背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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04 ツボ押し係に

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          ◆


 ヴィクターは偏頭痛持ちである。一度痛み出すと何時間も悶え苦しむ。原因は不明。どんな薬も効かず、皇太子の唯一の弱点であった。

「そう言えば、最近、頭痛が出てませんね」

 コージィがふと思い出したように言った。主君の体調を記した手帳を確認し、驚きの声を上げる。

「凄い!もう1ヶ月も出ていませんよ!最長記録です!」

「おお!おめでとうございます!」

 執務室にいた側近達が一斉に拍手をした。ドアの外にいる者たちは驚いているに違いない。

「薬は飲んでませんし。何故でしょうね?んん?1ヶ月前と言えば…」

 コージィはニタリと腐った笑みを浮かべた。

「マリオン君を雇った頃じゃないですか~。いやん♡ 殿下ったら」

「何を馬鹿な事を。さあ、明日から視察だ。仕事を片付けろ」

 その翌日から、皇太子と側近達は2週間をかけて視察に出た。直轄領を隈なく周り、帝都に戻った頃、また頭痛が襲ってきた。久しぶりのせいか、耐え難い痛みだ。やっとのことで馬車を降りて宮の扉まで歩いたが、

「お帰りなさいませ…皇太子殿下?!」

 足がもつれ、咄嗟に白金の髪のドアマンが受け止めた。

「マリオンはそのまま、部屋までお支えして。マネケン、侍医を呼んで」

 コージィがテキパキと指示を出す。ヴィクターは白金の髪に寄りかかりながら自室に向かった。すると嘘のように痛みが去った。

「もう良い。治った」

 だがマリオンが怪訝な顔で離れようとしたので、

「いや。やはり部屋まで」

 と言って、ベッドまで支えさせた。宮廷医が駆けつけて診察をしたが、不思議と痛みは消えていた。これ程短時間で治ったのは初めてだった。


          ◇

 
 「ちょっと、マリオン君」

 数日後の夕方、勤務を終えたマリオンはコナー卿に呼び止められた。金髪碧眼の素晴らしい美人で、公爵令嬢でありながら皇太子殿下の側近を務める才女だ。

「何でございましょう?」

「ついてきて」

「はい」

 マリオンはどこかの省庁に連れて行かれた。物々しい護衛が立つ、奥まった部屋のドアをコナー卿がノックする。

「失礼します」

 中に入ると、皇太子殿下の側近数人が振り向いた。奥のソファにヴィクター殿下が横たわり、目を閉じて左のこめかみを押さえていらっしゃる。コナー卿はマリオンを前に押し出した。

「…さあ、マリオン君。殿下の頭痛を治して差し上げて」

「は?」

「どこの王家にもあるでしょ?聖なるパワーとか、古えから伝わる秘術とか」

「すみません。ありません」 
 
 その場にいた全員が、がっかりしたのが感じられ、マリオンは居た堪れなかった。それでつい、余計な事を言ってしまった。

「あの、頭痛なら、ここのツボを押すと良いですよ」

 偏頭痛持ちだった祖母から教わった。人差し指と親指の骨の交差する場所を押すと、痛みが和らぐらしい。

「ツボ?聞いたことが無いわね」

「ここです」

 意外にも帝国では知られていないらしい。マリオンは自分の手を使って教えたが、上手く伝わらなかった。すると、苛立った声で殿下が命じた。

「押せ」

 驚いてコナー卿を見たが、やれ、と顎をしゃくられた。仕方ない。直接触れるのは憚られるので、ハンカチ越しに殿下の大きくて滑らかな御手を、強く押した。

「…治った。ご苦労」

 1回押しただけで、殿下はムクリと上体を起こした。側近方が一斉に拍手をする。コナー卿は興奮してマリオンの肩を叩いた。

「あるじゃないの!王家の聖魔法!」

 違います。ツボです。何回も否定したが、聞いてもらえずに、結局、1日1回、殿下のツボを押す役目を仰せつかった。


          ◆


 頭痛の原因の一つは見合いだ。25歳の皇太子が独身なのは問題だと、母親が山のように縁談を持ってくる。忙しいヴィクターには時間の無駄にしか思えない。

「じゃあ、こっちで決めますよ。どれにしようかな~」

 釣書を見比べながら、コージィが次の相手を探し始めた。皇子は片手をマリオンに預けながら、気のない返事をした。

「好きにしろ。…マリオン。肩も凝った」

「はい。では、失礼して御首を触らせていただきます」

 男にしては小さな手が彼の頸を押した。最近、休憩時には必ずマリオンを呼ぶ。ツボ押しという治療のおかげで頭痛は出なくなっていた。

「マリオン君はどの子が良い?」

 コージィは絵姿をテーブルに並べた。流行りの化粧とドレス姿ばかりで、どれも同じに見える。マリオンは恐れ多いと言って辞退したが、コージィに選べと命じられて渋々、一枚の絵を選んだ。

「何でこの子?理由は?」

「とてもお美しい黒髪なので。殿下とよく似たお子様が生まれるのでは、と」

 思わず見上げると、若葉色の瞳が優しく微笑んでいた。

「もう!どんだけ殿下が好きなのよ。よし、黒髪黒目のヴィクター2世作戦で行こう!」

「それは良い!はははは!」

 周りで聞いていた側近達が、どっと笑った。マリオンは静かに一礼して下がった。そう言えば彼も25歳だと言っていた。婚約者はいたのか。ハンカチには見事な刺繍が施してあった。気になったので後日尋ねると、

「いません。修道院に入る予定でしたので。刺繍は趣味で…」

 という答えが返ってきた。後継に男子が生まれ、スペアの王子は用無しか。ならば人質期間が明けたら正式に帝国貴族にしよう。頭痛の件もあるが、ヴィクターはマリオンを手放し難い人材だと思い始めていた。
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