背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

文字の大きさ
17 / 27

17 暴かれた不正

しおりを挟む
          ◆


 その夜、ヴィクターはアオキに内々で話したいと言われた。コージィを連れて会談で使った会議室に行くと、シャルパンティアとマリオンもいた。

「皇太子殿下。先程の話は本当だろうか?人質は取っても金は取らぬという話だ」

 アオキが真剣な顔で訊いた。

「本当だ。期間はそれぞれだが、基本的に必要経費以外は要求しない」

 何故そんな事を。ヴィクターが訝しんでいると、サムライは大理石の大机を叩いた。表面にヒビが走る。

「そんなっ!我らは大使に月50億イエンもの大金を支払っている。姫を早く返してもらう為だ。全て嘘だったのか?!」

「何の事だ?」

 シャルパンティアは呆然と呟いた。

「そんな…100億で短縮してやると…」

「落ち着いて、2人とも。一から説明してちょうだい」

 コージィが間に入る。それぞれの話を聞くうちに、ヴィクターのこめかみに青筋が走った。


          ◇


 『100億で人質期間を10年に短縮』。アンリはクレイプの新大使にそう約束された。

「ヨック子爵という男が言ったんだ。だから手付金を用意して帝都に来た」

 まだ支払いはしていなかった。良かった。マリオンはホッと息を吐いた。

「ごめんなさい、アンリ。私の勘違いだったみたい」

「良いよ。おかげでお前の命が救えた。でも、金では短縮できないってことか」

 アンリが辛そうに顔を歪めたので、マリオンは彼の手を握った。するとより一層辛そうになった。

「綺麗な手が。すまない、マリオン」

 パッと手を離そうとしたら、上から押さえられた。もう涙が堪えられずに、マリオンは嗚咽を漏らした。

「お前が死んでいたら、俺はシャトレー族を殲滅したよ。無茶はしないでくれ」

「うん…」

 2人でしんみりしていると、殿下が怒ったように仰った。

「すまないが、帝国語で話してくれ。ヨック子爵というのが聞こえたが」

 いつの間にか母国語になっていた。慌ててマリオンは謝った。

「金の流れを調べましょう。これは一大詐欺事件です。まずは陛下に連絡します」

 コナー卿は伝書鳩便を出すために会議室を出ていった。だがすぐに戻って来ると、殿下に半分濡れた紙を差し出して皆に説明した。

「陛下も気づかれたみたい。密かに調査が始まってるって。マリオン君を急いで連れ帰るように命じてるわ。きっと、外宮での扱いにも不備があったのよ。人質期間も短縮できるかもよ!」

「本当ですか?!」

 マリオンは飛び上がり、乳兄妹に抱きついて泣いた。これは嬉し涙だ。

「こちらからは、フジヤマ国大使とヨック子爵の罪状を書き送ろう。…下半分は読めないな」

 殿下は濡れた手紙をコナー卿に返した。

「伝書鳩が大雨にあったのかな?でもまあ、後は陛下にお任せして、我々はイケメン族長を帝国の名所に案内しがてら、ゆっくり帰るとしましょう!」


          ◇


 その後、殿下に置いて行かれた護衛たちが砦に着いた。その半数が砦の守備に割り当てられ、何とか国境警備隊の機能を取り戻した頃、族長が来た。なぜか顔中を腫らした弟君を連行している。

「げにすまざった!女子おなごを斬りよったと知ちょったら、その場で殺したがや。今、首を刎ねるきに、許しとうせ」

 と、族長はいきなり剣を抜き、弟君を斬ろうとした。マリオンはびっくりして、その太い腕に縋った。

「おやめ下さい!」

「わしの気が済まん。これがシャトレーぜよ。離しいや」

 ヒョロヒョロの静止など直ぐに振り払われたが、彼女は皮のブーツを履いた逞しい脚にしがみついて懇願した。

「お…お慈悲を。寛大なお心こそが、王たる者の証です」

「いやはや、一本取られたぜよ。これが帝国の女子おなごか」

 族長は殺気を消して剣を収めた。そしてマリオンを助け起こしてくれた。

「違う。彼はクレイプ王子だ」

 いつの間にか殿下がいらして、彼女を背後に隠す。段々と族長の言葉も上達しており、聞き取れるらしい。もう通訳は要らないようだ。

「…そがなことか。まあ、誰にも事情があるろう。おい、バッキーよ。感謝せえよ」

 弟君は平伏して謝罪した。マリオンは彼を許し、砦の医者の手当てを受けるように勧めた。それから皇太子殿下とシャトレー族長の一行は出発した。

 来る時は馬車で泣いていたマリオンだが、今は友や義兄、殿下たちと馬を歩ませている。

(ああ。生き延びたんだ)

 彼女は晴々とした顔で都への帰途に就いた。


          ◆


 帰路にも暗殺者は山ほどいた。しかし2人のマスターがそれらを瞬殺して、つつがなく旅を続けられた。シャトレー族長も恐るべき剣士であり、大剣を振ると賊は真っ二つになった。それを見たマリオンが吐いていると、

「すまん、すまん。ちっくとやり過ぎてしもうた!泣かんでくれ」

 などと頭を撫でている。もはやわざと泣かせているとしか思えない。護衛に守られたヴィクターはイライラした。

(あの涙は、私だけのものなのに)

 それ以外は特に問題もなく、歴史的建造物や広大な農地、特色ある街々などを観光しながら進んだ。シャトレー人達は帝国に好意的な印象を持ったようだ。マリオンも初めて見る物、食べる物に感動して喜んでくれたが、帝都に近づくにつれてヴィクターの気持ちは沈んでいった。

 父はマリオンを預かると言った。もしかすると、もう会えないかもしれない。そう思うと、微かに頭が痛んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。 絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。

処理中です...