背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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21 隠密さんとの別れ

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          ◇


 この人は修繕課の仕事を紹介してくれた隠密さんだ。口は悪いが、ちゃんと裏口に馬車を用意して、マリオンを小屋に連れて行ってくれた。

 荷物はアンリが運び出していて、中はがらんとしている。

「あの、背の高い、いつもここに来てくださった隠密さんに会いたいのですが」

「…おう」

 口の悪い隠密さんは出ていき、少しして背の高い隠密さんが来た。マリオンは戸棚の引き出しの奥にしまっていたハンカチを取り出して、彼に差し出した。

「これを皇太子殿下に渡していただけますか」

「…自分で渡せば良い」

 相変わらず良い声だった。少し怒っているようだけれど、今夜が最後のチャンスだ。マリオンは重ねて頼んだ。

「お願いします。頭痛が酷い時にお役に立つかもしれません。王家の聖なる魔法がかかってますから」

 それは冗談だが、隠密さんは無言で受け取ってくれた。マリオンは笛も渡した。

「これもお返ししてください。明日、出ていきます。色々とお世話になりました」

「…国に帰ったらどうするんだ?」

 心配そうに隠密さんは訊いた。まだ何も考えていないので、曖昧に答えた。

「修道院にまだ空きがあれば。ダメなら、何か仕事を探します」

「シャトレー族に嫁がないのか?」

「揶揄っているだけです。冗談がお好きな方ですから。そうだ!コナー卿の本を紹介します。乙女の宮でも大流行したんですよ。華々しい帝国文学として広まるでしょう」

「あんなのが帝国文学…」

 どこが良いのか分からない、と隠密さんが言うので、マリオンはコナー作品の素晴らしさを説明した。

「主人公が苦難の末に幸せになるのが良いんです。ああ、愛に性別は関係ないんだなって。こんな風に幸せになれたら…」

「お前は幸せじゃないのか?」

 やっと自由の身になったのだ。幸せに決まっている。でも言葉が出てこない。マリオンはポロポロと涙を流しながら、隠密さんを見上げた。

「どうか…お元気で…ハンカチは、やっぱり捨ててください…」

 何とかそれだけを言って、彼女は小屋を出ようとした。すると隠密さんは理由を尋ねた。

「何故だ?見事な刺繍じゃないか」

「厭わしくお思いになるでしょう。では…」

 マリオンは最後に心の中で小屋と幽霊に別れを告げ、馬車に乗った。これで思い残す事は無い。きっと、背の高い隠密さんだけは覚えていてくれるだろう。ここにマリオンという泣き虫の王女がいた事を。


          ◇


 翌日は曇天の中での出発となった。乙女の宮の前で、ペコ姫とアオキが見送ってくれた。

「今にも降りそうだな。アンリはどうした?一緒じゃないのか?」

 アオキは馬車の中を見て尋ねた。

「クレイプの隊商が王都の北大門でトラブルに巻き込まれてしまったの。禁輸品を持ち込もうとしたとかで。今、アンリが行って確かめてるわ。そこで落ち合う約束だから」

 そこまでは皇宮の護衛が付き添ってくれる。マリオンは細目のサムライと固く握手をした。

「本当に、色々ありがとう。いつかフジヤマ国に伺うわ」

「ああ。待っている。それまで元気でな」

 ペコ姫は小さな体でマリオンを抱きしめ、別れを惜しんでくれた。

「私も待っています。お元気で。マリ様」

「ありがとう…ペコ様」

 本当の妹と別れるように辛い。マリオンは泣きながら馬車に乗った。荷物のほとんどはアンリの馬車の方に乗せている。身軽なこちらはあっという間に皇宮門を出て、帝都の都大路を進んだ。途中で護衛が窓の外から声をかけて来た。

「あと少しで北大門です。手続きはこちらでしますので、お休みになっても大丈夫ですよ」

 ペコ姫と一晩中語り明かしたので、マリオンはすぐに寝てしまった。

(さようなら…)

 しかし目が覚めると、なぜか馬車は猛スピードで暴走していた。


          ◆
 

 北大門はクレイプ国方面に続く街道の基点だ。マリオンが必ず通る。そう思い、ヴィクターは門番がやりにくそうに検問する傍らで待っていた。だがやって来たのは剣聖だった。

「ヴィクター?こんな所で何をしている?」

 シャルパンティアは馬車を降りて近づいてきた。マリオンの姿が無い。

「お前一人か?」

 ヴィクターが尋ねると、シャルパンティアは首を捻った。

「ああ。我が国の隊商が足止めをくらっている、助けてくれと言われて来たんだが…。マリオンとはここで合流する予定だ」

 もう1時間以上ここで待っているが、揉めている一団はなかった。

「ガセだったか?」

「殿下!」

 すると、隠密が急に現れた。

「マリオン姫の馬車が西門を突破しました!」

「何だと!?」

 シャルパンティアは仔細も聞かずに走り出した。完全に頭に血が上っている。

「待て!西門の場所を知っているのか?おい!馬を2頭貸せ!」

 ヴィクターは彼を引き留め、番所の馬を出させた。2人はそれに飛び乗って西門へと向かった。途中、横を走る隠密が分かっていることを報告する。

「姫の護衛は偽物です。現在、帝都にクレイプの隊商は来ておりません。騙されました」

「援軍は向かっているな?よし、このまま追うぞ」

「ちょっと待って下さい!殿下お一人じゃダメですって!護衛が来てから出ましょうよ!」

 昨夜の口の悪い奴だ。ヴィクターは構わず西門を通過した。今、マリオンを見失う方がダメだ。そのうち、前方に異様な速度で走る馬車が見えてきた。それを囲むように走る騎馬が10数騎。

「シャルパンティア!行けるか?!」

 ヴィクターの馬は疲れ始めていた。コツがあるんだったか。剣聖は追い抜きざまに言った。

「行ける!俺が賊を殺る!ヴィクターはマリオンを!」

「分かった!」

 シャルパンティアが賊を引きつけた隙に、隠密は馬車の屋根に飛び乗った。ここまで全速力で走りながら、疲れた様子がない。大したものだ。奴は御者の首を刺して横にどけ、手綱を奪った。

 やっと追いついたヴィクターが中を覗き込むと、マリオンは床に倒れている。彼は思わず叫んだ。

「マリオン!!」

 その声が聞こえたのか、彼女は顔を上げてこちらを見た。
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