7 / 57
最愛となる主と従者の出会い
しおりを挟む
アベリアが夫を捨てた次の日、まだまだ太陽は高い所にある時間だったけれど、馬車に乗ったアベリアは、既にヘイワード侯爵領に入っていた。
車窓から景色を見渡すアベリアの視界には、光の加減で葉っぱが白く見える木々が映っている。
果樹園、まだ収穫の時期ではないようだけど、この先もずっと広大に続いているのはリンゴの木々かしら。……でも、温かいこの土地で、十分な収穫が出来ているのか? と、疑問を抱いたアベリア。
自分の父が目を付けた何か? は、王都の事業ではなく、領地にあるのではないかと考えているアベリア。だから、侯爵夫人の馬車移動は、侍女と呑気におしゃべりをする余裕は無かったし、まるで領地の視察のように、より多くのものを、目を凝らして見ていた。
邸の門のような所を通り抜け、直ぐに目に飛び込んで来たのは、雑草に負けて隠れるように咲いているゼラニウム。随分と管理がされていない門庭を見ていたアベリア。
御者が、侯爵領の邸に着いたことをアベリアへ伝えた。多分、この知らせが無ければ、ここが侯爵の邸とは思えなかったはずだ。
「奥様、こちらがヘイワード侯爵のお邸です。もう1台の荷馬車は、間もなく到着するでしょう。そちらに積んである荷物はとりあえず、扉の前まで運んでおきますから、後は邸に居る者に頼んでください」
「分かったわ。手間をかけて申し訳ないけど、お願いするわね」
――……。まるで、人が暮らす気配を感じない侯爵邸。
違和感を感じつつも、マネッチアと邸の扉に向かって歩き進める。
「お嬢様、このお邸は大丈夫でしょうか? 管理が行き届かないにしても、玄関の前にまで雑草が生えていますけど……」
マネッチアは、男爵家で仕えていた時の名残で、未だにアベリアの事をお嬢様と呼んでいた。
名ばかりの「奥様」と、王都の従者達から呼ばれるのが悲しかったアベリア。だから、アベリアの口からは何も言っていないのに、マネッチアが「お嬢様」と呼び続けてくれるのを嬉しく思っていた。
不安を口にするマネッチアの手前、アベリアは、虚勢を張っていた。自分自身も、この邸の雰囲気が、不安でたまらなかったけど、付き合いの長い侍女を困らせたくなかったから。
アベリアは、侯爵領の邸の事を、夫の侯爵からも、邸の執事からも聞いたことは無かった。でも、王都で管理している事業で大きな負債を抱えたとしても、国から任されている領地の事は、誰かが、それなりに管理していると思っていた。
けど……、自分が立っている侯爵の敷地は、ここしばらく、人の手入れがされていないのは明らかだった。玄関ポーチには、蜘蛛の巣がいくつもあって、人が暮らしている気配がない。
「う……ん、きっと誰かはいるはずだし、暮らすこと位は出来るんじゃないかしら」
とは言ったものの、マネッチアの言葉を否定しきれないアベリアは、ゴクッと唾を飲んでから呼び鈴を鳴らした――……。
呼び鈴に反応のない邸の前で、アベリアとマネッチアは無言のまま顔を見合った。
訪問者への対応が流石に遅過ぎる。この邸には誰もいないのだと諦め、次にどうすべきか邸の窓を探そうと思った、まさにその時――ガチャリっと重厚な扉が開いた。
そして、執事長にしては、まだ若すぎる男性が挨拶をして、突然やって来た彼女ら2人を出迎えてくれた。
「この邸を1人で管理しております、デルフィーと申します。まさかこちらに奥様がいらっしゃるとは、存じませんでした。何分に行き届かない事ばかりですが、奥様のお世話は、責任をもってさせていただきますので、ご安心ください」
どこかヘイワード侯爵に似ているデルフィー。
アベリアは、またしてもヘイワード侯爵の事を思い返していた。
悔しいけれど、あのヘイワード侯爵も口を開かなければ、切れ長な目に肉厚な唇は魅惑的で、綺麗に整った顔は彼女好みの美形であった。
その容姿のせいで、初めて会った一瞬だけ、男を知らない乙女の胸は、簡単に跳ね上がっていた。
もちろん、あの侯爵の性格によって、彼女にとっては異性を感じる対象からは、瞬時に外れていたけど。
彼女は、そんな遠い記憶は置き去ることにして、彼の言葉に驚いて詰め寄った。
「あなた1人で、このお邸を管理しているの⁉ 侯爵邸なのに庭師も調理人もメイドもいないってどういうこと?」
「奥様であればご存じかもしれませんが、この邸の当主が使用人に十分な給金を払わないものですから、彼らは順番に去っていきました。気がつけば私が最後の1人になっていた訳です。――まったく、当主はそのような説明も無しに、奥様をこちらに向かわせるなど、何を考えていることやら」
甘い声なのに、主人に媚びる訳ではない口調のデルフィー。
不覚にも初対面の男性の顔に見とれてしまい、頬を紅潮させて凝視するアベリア――。
結婚しても未だに男を知らない彼女は、純情なままだった。
夫に似ていると思った彼はやっぱり、彼女好みの容姿だったし、夫やこれまでの従者とは違う優しい口調が、彼女の心を喜ばせていた。
車窓から景色を見渡すアベリアの視界には、光の加減で葉っぱが白く見える木々が映っている。
果樹園、まだ収穫の時期ではないようだけど、この先もずっと広大に続いているのはリンゴの木々かしら。……でも、温かいこの土地で、十分な収穫が出来ているのか? と、疑問を抱いたアベリア。
自分の父が目を付けた何か? は、王都の事業ではなく、領地にあるのではないかと考えているアベリア。だから、侯爵夫人の馬車移動は、侍女と呑気におしゃべりをする余裕は無かったし、まるで領地の視察のように、より多くのものを、目を凝らして見ていた。
邸の門のような所を通り抜け、直ぐに目に飛び込んで来たのは、雑草に負けて隠れるように咲いているゼラニウム。随分と管理がされていない門庭を見ていたアベリア。
御者が、侯爵領の邸に着いたことをアベリアへ伝えた。多分、この知らせが無ければ、ここが侯爵の邸とは思えなかったはずだ。
「奥様、こちらがヘイワード侯爵のお邸です。もう1台の荷馬車は、間もなく到着するでしょう。そちらに積んである荷物はとりあえず、扉の前まで運んでおきますから、後は邸に居る者に頼んでください」
「分かったわ。手間をかけて申し訳ないけど、お願いするわね」
――……。まるで、人が暮らす気配を感じない侯爵邸。
違和感を感じつつも、マネッチアと邸の扉に向かって歩き進める。
「お嬢様、このお邸は大丈夫でしょうか? 管理が行き届かないにしても、玄関の前にまで雑草が生えていますけど……」
マネッチアは、男爵家で仕えていた時の名残で、未だにアベリアの事をお嬢様と呼んでいた。
名ばかりの「奥様」と、王都の従者達から呼ばれるのが悲しかったアベリア。だから、アベリアの口からは何も言っていないのに、マネッチアが「お嬢様」と呼び続けてくれるのを嬉しく思っていた。
不安を口にするマネッチアの手前、アベリアは、虚勢を張っていた。自分自身も、この邸の雰囲気が、不安でたまらなかったけど、付き合いの長い侍女を困らせたくなかったから。
アベリアは、侯爵領の邸の事を、夫の侯爵からも、邸の執事からも聞いたことは無かった。でも、王都で管理している事業で大きな負債を抱えたとしても、国から任されている領地の事は、誰かが、それなりに管理していると思っていた。
けど……、自分が立っている侯爵の敷地は、ここしばらく、人の手入れがされていないのは明らかだった。玄関ポーチには、蜘蛛の巣がいくつもあって、人が暮らしている気配がない。
「う……ん、きっと誰かはいるはずだし、暮らすこと位は出来るんじゃないかしら」
とは言ったものの、マネッチアの言葉を否定しきれないアベリアは、ゴクッと唾を飲んでから呼び鈴を鳴らした――……。
呼び鈴に反応のない邸の前で、アベリアとマネッチアは無言のまま顔を見合った。
訪問者への対応が流石に遅過ぎる。この邸には誰もいないのだと諦め、次にどうすべきか邸の窓を探そうと思った、まさにその時――ガチャリっと重厚な扉が開いた。
そして、執事長にしては、まだ若すぎる男性が挨拶をして、突然やって来た彼女ら2人を出迎えてくれた。
「この邸を1人で管理しております、デルフィーと申します。まさかこちらに奥様がいらっしゃるとは、存じませんでした。何分に行き届かない事ばかりですが、奥様のお世話は、責任をもってさせていただきますので、ご安心ください」
どこかヘイワード侯爵に似ているデルフィー。
アベリアは、またしてもヘイワード侯爵の事を思い返していた。
悔しいけれど、あのヘイワード侯爵も口を開かなければ、切れ長な目に肉厚な唇は魅惑的で、綺麗に整った顔は彼女好みの美形であった。
その容姿のせいで、初めて会った一瞬だけ、男を知らない乙女の胸は、簡単に跳ね上がっていた。
もちろん、あの侯爵の性格によって、彼女にとっては異性を感じる対象からは、瞬時に外れていたけど。
彼女は、そんな遠い記憶は置き去ることにして、彼の言葉に驚いて詰め寄った。
「あなた1人で、このお邸を管理しているの⁉ 侯爵邸なのに庭師も調理人もメイドもいないってどういうこと?」
「奥様であればご存じかもしれませんが、この邸の当主が使用人に十分な給金を払わないものですから、彼らは順番に去っていきました。気がつけば私が最後の1人になっていた訳です。――まったく、当主はそのような説明も無しに、奥様をこちらに向かわせるなど、何を考えていることやら」
甘い声なのに、主人に媚びる訳ではない口調のデルフィー。
不覚にも初対面の男性の顔に見とれてしまい、頬を紅潮させて凝視するアベリア――。
結婚しても未だに男を知らない彼女は、純情なままだった。
夫に似ていると思った彼はやっぱり、彼女好みの容姿だったし、夫やこれまでの従者とは違う優しい口調が、彼女の心を喜ばせていた。
0
本作を読んでいただき、ありがとうございます。 本作は、緩急のある恋愛小説の為、途中に暴言等が含まれます。そこも含めての結末ですが、不快に思われる方もいるかもしれません。苦手な方は読み流しをおねがいします。 これからも、応援よろしくお願いします。 本作のタイトルロゴを作ってくれた、まちゃさんありがとうございます。
お気に入りに追加
1,820
あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる