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プロローグ

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「いいか睡蓮すいれん、よく聞けよ」

 俺の身体を抱えた親友のみつるが、神妙な面持ちで口を開いた。雨のせいか朦朧とした意識のせいか、はたまた密着した充の体温が心地いいからか、声が遠くに聞こえる。
 俺、どうして倒れてるんだっけ。雨が降ってて、急いで帰ろうと思って……

「お前の上に雷が落ちたんだ。 正直死んだと思ったよ……」

 あぁ、そうだ。雷だ。眩しいと思った瞬間、身体が重くなって、そんで、すげー熱くて、どうしようもなく痛くて……
 そう考えたとき、ズキンと右目に燃えるような痛みが走った。顔をしかめる。

 視界にちらついた何かが起き上がる。発した呻き声は低いが芯の高さから女の声だというのがわかる。
 充の話よりもそっちに気を取られてしまい、痛む目とは逆の目でそちらを見た。

 俺と同じ色の髪。母親に似て色素の薄い俺は、普通のやつよりも幾分か髪色が明るい。その髪がだらりと垂れ、ぬかるんだ地面について泥だらけになっている。

 …………?
 あれ、なんだこいつ。女なのに学ラン着てる……しかもなんか、見覚えがあるやつだ。
 裏地に刺繍された睡蓮の花。俺の名前と同じその花をあしらった洋ランは、確かに俺のもののはずなのに。でも、今着てるこれも、俺の……

「それで、な……お前に雷が落ちた時、お前の身体が裂けたんだよ。 いや、裂けたというよりも……『分裂した』んだ」

 分裂?
 意味が分からない、充は一体何を言っているんだろうか。
 だけど充の声は真剣そのもので、疑う気にはなれなかった。

 不意に、女と目が合った。汚れた髪の隙間からこちらを見るその目と視線が交わった瞬間、傷ついて開かないはずの目が激しく痛み出したのだ。
 反射的に目をかばう。女も自分の目を手で覆いながら呻き始めるが、痛むのは俺とは逆の目のようだった。

 痛い、痛い、痛い。
 このまま意識を失えたらどんなに楽だろう。だけどまた朦朧としながらも無意識に踏ん張った俺は、息も絶え絶えに女の腕を掴んだ。

「おい、名前……おまえ、誰……だ」

 腕を掴んだ勢いで女の身体が倒れてくる。女は呻くように名乗った。
 だがその女の名前は、生まれた時から何度も聞いた名前だった。

「睡蓮……杢葉もくば、睡蓮……」

 なんだ、それ。それは俺の名前のはずなのに。

「睡蓮? おい、睡蓮!」

 まだ聞きたいことがあるのに、身体が急に重くなる。
 充が俺の名前を呼ぶ声が遠く感じる。さらに遠くの方からは、甲高い機械的な声を上げるなにかが聞こえてきた。

 俺、死ぬのかな。
 死ぬんだったら、最後、充……に…………
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