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夜、彼の部屋を訪れたのは、決意を固めた彼女
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「入るよっ」
そう言って、ひょいと部屋へ入ろうとするアベリア。
それに慌てるデルフィー。それもそのはず、彼1人が寝る為だけの部屋は、椅子さえ置いて無かったから。
あるのはベッドと小さなサイドテーブルが1つ。
女性と2人で話すのに適さないこの部屋へ、彼女を招き入れる訳にはいかなかった。
「アベリア様……。お話であれば別の場所が良いかと、ここには腰掛ける椅子もありませんから、場所を移しましょう」
何故かニコニコと楽しそうに笑っているアベリア。
「ここがいいの。私ね、実はワインってほとんど飲んだことがなくって。だから、どんなワインをこの領地で作ればいいのか分からないのよね。うふっ、私が買っていたワインを持ってきたから一緒に飲んで、これからどうするか考えましょう」
「あ……アベリア様、おっしゃっている意味は分かっていますか? 男の部屋に入り込んでワインなど飲んでは、どんな事になるかぐらい、お分かりになりませんか。もし、ワインを召し上がりたいのでしたら、食堂へ行きましょう」
「そんなことはいいの。もう、お願い分かるでしょ……。――執事なら、主の言ってる事に従ってよ」
――――。
アベリアが何を思い、この部屋に来ているのか、分からないような疎いデルフィーでは無かった。
それも分かった上で、彼女を説得できるのは、今しか無かった彼。
彼女からベッドの上で男女の行為を要求された時に、躊躇う言葉を伝え、彼女に恥をかかせる訳にはいかなかったし、拒める自信も無かったデルフィー。
それでも、自分が流されて彼女を抱いてしまっては、この先、侯爵にどのような仕打ちを受けるか分からないのだから、彼女の大切な物を喪失させる訳にはいかなかった。
今日の昼にやって来た侯爵の事で、彼女が自棄になっているのは、聡い彼には分かっていた。
彼も、彼女を手に入れたいほど愛おしかった。
それでも、思いとどまるのは、この邸を後にしてから、自分には彼女へ満足な生活を与えてあげられないのは明らかだったから。
この邸へ、高級な家具や調度品と一緒にやって来た彼女は、やはり自分には手の届かない貴族だった。
そしてまた、この領地で暮らす人々の為に、彼女から「侯爵夫人」としての立場を失わせる訳にはいかなかった。
動き出したばかりのこの領地には、まだ、アベリアが必要だった。
己の欲を彼女へ出せば、侯爵が彼女を貫いた時、彼女の裏切りを夫に確信させてしまう。
彼女の事を傷つける事は、自分には出来なかった。
少しの間、部屋の入り口で2人のやり取りは続いた。
普段であれば気づけた彼女の違和感も、自身の葛藤と闘いながら思考を巡らせていたデルフィーには分からなかった。
笑顔をみせながら無邪気にお願いしているように見せていたアベリア。
その彼女は、自分はデルフィーの主であると初めて主従関係を主張してまで、強引に己の願いを要求する程に追い詰められていた。
彼女は夫である侯爵の元へ帰りたくなかったし、帰れなかった。
逃げ込める実家も無かったし、父が助けてくれる見込みも無かった。
幼少期から父親の期待に応えるため、あらゆる教養を身に着け続けていた彼女。
彼女の人生は、出来ない、分からない、辛いと弱音を吐くことは許されなかったし、出来なかった。
限りなく自己肯定感の低い彼女は「助けて」の一言が言えなかった。
仕事や役割として自分の意見を言えても、自分の気持ちを伝える事は苦手だったし、伝え方も分かってなかった。
もし、彼女が愛と一緒に弱音も吐けていたら、彼女の人生は変わっていたのかもしれない。
それをデルフィーが知るのは、まだ1か月も先のこと。
そう言って、ひょいと部屋へ入ろうとするアベリア。
それに慌てるデルフィー。それもそのはず、彼1人が寝る為だけの部屋は、椅子さえ置いて無かったから。
あるのはベッドと小さなサイドテーブルが1つ。
女性と2人で話すのに適さないこの部屋へ、彼女を招き入れる訳にはいかなかった。
「アベリア様……。お話であれば別の場所が良いかと、ここには腰掛ける椅子もありませんから、場所を移しましょう」
何故かニコニコと楽しそうに笑っているアベリア。
「ここがいいの。私ね、実はワインってほとんど飲んだことがなくって。だから、どんなワインをこの領地で作ればいいのか分からないのよね。うふっ、私が買っていたワインを持ってきたから一緒に飲んで、これからどうするか考えましょう」
「あ……アベリア様、おっしゃっている意味は分かっていますか? 男の部屋に入り込んでワインなど飲んでは、どんな事になるかぐらい、お分かりになりませんか。もし、ワインを召し上がりたいのでしたら、食堂へ行きましょう」
「そんなことはいいの。もう、お願い分かるでしょ……。――執事なら、主の言ってる事に従ってよ」
――――。
アベリアが何を思い、この部屋に来ているのか、分からないような疎いデルフィーでは無かった。
それも分かった上で、彼女を説得できるのは、今しか無かった彼。
彼女からベッドの上で男女の行為を要求された時に、躊躇う言葉を伝え、彼女に恥をかかせる訳にはいかなかったし、拒める自信も無かったデルフィー。
それでも、自分が流されて彼女を抱いてしまっては、この先、侯爵にどのような仕打ちを受けるか分からないのだから、彼女の大切な物を喪失させる訳にはいかなかった。
今日の昼にやって来た侯爵の事で、彼女が自棄になっているのは、聡い彼には分かっていた。
彼も、彼女を手に入れたいほど愛おしかった。
それでも、思いとどまるのは、この邸を後にしてから、自分には彼女へ満足な生活を与えてあげられないのは明らかだったから。
この邸へ、高級な家具や調度品と一緒にやって来た彼女は、やはり自分には手の届かない貴族だった。
そしてまた、この領地で暮らす人々の為に、彼女から「侯爵夫人」としての立場を失わせる訳にはいかなかった。
動き出したばかりのこの領地には、まだ、アベリアが必要だった。
己の欲を彼女へ出せば、侯爵が彼女を貫いた時、彼女の裏切りを夫に確信させてしまう。
彼女の事を傷つける事は、自分には出来なかった。
少しの間、部屋の入り口で2人のやり取りは続いた。
普段であれば気づけた彼女の違和感も、自身の葛藤と闘いながら思考を巡らせていたデルフィーには分からなかった。
笑顔をみせながら無邪気にお願いしているように見せていたアベリア。
その彼女は、自分はデルフィーの主であると初めて主従関係を主張してまで、強引に己の願いを要求する程に追い詰められていた。
彼女は夫である侯爵の元へ帰りたくなかったし、帰れなかった。
逃げ込める実家も無かったし、父が助けてくれる見込みも無かった。
幼少期から父親の期待に応えるため、あらゆる教養を身に着け続けていた彼女。
彼女の人生は、出来ない、分からない、辛いと弱音を吐くことは許されなかったし、出来なかった。
限りなく自己肯定感の低い彼女は「助けて」の一言が言えなかった。
仕事や役割として自分の意見を言えても、自分の気持ちを伝える事は苦手だったし、伝え方も分かってなかった。
もし、彼女が愛と一緒に弱音も吐けていたら、彼女の人生は変わっていたのかもしれない。
それをデルフィーが知るのは、まだ1か月も先のこと。
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本作を読んでいただき、ありがとうございます。 本作は、緩急のある恋愛小説の為、途中に暴言等が含まれます。そこも含めての結末ですが、不快に思われる方もいるかもしれません。苦手な方は読み流しをおねがいします。 これからも、応援よろしくお願いします。 本作のタイトルロゴを作ってくれた、まちゃさんありがとうございます。
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