背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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20 試練のパーティー

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          ◇


 フジヤマ国のペコ姫はふんわりした優しい少女だった。空腹でふらふらのマリオンを自室に迎え入れて、温かいお粥を食べさせてくれた。まだ15歳だと言うのに、マリオンの何倍もしっかりしている。

「もう大丈夫ですわ。このペコがお守りいたします」

 どうしてこんなに親切にしてくれるのだろう。不思議に思って訊くと、

「小四郎が言っていました。身籠った侍女をお国に逃したそうですね。それに、今回の不正を暴くきっかけを作ったのは、マリオン様だとか。皇帝陛下から人質全員の赦免が発表されたんですよ。皆、いつ帰っても良いと。あなたは私達の救世主です」

 と言って、姫はベッドに横たわるマリオンの手を握った。良かった。辛かった日々が一気に報われたような気がした。

 それからマリオンはペコ姫の下で心身を癒した。

          ◇


 療養中は様々な人がお見舞いに来てくれた。アオキとアンリは毎日顔を出し、コナー卿からは自作の本をいただいた。モロゾフ伯爵とも再会した。両陛下からも謝罪のお言葉をいただき、心臓に悪かった。ステラ嬢とは仲直りができた。

 だが最もお会いしたい方は現れない。何度も殿下に許される夢を見ては、目覚めて落胆した。


          ◇


 人質達の帰国前に、慰労パーティーが開かれることになった。以前に仕立てたドレスを皇后様のお針子が調整してくれた。しかし戻ってきたドレスは大幅に改造され、もはや別物だった。更にマリオンには、大きな宝石がついた装飾品一式が下賜された。


          ◇



 パーティーに出席するのは何年ぶりだろうか。どうせ二度と会わない帝国貴族達だ。笑われても気にすまい。マリオンは震える脚を叱咤して入場した。

「マリオン・クレイプ王女!」

 その瞬間、ざわめきがぴたりと止んだ。

(ああ。やっぱり…)

 会場は水を打ったように静まり返っている。大勢の視線を感じながら、それでも気力を振り絞って、マリオンは進んだ。そして壁際の椅子に腰を下ろした。

 座っていれば目立たない。人々は小声で大女の噂をしているが、15分もすれば忘れる。次の試練は両陛下へのご挨拶だが、それが終わったら、皆の注意がダンスに向いている隙に会場を出るのだ。長い経験から、脱出のプランは完璧だった。

「マリオン」
 
 暫くしてアンリが前に立った。大きな体に隠れられて好都合だ。彼女は小さな声で乳兄妹に頼んだ。

「しっ!そのまま動かないで。一緒にご挨拶に行ってくれる?」

「それはもちろん」

 怪訝な顔のアンリの後ろに隠れて玉座に近づく。順番がくると、すかさず横に並び、素早く腰を落とした。皇后様がお声がけくださった。

「まあマリオン姫。思った通り、美しいわ」

「ありがとうございます。素晴らしい宝飾品のおかげでございます」

 陛下からは労いのお言葉を賜った。

「色々あったけど、また帝国に遊びに来なさい」

「はい。大変お世話になりました」

 ミッションは終わった。マリオンはまたアンリの背に隠れ、壁際の椅子まで戻った。音楽が流れて踊る人が出始める。彼女は良い感じのタイミングで去ろうとした。

「じゃあ、私はこれで」

「来たばかりじゃないか!」

 アンリが大声を出すから、シャトレー族の族長がこちらに気づいてしまった。

「マリオン!久しぶりじゃ!一曲踊らんか?」

「お久しぶりです。すみません、踊れないんです」 

 即、断る。だが族長は隣の椅子にどっかりと座って、給仕にテーブルと酒を持ってくるように命じた。

「じゃあ飲もう。おい!アオキ!こっちに来いや!」

「おお!マリオン殿。今宵は女神のように美しい。皆、マリオン殿に乾杯だ!」

 アオキまでやって来て酒盛りが始まった。すっかり注目を集めてしまい、マリオンは帰るに帰れない。仕方なく座ったままチビチビとジュースを飲んでいた。


          ◆


 ヴィクターは遅れて会場入りした。まずは両親に挨拶をして、会場を見回すと、一際賑わう一角があった。族長の頭が見える。アオキとシャルパンティアもいる。

「ほら、あの隅に座っているのがマリオン姫よ」

 母が扇で差す方に花模様のドレスを着た美女がいた。波打つ白金の髪を複雑に編み込んでいる。ダイヤをふんだんにあしらった揃いのティアラとネックレスには見覚えがあった。

「あれ、皇太后様のパリュール装飾セットですよね?!国宝ですよ?よろしいんですか?」

 コージィが興奮して尋ねた。

「良いのよ。皇太子妃に贈る日は来ないんだから。必要ならまた作らせるし」

 嫌味と諦念を混ぜ合わせて、母は答えた。父は宰相のレオニダス公爵と何やら話していたが、公爵が下がるとヴィクターに言った。

「謹慎中の太公が消えた。隠密の半分を捜索に回すから、暫く気をつけて。あの野郎、全財産を持って逃げやがった。絶対捕まえて没収してやる。そうしたらジュエリーなんかいくらでも作っていいよ。あれ?あのセット、イヤリングと腕輪とブローチもあったよね?なんで着けないのかな?マリオン姫は奥ゆかし過ぎるね。女神像みたいに美しいのに。踊ってる姿、見たいなぁ…」

「あなた。また心のお声が。既にいくつかの家門から嘆願が来ております。姫を帰さないでほしいと」

「族長も第二夫人にしたいとか言ってたね。クレイプと直接交渉してもらって。光るような子供が生まれるのか。羨ましい」

 父の皮肉も、もうヴィクターの耳には届いていない。マリオンの姿を一目見ただけで頭の痛みが消え去った。薄い化粧しかしていないのに、他のどの姫君や令嬢よりも輝いていた。

 不意に彼女が立ち上がった。スラリとした身体に細身のドレスがよく似合っている。義兄に何かを言い、壁に沿って静かに会場を出ていった。

「あれで隠れているつもりみたい。危ないな。誰か…」

「私が」

 護衛を向かわせようとする父を遮り、ヴィクターは彼女の後を追った。


          ◆


 廊下に出ると、マリオンは音波笛を取り出して吹いた。ヴィクターは気づかれないように柱の裏でそれを見ていた。すぐに一人の隠密が出てきた。

「んだよ。気安く呼ぶなって言ってんだろ!」

「すみません。これが最後ですから。外宮の小屋に連れて行ってもらえませんか?」

 口が悪い。姫君に対する言葉遣いではないのに、マリオンは丁寧に頼んだ。

「しょうがねーなぁ。ちょっと待ってろ。そこ動くなよ」

「お願いします」

 隠密はサッと消えて、ヴィクターの足元に現れた。

「…と仰っていますが。いかがなさいますか?」

 態度が違い過ぎる。しかし咎めるのは後だ。

「連れて行ってやれ。俺は抜け道で行く」

 ヴィクターは急いで近くの抜け道に入った。そして外宮の小屋に先回りした。
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