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彼女は全てを手放し王都へ向かった。それに初めて気づく彼
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この日のヘイワード侯爵領の邸は、いつもと様子が違っていた。
アベリアの夫であるケビン・ヘイワード侯爵の手配した馬車が、邸の前に停まっていた。
それは、ヘイワード侯爵の命令で、アベリアを王都へ連れ戻す為の馬車だった。
領地を去るアベリアは、ラウルへ最後の確認をしていた。
「オリーブはもう少し黒くなってから摘果してオイルを絞ってね、お願いよ」
「って、アベリア様。それは分かりましたが……最後までそんな心配をして。僕としては王都へ行くアベリア様の方がよっぽど心配ですよ。社交界っていうのが終わったら早く戻ってきてくださいね」
ラウルからそう声をかけられたアベリアは、少し寂しそうな顔をしていた。
アベリアは、デルフィーと熱い夜を過ごした日以降、デルフィーへ自分の願いである、「侯爵家を2人で一緒に出よう」とは、口にしなかった。
それは、デルフィーであれば、きっと応えてくれると確信していたアベリアの切実な話だった。
自分の気落ちを伝えるのが苦手なうえ、自分以外を優先するアベリア。
自分の気持ちを伝えたあの日、デルフィーは躊躇していたし、それから何も言ってくることはなかった。
デルフィーの気持ちや生活を、自分の我がままで、無理に変えることは出来なかった。
アベリアは、侯爵が用意した馬車に笑顔を見せて乗り込み、王都へ戻って行った。
でも、彼女の胸の内は、笑っていなければ直ぐにでも涙がこぼれそうな程苦しかったし、引きつるような感覚がずっと続いていた。
アベリアは、誰にも気遣わせないようニコニコ笑って、領地を立ち去った。
――――…………。
アベリアがこの地を去った夕方、1日の仕事が終わる頃だった。
ラウルは、アベリアの気配がなくなって寂しくなり、デルフィーへ、ふと問いかけた。
以前から感じていたアベリアの違和感を、デルフィーと共感したかったからだ。
デルフィーであれば当然知っていることと思って、至って普通に話し始めた。
「社交界ってドレスで行くんじゃないんですか? なんでアベリア様はドレスを全部売っちゃったんですかね。やっぱりアレですか、流行とかで着れなくなっちまうもんなんですかね」
「いや、流石に多少の流行はあるが、全部が着れないドレスと言う事はないだろう……。――って、アベリア様はドレスを全て手放していたのかっ?」
「えっ、知らなかったんですか? 僕はてっきり知ってると思っていたけど。そうですよ、その前にも何か売っていたし、リンゴジュースを卸に行くようになってからは、ドレスも乗せて売りに行ってたんです。他にもいつも色々売っているみたいだったけど、僕が中身を聞いたのは、大きなカバンのそれだけですから」
「おい、ラウルは今朝出発した馬車に何を運んだ!」
「カバン一つだけですよ。王都のお邸に色々あるから持って行くものは無いって、アベリア様が言ってましたから」
デルフィーは、ラウルの言葉を最後まで聞く前に体が動いた。
そして、彼女が使っていた部屋へ、息が切れそうになりながら全力で走った。
走りながら、彼女の部屋を開けた時に見える光景が脳裏をよぎり、既に涙が滲んでいた。
初めて聞いた、アベリアの行動。
毎朝一緒に赤い香辛料を採りに行っている時も、自分の前で、彼女はそんな素振りを少しも見せ無かった。
彼は焦りつつも、信じられない気持ちでいっぱいだった。
(嘘だ、嘘だ、そんなはずはない)
あの日、彼女が持ってきたワイン。
あれは、この国から遥か遠くの限られた地域で作られたブドウを、門外不出の製法で作られた超高級品。
泡の立つワイン。
それは、この世界ではそれしか出回っていない。
だから、貴族でも易々と買えない代物。
そんなことは知っていた。
彼女が得たお金。
それで、この領地の機械を買い、侯爵へお金を送り、もう残っていない。
そんなことも、彼女が横で計算していたのを指摘していた自分は知っていた。
あのワインを、どうやって買ったのかなんて……、考えれば分かる事だったのに。いや、本当は、考えなくても分かるはずだった。どうして、気づかなかったのか。
慌てるデルフィーは、階段を転びそうになりながら駆け上がった。
アベリアの夫であるケビン・ヘイワード侯爵の手配した馬車が、邸の前に停まっていた。
それは、ヘイワード侯爵の命令で、アベリアを王都へ連れ戻す為の馬車だった。
領地を去るアベリアは、ラウルへ最後の確認をしていた。
「オリーブはもう少し黒くなってから摘果してオイルを絞ってね、お願いよ」
「って、アベリア様。それは分かりましたが……最後までそんな心配をして。僕としては王都へ行くアベリア様の方がよっぽど心配ですよ。社交界っていうのが終わったら早く戻ってきてくださいね」
ラウルからそう声をかけられたアベリアは、少し寂しそうな顔をしていた。
アベリアは、デルフィーと熱い夜を過ごした日以降、デルフィーへ自分の願いである、「侯爵家を2人で一緒に出よう」とは、口にしなかった。
それは、デルフィーであれば、きっと応えてくれると確信していたアベリアの切実な話だった。
自分の気落ちを伝えるのが苦手なうえ、自分以外を優先するアベリア。
自分の気持ちを伝えたあの日、デルフィーは躊躇していたし、それから何も言ってくることはなかった。
デルフィーの気持ちや生活を、自分の我がままで、無理に変えることは出来なかった。
アベリアは、侯爵が用意した馬車に笑顔を見せて乗り込み、王都へ戻って行った。
でも、彼女の胸の内は、笑っていなければ直ぐにでも涙がこぼれそうな程苦しかったし、引きつるような感覚がずっと続いていた。
アベリアは、誰にも気遣わせないようニコニコ笑って、領地を立ち去った。
――――…………。
アベリアがこの地を去った夕方、1日の仕事が終わる頃だった。
ラウルは、アベリアの気配がなくなって寂しくなり、デルフィーへ、ふと問いかけた。
以前から感じていたアベリアの違和感を、デルフィーと共感したかったからだ。
デルフィーであれば当然知っていることと思って、至って普通に話し始めた。
「社交界ってドレスで行くんじゃないんですか? なんでアベリア様はドレスを全部売っちゃったんですかね。やっぱりアレですか、流行とかで着れなくなっちまうもんなんですかね」
「いや、流石に多少の流行はあるが、全部が着れないドレスと言う事はないだろう……。――って、アベリア様はドレスを全て手放していたのかっ?」
「えっ、知らなかったんですか? 僕はてっきり知ってると思っていたけど。そうですよ、その前にも何か売っていたし、リンゴジュースを卸に行くようになってからは、ドレスも乗せて売りに行ってたんです。他にもいつも色々売っているみたいだったけど、僕が中身を聞いたのは、大きなカバンのそれだけですから」
「おい、ラウルは今朝出発した馬車に何を運んだ!」
「カバン一つだけですよ。王都のお邸に色々あるから持って行くものは無いって、アベリア様が言ってましたから」
デルフィーは、ラウルの言葉を最後まで聞く前に体が動いた。
そして、彼女が使っていた部屋へ、息が切れそうになりながら全力で走った。
走りながら、彼女の部屋を開けた時に見える光景が脳裏をよぎり、既に涙が滲んでいた。
初めて聞いた、アベリアの行動。
毎朝一緒に赤い香辛料を採りに行っている時も、自分の前で、彼女はそんな素振りを少しも見せ無かった。
彼は焦りつつも、信じられない気持ちでいっぱいだった。
(嘘だ、嘘だ、そんなはずはない)
あの日、彼女が持ってきたワイン。
あれは、この国から遥か遠くの限られた地域で作られたブドウを、門外不出の製法で作られた超高級品。
泡の立つワイン。
それは、この世界ではそれしか出回っていない。
だから、貴族でも易々と買えない代物。
そんなことは知っていた。
彼女が得たお金。
それで、この領地の機械を買い、侯爵へお金を送り、もう残っていない。
そんなことも、彼女が横で計算していたのを指摘していた自分は知っていた。
あのワインを、どうやって買ったのかなんて……、考えれば分かる事だったのに。いや、本当は、考えなくても分かるはずだった。どうして、気づかなかったのか。
慌てるデルフィーは、階段を転びそうになりながら駆け上がった。
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本作を読んでいただき、ありがとうございます。 本作は、緩急のある恋愛小説の為、途中に暴言等が含まれます。そこも含めての結末ですが、不快に思われる方もいるかもしれません。苦手な方は読み流しをおねがいします。 これからも、応援よろしくお願いします。 本作のタイトルロゴを作ってくれた、まちゃさんありがとうございます。
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