

 この後に及んで、太公はマリオンを盾に逃亡する気だ。だが言うことを聞かねば彼女が殺される。一切の戦闘が止んだ。アオキやアンリもなす術がないように固まっていた。

 ヴィクターは自兵に下がるよう命じ、太公に向かって言った。

「…良いだろう。マリオンを解放しろ。国境を越えるでは待ってやる」

 太公はせせら笑った。

「愚か者。命令できるのはこちらだ。そらそら、どかねばお前の愛人を刺すぞ」

 コージィがサッと手を上げると前方の帝国兵が割れた。

「側近の方が話が通じるな。ではな、ヴィクター。後からゆるりと来い」

 と言って、太公は先頭の馬車に乗り込もうとした。奴が白金の髪を乱暴に掴むのを、ヴィクターははらわたが煮え繰り返る思いで見るしかない。

 その時、マリオンが太公の剣に身を投げた。

「なっ…!!」

 刃が胸を貫き、背から突き出る。ヴィクターは隠密を振り切って駆け出した。

(何をやってるんだ?マリオン?)

 また自己犠牲か。良い加減にしろ。その横を剣聖とサムライマスターが凄まじい速さで追い越した。彼らは一瞬で太公に追いつき、その手足を斬った。

「ぎゃああああああっ!」

 絶叫が響く中、マスター達は次々と敵を倒してゆく。ヴィクターは馬を飛び降りて、倒れるマリオンに走り寄ったが、その髪がみるみる真っ白になるの見て立ち止まった。

「違う!マリオンじゃないぞ!」

 アンリが叫んだ。人質を縛る縄がするりと解けて地に落ちる。剣が刺さったまま、白い髪の男はゆっくりと立ち上がった。外宮の小屋にいた赤目の護衛じゃないか。

 彼の顔を見て、のたうち回る太公が悲鳴を上げた。

「お…お前は…」

「君は嘘をついた。第二皇子よ。地獄に行け」

 太公は絶命した。恐怖に歪んだ酷い死に顔だった。それを見た部下達は皆、戦意を失くして投降し、白髪赤目の男は消えていった。

「成仏なさったな」

「ああ」

 アオキとアンリは何故か納得している。ヴィクターが周囲を見回すと、3台目の馬車からマリオンが降りてきた。


          ◇


 財宝の下敷きになっていたマリオンは、芋虫のように身をくねらせ、何とか脱出した。体当たりをして馬車のドアを開けると、隠密さんがいた。

「マジか。じゃあ、あっちは誰だったんだ?」

 意味不明な事を言いながら、口の悪い隠密さんはマリオンの縄を切ってくれた。ヨロヨロと馬車を降りて前方を見たら、血みどろの戦場だったので思わず目を瞑ってしまった。

「マリオン!!」

 殿下が駆け寄ってきて、彼女を抱きしめた。新しいお召し物が汚れてしまう。身を引こうとしたが、殿下は許さなかった。その暖かい胸に頬を寄せていると自然と涙が出てきた。

(助けに来てくださった…)

「マリオン!怪我はないか?」

 アンリが殿下を押し除けて義妹の無事を確認した。さらにアオキとシャトレー族長が歩いてやってきた。

「無事で何より。あと、ご婚約おめでとう!マリオン殿」

「ん?」

「結婚式には呼んどーせ!帰って飲むぜよ、アオキ」

「んん?」

 2人は笑いながら行ってしまった。

「何のこと?」

 マリオンはアンリに尋ねたが、

「ヴィクターに訊け。後でな」

 と言って、彼女を殿下に押し付けてアオキ達の方へ去っていった。再び殿下の腕に収まったマリオンは小さな声で謝った。まんまと捕まって迷惑をかけてしまったから。

「も、申し訳ございません…」

「ありがとう。君のおかげで助かった」

 だが怒られなかった。殿下は優しくマリオンの髪を撫でてくださった。

「私こそ…ありがとうございました。…背の高い隠密さん」

 2人は顔を見合わせて微笑んだ。そう言えば、殿下は眼鏡をしていない。見えていらっしゃるのかしら。そこへコナー卿が駆け寄ってきた。

「うわーん!遅くなってごめんね!マリオン君!めっちゃ刺されたよね?大丈夫だった?」

「え?何の事ですか?」

 全く事情が分からず、マリオンは殿下を見上げた。
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