49 / 57
彼の前に現れた彼女、彼は2度と彼女を離さない
しおりを挟む
アベリアが侯爵の邸へ向かって出発した頃だった。
侯爵邸の中では庭師とデルフィーが、こんなやり取りをしていた。
「ご当主、いい加減に庭の雑草を刈り取る許可をください。庭師の儂が、まるで仕事をしてないように思われております。このままじゃぁ、邸の中だけじゃなく、領地中から笑い者にされます」
「駄目だ、あの草は雑草ではない。あのままにしておいてくれ」
「とは言ってもあのドクダミ、放っといたらもう少しで枯れますよ。もし、何かに使うのでしたら、儂が刈っときますから」
「枯れる……そんな。でも、刈っては駄目だ。確か……根のついたまま抜いていたはずだ。それから……。いや、私も一緒に作業する」
デルフィーは、領地の邸の為に新たに雇った使用人たちへ、庭の草を刈り取ることを禁止していた。
彼は、アベリアが戻ってきた時に悲しまないようにと、彼女が化粧水を作っていたドクダミをそのままにしていた。
新しく雇い入れた庭師から、これまで再三にわたり苦情を言われていたにもかかわらず。
だけど、そのまま枯らしてしまえば、あの草は使えなくなる。
彼は慌てながら、邸の裏のドクダミを抜くよう指示を出した。
自分自身も、1年前にアベリアが作業していた事を思い出しながら、それを抜き始めていた。
門から見える場所のドクダミは、彼女が訪ねて来た時の為に、最後まで残しておきたかった。
この草に触れれば、必然的にあの頃の彼女の姿を思い浮かべたデルフィー。
彼女の「雑草じゃない」という声も聞こえた気がした。
そんな時は、彼女が訪ねて来ないか、門を見るのがすっかり癖になっている。
いつも、その期待は裏切られるのは分かっている。でも、しないという選択もない。
――――
「ぁ……アベリア様」
居ないと思っていたその場所に、彼女の後ろ姿があった。
外の暑さも気にせず、黙々と草をむしっていたデルフィー。幻覚を見ている気分だった。
彼がこれまで思い描いていた通りの姿。ゆったりとした服を着た彼女。
彼女は、彼が自分の事に気が付いたことを知らないまま、邸から遠ざかっていく。
「まっ待って、行かないでください……」
全速力で走りだすデルフィー。
どんなに離れていても、身重の彼女を逃すような、弱弱しい彼ではなかった。
まだ、彼女までの距離は少しあった。でも、抑えられないデルフィーは彼女へ声をかける。
「……アベリア様……、お帰りを、ずっと、お待ちしていました」
彼は、走る速度をさらに上げて、一気に彼女へ近づく。
「アベリア様っ」
彼女の名を呼び、背中から抱きしめる彼。
「えっ」
彼女が振り向いてもいないのに、我慢できない彼は、そのまま続ける。
「もう、離しません! 王都のあの邸へ向かわせたことを、ずっと後悔していました。こうやって、私の腕の中に、あなたを再び抱きしめる日を、……どれだけ待ち望んだことか」
「デルフィー……」
やっと、彼女が彼に向かって振り返る。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
デルフィーからの突然の求婚。
それに驚きも戸惑いも、混乱もしたアベリア。
だけど、湧き出た感情は「言葉にできない喜び」だった。
それなのに。
「だって……。デルフィーは……他にもっと……」
「私には、あなた以上に欲しいものはありませんから」
「そんな、急に……」
「もう、遅すぎて、言い訳もありません。あの日『応えられない』などと、愚かな事を言ってしまった私の事が許せないのでしたら、それでも構いません。そう思われてもおかしくない事をしていますから」
「デルフィは何も……」
「それは、アベリアが一番わかっているでしょう」
アベリアの大きなお腹へ視線を向ける彼。
「アベリアが、私の事を拒む理由がなければ……、その子へ父と称することを、許していただけませんか」
はにかんだ笑顔をするアベリア。
彼には、この表情だけで十分だった。
「私の妻になってくれますね、アベリア。あなたの気持ちは?」
「……もう、デルフィーってば、分かってるくせに。私が断れるわけないでしょう。だって……、だって、忘れられないくらいデルフィーのことが好きなままなのに」
アベリアから、自分への気持ちは変わっていないと言われ、目が潤むデルフィー。
考える前に体が動いた。
これまでの空白の時間を埋めるように、人目も憚らず口づけをする2人。
長い長い口づけだけど、愛するアベリアを見つける日を待ち望んだデルフィーにとっては、まだまだ物足りなかった。でも、今は彼女の為に唇を離した。
アベリアは、デルフィーとの再会に突然の求婚、そして、熱い抱擁に口づけで思考が追い付かず、彼の唇が離れた後も、うっとりしつつも、ぽわぁーっとした表情をしていた。言葉の出ないアベリア。
アベリアを見つめるデルフィー。
「さあ、立ち話では疲れてしまいますからね、邸へ行きましょう」
……邸? えっ、どうして?
侯爵邸の中では庭師とデルフィーが、こんなやり取りをしていた。
「ご当主、いい加減に庭の雑草を刈り取る許可をください。庭師の儂が、まるで仕事をしてないように思われております。このままじゃぁ、邸の中だけじゃなく、領地中から笑い者にされます」
「駄目だ、あの草は雑草ではない。あのままにしておいてくれ」
「とは言ってもあのドクダミ、放っといたらもう少しで枯れますよ。もし、何かに使うのでしたら、儂が刈っときますから」
「枯れる……そんな。でも、刈っては駄目だ。確か……根のついたまま抜いていたはずだ。それから……。いや、私も一緒に作業する」
デルフィーは、領地の邸の為に新たに雇った使用人たちへ、庭の草を刈り取ることを禁止していた。
彼は、アベリアが戻ってきた時に悲しまないようにと、彼女が化粧水を作っていたドクダミをそのままにしていた。
新しく雇い入れた庭師から、これまで再三にわたり苦情を言われていたにもかかわらず。
だけど、そのまま枯らしてしまえば、あの草は使えなくなる。
彼は慌てながら、邸の裏のドクダミを抜くよう指示を出した。
自分自身も、1年前にアベリアが作業していた事を思い出しながら、それを抜き始めていた。
門から見える場所のドクダミは、彼女が訪ねて来た時の為に、最後まで残しておきたかった。
この草に触れれば、必然的にあの頃の彼女の姿を思い浮かべたデルフィー。
彼女の「雑草じゃない」という声も聞こえた気がした。
そんな時は、彼女が訪ねて来ないか、門を見るのがすっかり癖になっている。
いつも、その期待は裏切られるのは分かっている。でも、しないという選択もない。
――――
「ぁ……アベリア様」
居ないと思っていたその場所に、彼女の後ろ姿があった。
外の暑さも気にせず、黙々と草をむしっていたデルフィー。幻覚を見ている気分だった。
彼がこれまで思い描いていた通りの姿。ゆったりとした服を着た彼女。
彼女は、彼が自分の事に気が付いたことを知らないまま、邸から遠ざかっていく。
「まっ待って、行かないでください……」
全速力で走りだすデルフィー。
どんなに離れていても、身重の彼女を逃すような、弱弱しい彼ではなかった。
まだ、彼女までの距離は少しあった。でも、抑えられないデルフィーは彼女へ声をかける。
「……アベリア様……、お帰りを、ずっと、お待ちしていました」
彼は、走る速度をさらに上げて、一気に彼女へ近づく。
「アベリア様っ」
彼女の名を呼び、背中から抱きしめる彼。
「えっ」
彼女が振り向いてもいないのに、我慢できない彼は、そのまま続ける。
「もう、離しません! 王都のあの邸へ向かわせたことを、ずっと後悔していました。こうやって、私の腕の中に、あなたを再び抱きしめる日を、……どれだけ待ち望んだことか」
「デルフィー……」
やっと、彼女が彼に向かって振り返る。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
デルフィーからの突然の求婚。
それに驚きも戸惑いも、混乱もしたアベリア。
だけど、湧き出た感情は「言葉にできない喜び」だった。
それなのに。
「だって……。デルフィーは……他にもっと……」
「私には、あなた以上に欲しいものはありませんから」
「そんな、急に……」
「もう、遅すぎて、言い訳もありません。あの日『応えられない』などと、愚かな事を言ってしまった私の事が許せないのでしたら、それでも構いません。そう思われてもおかしくない事をしていますから」
「デルフィは何も……」
「それは、アベリアが一番わかっているでしょう」
アベリアの大きなお腹へ視線を向ける彼。
「アベリアが、私の事を拒む理由がなければ……、その子へ父と称することを、許していただけませんか」
はにかんだ笑顔をするアベリア。
彼には、この表情だけで十分だった。
「私の妻になってくれますね、アベリア。あなたの気持ちは?」
「……もう、デルフィーってば、分かってるくせに。私が断れるわけないでしょう。だって……、だって、忘れられないくらいデルフィーのことが好きなままなのに」
アベリアから、自分への気持ちは変わっていないと言われ、目が潤むデルフィー。
考える前に体が動いた。
これまでの空白の時間を埋めるように、人目も憚らず口づけをする2人。
長い長い口づけだけど、愛するアベリアを見つける日を待ち望んだデルフィーにとっては、まだまだ物足りなかった。でも、今は彼女の為に唇を離した。
アベリアは、デルフィーとの再会に突然の求婚、そして、熱い抱擁に口づけで思考が追い付かず、彼の唇が離れた後も、うっとりしつつも、ぽわぁーっとした表情をしていた。言葉の出ないアベリア。
アベリアを見つめるデルフィー。
「さあ、立ち話では疲れてしまいますからね、邸へ行きましょう」
……邸? えっ、どうして?
0
本作を読んでいただき、ありがとうございます。 本作は、緩急のある恋愛小説の為、途中に暴言等が含まれます。そこも含めての結末ですが、不快に思われる方もいるかもしれません。苦手な方は読み流しをおねがいします。 これからも、応援よろしくお願いします。 本作のタイトルロゴを作ってくれた、まちゃさんありがとうございます。
お気に入りに追加
1,820
あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる