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売れなかった愛人の宝石
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王都の邸へ戻った侯爵は、愛人エリカと別邸で顔を合わせながら話をしていた。
正確には、おしゃべり好きなエリカの話を聞いている時間の方が多かった。
それは、何て事もない、いつもと同じ日常だった。
侯爵なりに、妻の父親に付け入られないように、正妻と愛人の違いを決めていた。
冷静で冷淡な男爵に隙を見せれば、一気に侯爵家を乗っ取られるような危険。薄々感じさせる何かが常に付きまとっていた。
何を企んでいるか分からない気味が悪い男の娘に、隙を見せる訳にもいかなかった。アベリアを通して、男爵へ侯爵家の情報を流される事を恐れていた。
そして、貴族には珍しくない愛妾を抱えていても、正妻を立てている、事実だけは作っておきたかった。
主邸の食堂で食べる晩餐に愛人エリカを招くことは無かったし、夫婦の部屋は愛人とは使っていなかった。
アベリアが新調した夫婦の寝台は、確かに誰にも使われないまま置かれていた。
侯爵は、アベリアが発した「月のもの」と言う言葉が頭から離れなかった。
妻が恥ずかしそうに発した一言。
それは、今まで見たことも無い恥じらった姿のアベリアだった。
いつもはピシャリと、ものを言うアベリアが、言いにくそうに口ごもっていた姿が可愛いいと感じ、胸に何かが引っかかっていた。
アベリアの潤んだ瞳も、侯爵の庇護欲を刺激していた。
そして、エリカの月のものが気になっていた。
「エリカ、最後の月のものはいつだ?」
余りの直球な質問にエリカも驚きはしつつも、この質問で、ふと考えた。
すると、しばらく無いどころか、相当前にあったきりだと気になりだした。
ケビンと出会う前まで、生きるために必死な生活を送っていたエリカにとって、自分の体を気にすることは殆ど無かった。
確かに、「最近太ってきたかな」と思っていたエリカだけど、その原因にも心当たりがあったから。
エリカは、料理長から、甘いものを毎日こっそりもらって、食べていたのだから。
最近気になっていたポッコリと出始めていたお腹は、自分の隠れた行動がバレないように、ケビンの前では必至に力を入れて、引っ込めるように意識していた。
「ケビン様、そう言われてみると、しばらく来ていないです。今まで気が付かなかったんですけど、もしかしてケビン様の子を身ごもっているかもしれません」
侯爵は、嬉しそうに話すエリカとは対照的な反応していた。
これが、昨日の夜に交わした話であれば、侯爵は、エリカの手を握り締めて喜びを伝えていた。だけど、今日はそんな気持ちにはならなかった。
アベリアが口にした、「不要な争い」が脳裏をかすめたせいだった。
そんな侯爵は、エリカへ「子どもの事は、まだ何も言えない」と、適当に応えて、この話題をやり過ごした。
自分の責任を取らない事を口にしたせいで気まずくなった侯爵。
どんな話題にすべきか悩んだけど、今日は伝えなければいけない事が決まっていた。
この数か月、なかなか言い出せなかった話題へ切り変えた。
「支払い期限が過ぎたままの請求に、督促が来た。エリカには悪いが、買ってやった宝石を全部出してくれ。明日金に換えてくる。この後に、また、余裕ができれば買ってやるから頼む」
侯爵は、愛人にこんな頼みはしたく無かったけど、背に腹は変えられなかった。
事態は一刻の猶予も無かった。督促が届いた以上、屋敷の差し押さえすらあり得る危うい状態だった。
侯爵は、女性に頭を下げる行為は、情けないと思いつつも、頭を下げて頼み込んだ。
正直なところ、次にいつ宝石を買ってやれるかも分からなかったし、買えるとも思っていなかった。
「嫌、だってこれは、あたしの大事な物だし、大好きなケビン様が買ってくれたものなんだから、売るなんて絶対にいや」
苦渋の中、頭まで下げた侯爵の気持ちとは裏腹に、エリカは、なかなか説得に応じない。
侯爵は、そんなエリカの態度に困り果て、その日はそのまま話を終える事にした。
翌朝、いつも通りエリカにあてがっている別邸で目を覚ました侯爵は、手放すことを嫌がるエリカから、半ば強引に全ての宝石持ち去った。
そして……。
侯爵は、1件目の宝石店で激昂していた。
「そんな馬鹿な話はあるか! これにどれだけ金を払ったと思っているんだっ! お前の目は節穴か? よく見ろ」
「ですから、何度も同じことをご説明していますが、これは、当店では買取できません」
「何だこの店は。お前の所では話にならん。もういいっ! こちらから願い下げだっ!」
侯爵は、苛立った態度を抑える事無く、1件目の宝石店を後にした。
その後も、王都中のも宝石店へ足を運んだけど、結果は全て同じだった。
(…………おわった……おわった。男爵に頼むか、屋敷か領地を売るか……。どうしたら良い。頼むから誰か教えてくれ)
宝石だと思っていたものが売れず、トボトボと歩いている時に頭に浮かんだのはアベリアだった。
彼女なら、再び危機に陥っているこの侯爵家をどうにかしてれるかもしれないと、淡い期待を抱いた。
勿論、自分がアベリアにしていた、これまでの態度から、絶対にありえないと分かっていた。
それでも今の侯爵には、アベリアだけが唯一の希望だった。
正確には、おしゃべり好きなエリカの話を聞いている時間の方が多かった。
それは、何て事もない、いつもと同じ日常だった。
侯爵なりに、妻の父親に付け入られないように、正妻と愛人の違いを決めていた。
冷静で冷淡な男爵に隙を見せれば、一気に侯爵家を乗っ取られるような危険。薄々感じさせる何かが常に付きまとっていた。
何を企んでいるか分からない気味が悪い男の娘に、隙を見せる訳にもいかなかった。アベリアを通して、男爵へ侯爵家の情報を流される事を恐れていた。
そして、貴族には珍しくない愛妾を抱えていても、正妻を立てている、事実だけは作っておきたかった。
主邸の食堂で食べる晩餐に愛人エリカを招くことは無かったし、夫婦の部屋は愛人とは使っていなかった。
アベリアが新調した夫婦の寝台は、確かに誰にも使われないまま置かれていた。
侯爵は、アベリアが発した「月のもの」と言う言葉が頭から離れなかった。
妻が恥ずかしそうに発した一言。
それは、今まで見たことも無い恥じらった姿のアベリアだった。
いつもはピシャリと、ものを言うアベリアが、言いにくそうに口ごもっていた姿が可愛いいと感じ、胸に何かが引っかかっていた。
アベリアの潤んだ瞳も、侯爵の庇護欲を刺激していた。
そして、エリカの月のものが気になっていた。
「エリカ、最後の月のものはいつだ?」
余りの直球な質問にエリカも驚きはしつつも、この質問で、ふと考えた。
すると、しばらく無いどころか、相当前にあったきりだと気になりだした。
ケビンと出会う前まで、生きるために必死な生活を送っていたエリカにとって、自分の体を気にすることは殆ど無かった。
確かに、「最近太ってきたかな」と思っていたエリカだけど、その原因にも心当たりがあったから。
エリカは、料理長から、甘いものを毎日こっそりもらって、食べていたのだから。
最近気になっていたポッコリと出始めていたお腹は、自分の隠れた行動がバレないように、ケビンの前では必至に力を入れて、引っ込めるように意識していた。
「ケビン様、そう言われてみると、しばらく来ていないです。今まで気が付かなかったんですけど、もしかしてケビン様の子を身ごもっているかもしれません」
侯爵は、嬉しそうに話すエリカとは対照的な反応していた。
これが、昨日の夜に交わした話であれば、侯爵は、エリカの手を握り締めて喜びを伝えていた。だけど、今日はそんな気持ちにはならなかった。
アベリアが口にした、「不要な争い」が脳裏をかすめたせいだった。
そんな侯爵は、エリカへ「子どもの事は、まだ何も言えない」と、適当に応えて、この話題をやり過ごした。
自分の責任を取らない事を口にしたせいで気まずくなった侯爵。
どんな話題にすべきか悩んだけど、今日は伝えなければいけない事が決まっていた。
この数か月、なかなか言い出せなかった話題へ切り変えた。
「支払い期限が過ぎたままの請求に、督促が来た。エリカには悪いが、買ってやった宝石を全部出してくれ。明日金に換えてくる。この後に、また、余裕ができれば買ってやるから頼む」
侯爵は、愛人にこんな頼みはしたく無かったけど、背に腹は変えられなかった。
事態は一刻の猶予も無かった。督促が届いた以上、屋敷の差し押さえすらあり得る危うい状態だった。
侯爵は、女性に頭を下げる行為は、情けないと思いつつも、頭を下げて頼み込んだ。
正直なところ、次にいつ宝石を買ってやれるかも分からなかったし、買えるとも思っていなかった。
「嫌、だってこれは、あたしの大事な物だし、大好きなケビン様が買ってくれたものなんだから、売るなんて絶対にいや」
苦渋の中、頭まで下げた侯爵の気持ちとは裏腹に、エリカは、なかなか説得に応じない。
侯爵は、そんなエリカの態度に困り果て、その日はそのまま話を終える事にした。
翌朝、いつも通りエリカにあてがっている別邸で目を覚ました侯爵は、手放すことを嫌がるエリカから、半ば強引に全ての宝石持ち去った。
そして……。
侯爵は、1件目の宝石店で激昂していた。
「そんな馬鹿な話はあるか! これにどれだけ金を払ったと思っているんだっ! お前の目は節穴か? よく見ろ」
「ですから、何度も同じことをご説明していますが、これは、当店では買取できません」
「何だこの店は。お前の所では話にならん。もういいっ! こちらから願い下げだっ!」
侯爵は、苛立った態度を抑える事無く、1件目の宝石店を後にした。
その後も、王都中のも宝石店へ足を運んだけど、結果は全て同じだった。
(…………おわった……おわった。男爵に頼むか、屋敷か領地を売るか……。どうしたら良い。頼むから誰か教えてくれ)
宝石だと思っていたものが売れず、トボトボと歩いている時に頭に浮かんだのはアベリアだった。
彼女なら、再び危機に陥っているこの侯爵家をどうにかしてれるかもしれないと、淡い期待を抱いた。
勿論、自分がアベリアにしていた、これまでの態度から、絶対にありえないと分かっていた。
それでも今の侯爵には、アベリアだけが唯一の希望だった。
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本作を読んでいただき、ありがとうございます。 本作は、緩急のある恋愛小説の為、途中に暴言等が含まれます。そこも含めての結末ですが、不快に思われる方もいるかもしれません。苦手な方は読み流しをおねがいします。 これからも、応援よろしくお願いします。 本作のタイトルロゴを作ってくれた、まちゃさんありがとうございます。
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