上 下
1 / 27

01 間違えられて

しおりを挟む
          ◇


 辺境の小国、クレイプ王国のマリオン姫は今、人質として連行されている。行き先はゴダイバ帝国の都だ。揺れる馬車の中で、大使のモロゾフ伯爵が今後の予定を説明していた。

「ドレスが仕上がるまでは私の屋敷でお過ごしください。寸法は送ってあるので、あとは微調整で済むはずです」

 姫は白金の豊かな髪と若葉色の瞳を持つ美人だが、いかんせん背が高い。あまりに女の服が似合わないので、普段から男の服を着ていた。故に嫁の貰い手も無く、帝国から直系の姫を求められなければ、修道院に入る予定だった。

「支度が整い次第、乙女の宮にご案内します。何かご質問は?」

「ございません」

 大きな体に似合わず、マリオンは小さな声で答えた。老伯爵は励ますように言った。

「何でもこのモロゾフにご相談ください。さあ、帝国語のレッスンをしましょう。言葉ができれば宮での生活も楽しめますよ」

 伯爵は親切にも人質の姫に帝国語を教えてくれた。マリオンはつたない発音で教本を読み、熱心に勉強した。その甲斐あって挨拶程度はできるようになった。だが帝都に着いた夜、モロゾフ伯爵は卒倒して意識不明となってしまった。


          ◇


 マリオンは食事を運ぶ使用人に伯爵の病状を尋ねた。しかし言葉が通じないのか、よほど具合が悪いのか、教えてくれない。遠い異国で頼れるのは伯爵だけだ。祈るような気持ちで過ごしていると、数日して小太りの男が来た。

「お待たせしました。代理のモック男爵と申します。今から皇宮へお連れします」

 と言って、男爵はマリオンと手荷物だけを馬車に積み込むと伯爵邸を後にした。

(モロゾフ伯爵は亡くなったのかもしれない)

 ドレスはまだ仕上がっていない。化粧品や装飾品なども、これから購入する予定だった。だが帝国語では込み入った話ができず、マリオンは途方に暮れた。


          ◆


「クレイプ王国のマリオン王女?王子の間違いでは?」

 モック男爵は皇宮の門で書類の不備を指摘された。薄暗い馬車の中で返された書類を見ると、確かに「王女」となっている。伯爵家から急に押し付けられた仕事だったので、よく読んでいなかった。

「そうだな。どう見ても男だな」

 男物の服を着ているし、ヒョロリとしているが男爵より背が高い。モロゾフ伯爵が書き間違えたのだろう。男爵は係官に訊いた。

「じゃあ、どこへ連れて行けば良い?」

「さあ。自分には分かりかねます」

 係官は年嵩の官僚を呼んできた。あれやこれや話し合った末、先例に従って人質の王子用の小屋に連れて行くことにした。

 マリオン王子が何か言っているが、全然分からない。王子なら帝国語ぐらいマスターしておくべきだ。綺麗な顔をしているのに、残念な男だな。男爵は哀れみの目で異国の王子を見た。

「では私はこれで。ごきげんよう。マリオン殿下」

 小屋の管理人に王子を預け、モック男爵の仕事は終わった。


          ◇


 皇宮の壮麗な庭の裏に侘しい小屋が建っていた。どう見ても乙女の宮ではない。マリオンはモック男爵とやらに何度も確認したが、通じなかった。男爵は馬車に乗って去り、庭師風の中年の男が小屋の鍵を開けて入れと手招きした。

「寝室はそこ。井戸と便所は外だ」

 伯爵邸を出たのが夕方なので、もうとっぷりと暮れている。庭師はランプを点けて、外国人にも分かる発音で小屋の中を案内した。

「夜の10時過ぎたら、出るな。いいな?」

「は…はい」

「明日の朝、また来る」

 と言って、庭師は出て行った。残されたマリオンは呆然と突っ立っていた。何かの間違いだ。今からでもモック男爵に訴えよう。そう思って小屋のドアを開けたが、外は闇に包まれていた。遠くでゴーンと鐘が10回鳴った。出ては行けないと言われたのを思い出し、マリオンは朝を待つことにした。


          ◇


 埃臭いベッドで寝て起きたら体が痒い。マットレスにダニが居る。翌朝、マリオンはやってきた庭師に身振り手振りで伝えた。

「掃除しろ」

 庭師はあっさりと言った。

「あの。私、王女、です。ここ、間違い、です。モック男爵、言ってください」

 マリオンは下手な帝国語で訴えた。庭師は何処かから掃除道具を持ってきて、彼女に押し付けた。

「面白い冗談だな。どっちでも同じさ。自分の事は自分でするんだ。嫌なら金を払え。国元に頼んで送ってもらいな」

 さっと血の気が引いて、彼女はよろめいた。箒を握りしめてブルブルと震えていると、庭師は箪笥から粗末なシャツとズボンを取り出して、放って寄越した。

「オレは親方と呼べ。それに着替えてついて来い。仕事をやる。飯が食いたきゃ働け」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

あたし、今日からご主人さまの人質メイドです!

むらさ樹
恋愛
お父さんの借金のせいで、あたしは人質として連れて行かれちゃった!? だけど住み込みでメイドとして働く事になった先は、クラスメイトの気になる男の子の大豪邸 「お前はオレのペットなんだ。 オレの事はご主人様と呼べよな」 ペット!? そんなの聞いてないよぉ!! 「いいか? 学校じゃご主人様なんて呼ぶなよ。 お前がオレのペットなのは、ふたりだけの秘密なんだからな」 誰も知らない、あたしと理央クンだけのヒミツの関係……! 「こっち、来いよ。 ご主人様の命令は、絶対だろ?」 学校では、クールで一匹狼な理央クン でもここでは、全然雰囲気が違うの 「抱かせろよ。 お前はオレのペットなんだから、拒む権利ないんだからな」 初めて見る理央クンに、どんどん惹かれていく ペットでも、構わない 理央クン、すき_____

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

処理中です...