私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
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何も知らない妹による計画の崩壊①
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観劇から一週間──。
いよいよ今日は、ラングラン公爵家を訪問する予定である。
この先のことを見据え、記憶喪失のふりをやめるつもりだ。
手順としては、大豪邸を見た瞬間に過去の記憶がよみがえった体で演技するつもりだ。
ラングラン公爵家で開催したパーティーの日と、全く同じ条件が整うのだから、うまくこなせるはず。
約束の時間まで、まだある。
私からの刺繍を彼は楽しみにしている気がして、レオナールへのハンカチのために、練習でもしようかしらと考えていると、兄が私を呼びに来た。
「アリア嬢が『エメリーを迎えに来た』と、エントランスにいるぞ」
「アリア様が? 変だなぁ」
「時間を勘違いしてたのか? ほらっ、早く用意しろよ」
レオナールとの約束の時間より、二時間も早い。
どういうことかしらと思う私は、我が家のエントランスに立つアリアと対面する。
そうすれば、にっこりと笑うアリアが口を開く。
「まあ、お久しぶりですわね、エメリーヌ様」
「お久しぶりです。えっと……」
「ああ~、そうでしたわね。婚約発表のパーティー以降、あなたの記憶がないと伺っていたんでした。私はレオナールお兄様の妹の、アリアですわ」
「アリア様。忘れてしまって申し訳ございません」
「今日は、お兄様を驚かせようと思って、わたくしがエメリーヌ様を迎えに来たのですわ」
「驚かす……でございますか……」
「ええ。お兄様はまだ王城にいますけど、帰ってきたときに、エメリーヌ様が我が家にいると分かれば、きっと驚くはずですもの。サプライズに協力してくれないかしら」
やけに上機嫌に語る姿に違和感を覚えつつも、断わる理由もなく、アリアに合わせることにした。
馬車の中でアリアは、バイオリンが得意だとか、刺繍が得意だとか、以前聞いたようなことを、にこにこと楽しげに話していた。
意外なほど友好的な態度に、驚いてしまうのだが。
それよりも、記憶喪失のふりから卒業するつもりでいたのに、すっかり計画が崩れてしまい、そのことで頭がいっぱいなのだが。
そんな私はアリアに促されるまま、ラングラン公爵家の中庭へと案内された。
庭に長方形のテーブルを囲うように、ソファーが置かれている。
パステルイエローと白で統一された空間は、アリアが指示して用意たのだろう。
パステルグリーンのドレスを纏うアリアと、とてもマッチしている。
座るように促されたソファーに触れるかどうかのタイミングで、従者が紅茶を運んでくる。
お茶と一緒に、以前、レオナールが持って来たラングラン公爵家自慢のクッキーも目の前に並べられた。
お茶の準備が整ったのを確認したアリアが手を合わせると、私を見て言った。
「間もなくお兄様も戻って来ますし、先にわたくしたちだけで始めましょう」
「ええ、そうですわね」と、返した私は、アリアが紅茶に口をつけたのを見計らい、ティーカップを持つ。
「このクッキーは美味しいですから、ぜひ、食べてくださいまし」
「ありがとうございます」
早く早くと言わんばかりに勧めてくるアリアに合わせ、紅茶を含んだあとに、クッキーを頬張った。
レオナールが我が家に持ってきたものと、なんとなく違う気がするが、あの日はレオナールから強引に口へ運ばれ、感覚がおかしかったせいかもしれない。
レオナールが、恥ずかしげもなく「あ~ん」なんて言うから、後半は味も分からなかったのだから。
私がクッキーを食べている間、アリアは口を閉ざしているが、記憶喪失のボロが出ないよう、自分から話をふることはない。
アリアが黙っていれば沈黙が続き、間が持たない私はついクッキーに手がいく。
三枚目のクッキーを口に運ぼうとしたときだ、アリアが悲壮感を漂わせ言った。
「エメリーヌ様は、お可哀想ですわね。先日の事件で男に穢されたんですって。下賤な男の子を妊娠なさっているんじゃなくて?」
「いいえ、断じてありませんわ。あの日、私は何もされておりませんもの」
「ふっ──。やっぱりね。そんなことだと思っていたわ」
「なんですか……?」
アリアが顎を上げてにやりとする。
その得意げな顔から逃げたい気持ちに駆られる私は、レオナールが早く戻ってきてくれないかしらと、そぉーっと周囲を見回す。
だが、周囲に立っているのは、従者だけだ。
「あなたが記憶喪失という話は嘘なのね。私のお兄様を騙しているのでしょう」
「いいえ、そんなことはないわ」
「嘘ばっかり仰らないでくださいまし。記憶がないはずなのに、盗賊から何もされていないと、どうして断言できるのかしら。あなたを屋敷まで送っていた我が家の従者だって、一度はあなたから目を離しているのよ。その間は何があったのか『知らない』と言っているのに、おかしいじゃない」
「それは……」
「もう誤魔化さなくてもいいわよ。私の名前を知らないふりをなさっていたけど、私を見て嫌な顔をされていたから始めから分かりましたし」
自信満々言い張るアリアに、これ以上見苦しい嘘はつけないなと観念する。
「記憶が戻ったのは、最近ですわ」
「ふ~ん。それならどうしてお兄様にすぐに報告してあげないのかしら? 何か後ろめたいことがあるからでしょう」
「次に会うときに、言おうと思っていたからよ」
「いいえ! 記憶喪失なんて初めから嘘でしょう。前回のパーティーで『あなたは愛されていない』と教えてあげたから、お兄様の気を引くために演じたのでしょう」
「そうではないけど……」
偽装婚約を誤魔化すためだ、とも言えず、言葉に詰まる。
いよいよ今日は、ラングラン公爵家を訪問する予定である。
この先のことを見据え、記憶喪失のふりをやめるつもりだ。
手順としては、大豪邸を見た瞬間に過去の記憶がよみがえった体で演技するつもりだ。
ラングラン公爵家で開催したパーティーの日と、全く同じ条件が整うのだから、うまくこなせるはず。
約束の時間まで、まだある。
私からの刺繍を彼は楽しみにしている気がして、レオナールへのハンカチのために、練習でもしようかしらと考えていると、兄が私を呼びに来た。
「アリア嬢が『エメリーを迎えに来た』と、エントランスにいるぞ」
「アリア様が? 変だなぁ」
「時間を勘違いしてたのか? ほらっ、早く用意しろよ」
レオナールとの約束の時間より、二時間も早い。
どういうことかしらと思う私は、我が家のエントランスに立つアリアと対面する。
そうすれば、にっこりと笑うアリアが口を開く。
「まあ、お久しぶりですわね、エメリーヌ様」
「お久しぶりです。えっと……」
「ああ~、そうでしたわね。婚約発表のパーティー以降、あなたの記憶がないと伺っていたんでした。私はレオナールお兄様の妹の、アリアですわ」
「アリア様。忘れてしまって申し訳ございません」
「今日は、お兄様を驚かせようと思って、わたくしがエメリーヌ様を迎えに来たのですわ」
「驚かす……でございますか……」
「ええ。お兄様はまだ王城にいますけど、帰ってきたときに、エメリーヌ様が我が家にいると分かれば、きっと驚くはずですもの。サプライズに協力してくれないかしら」
やけに上機嫌に語る姿に違和感を覚えつつも、断わる理由もなく、アリアに合わせることにした。
馬車の中でアリアは、バイオリンが得意だとか、刺繍が得意だとか、以前聞いたようなことを、にこにこと楽しげに話していた。
意外なほど友好的な態度に、驚いてしまうのだが。
それよりも、記憶喪失のふりから卒業するつもりでいたのに、すっかり計画が崩れてしまい、そのことで頭がいっぱいなのだが。
そんな私はアリアに促されるまま、ラングラン公爵家の中庭へと案内された。
庭に長方形のテーブルを囲うように、ソファーが置かれている。
パステルイエローと白で統一された空間は、アリアが指示して用意たのだろう。
パステルグリーンのドレスを纏うアリアと、とてもマッチしている。
座るように促されたソファーに触れるかどうかのタイミングで、従者が紅茶を運んでくる。
お茶と一緒に、以前、レオナールが持って来たラングラン公爵家自慢のクッキーも目の前に並べられた。
お茶の準備が整ったのを確認したアリアが手を合わせると、私を見て言った。
「間もなくお兄様も戻って来ますし、先にわたくしたちだけで始めましょう」
「ええ、そうですわね」と、返した私は、アリアが紅茶に口をつけたのを見計らい、ティーカップを持つ。
「このクッキーは美味しいですから、ぜひ、食べてくださいまし」
「ありがとうございます」
早く早くと言わんばかりに勧めてくるアリアに合わせ、紅茶を含んだあとに、クッキーを頬張った。
レオナールが我が家に持ってきたものと、なんとなく違う気がするが、あの日はレオナールから強引に口へ運ばれ、感覚がおかしかったせいかもしれない。
レオナールが、恥ずかしげもなく「あ~ん」なんて言うから、後半は味も分からなかったのだから。
私がクッキーを食べている間、アリアは口を閉ざしているが、記憶喪失のボロが出ないよう、自分から話をふることはない。
アリアが黙っていれば沈黙が続き、間が持たない私はついクッキーに手がいく。
三枚目のクッキーを口に運ぼうとしたときだ、アリアが悲壮感を漂わせ言った。
「エメリーヌ様は、お可哀想ですわね。先日の事件で男に穢されたんですって。下賤な男の子を妊娠なさっているんじゃなくて?」
「いいえ、断じてありませんわ。あの日、私は何もされておりませんもの」
「ふっ──。やっぱりね。そんなことだと思っていたわ」
「なんですか……?」
アリアが顎を上げてにやりとする。
その得意げな顔から逃げたい気持ちに駆られる私は、レオナールが早く戻ってきてくれないかしらと、そぉーっと周囲を見回す。
だが、周囲に立っているのは、従者だけだ。
「あなたが記憶喪失という話は嘘なのね。私のお兄様を騙しているのでしょう」
「いいえ、そんなことはないわ」
「嘘ばっかり仰らないでくださいまし。記憶がないはずなのに、盗賊から何もされていないと、どうして断言できるのかしら。あなたを屋敷まで送っていた我が家の従者だって、一度はあなたから目を離しているのよ。その間は何があったのか『知らない』と言っているのに、おかしいじゃない」
「それは……」
「もう誤魔化さなくてもいいわよ。私の名前を知らないふりをなさっていたけど、私を見て嫌な顔をされていたから始めから分かりましたし」
自信満々言い張るアリアに、これ以上見苦しい嘘はつけないなと観念する。
「記憶が戻ったのは、最近ですわ」
「ふ~ん。それならどうしてお兄様にすぐに報告してあげないのかしら? 何か後ろめたいことがあるからでしょう」
「次に会うときに、言おうと思っていたからよ」
「いいえ! 記憶喪失なんて初めから嘘でしょう。前回のパーティーで『あなたは愛されていない』と教えてあげたから、お兄様の気を引くために演じたのでしょう」
「そうではないけど……」
偽装婚約を誤魔化すためだ、とも言えず、言葉に詰まる。
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