上 下
31 / 36

顔が赤いのはドレスのせい?②

しおりを挟む
 眠っているレオナールをしばらく見ているのだが、私の視線にも気づかずに、随分と気持ち良さげだ。

 彼ってば、こんな無防備な姿を私に晒して大丈夫なのかしらと、胸がざわざわしてしまう。

 以前の彼であれば、私の横で眠るなんて絶対にしなかったはずだ。

 令嬢たちから常々つけ狙われるレオナールが、外で気を抜くなんてあり得ないもの。

 今日も、優しい笑顔をずっと見せてくれていたけど、少しだけ彼の目が充血していた。

 彼は、私と会う時間を作るために相当無理をしているのだろう。

 そんな風に考えていると、舞台そっちのけで、レオナールを魅入ってしまう。

 令嬢から熱い視線を一身に集めるレオナールを、独占観賞しているんだもの。

 こうして見ていると、思わずうっとりする令嬢の気持ちは、分からないでもない。

 綺麗な肌に高い鼻。薄い唇が色っぽく、さらさらとした金髪に触れたい誘惑に駆られてしまう。

 今の彼なら撫でても怒らないだろうと考え、触れるか触れないかの寸前の所まで手を伸ばし、冷静になってやめた。

 安心しきって眠っている彼に触れてしまえば、起こしてしまうだろう。
 そうなるくらいなら、このまま静かに彼を見ていたい気がする。

 ──しばらくレオナールを見つめていたはずだが、不安げに「エメリー」と呼ぶ声が、見ていた夢に重なる。
 二回目は、先ほどより少し大きく聞こえた。

「エメリー」
 という声に反応して目を開くと、私を覗き込むように見ているレオナールの姿があった。

「あれ?」
「……良かった、目が覚めた」

「レオナール……。ん? あれ、どうして会場が明るいのかしら?」

「もうとっくに演劇は終わっているからね。それでも起きないから、エメリーの目が覚めないんじゃないかと心配になった」

 それを聞いて、思わずのけ反った。

 演劇から興味を失ったのは間違いないのだが、寝るつもりはなかったし、彼と二人して眠ってしまっては、何をしにきたのか訳が分からない。

「ごめんなさい。せっかく招待してくれたのに、寝てしまって……」

「いや、俺も眠ってしまったから、エメリーのことは言えない」

「ふふっ、私たちったら、デートの場所選びを間違えたかしら」

「どうかな~。俺としては、エメリーの近くが心地よくて癒やされたから、観劇に来て良かったけどね」
 やけにすっきりとした表情の彼が言う。

 彼への返答に戸惑う私は、周囲を見回し、閉館時間の迫る劇場に長居するわけにもいかないだろうと空気を読むことにした。

「とりあえず会場から出ましょうか」

 そうすれば、「そうだな」と言った彼に手を取られ、馬車へと向かった。

 二人きりの馬車の中でも、彼が手を繋いだまま離さないため、自然と距離が近い。

 絶対に好きになるはずないと思っていたのに、胸がドキドキと煩い。

 こうなってしまえば、いつもどんな顔をしていたかわからなくなり、どうも表情が定まらない。

「あ~あ、今日のデートも、あっという間に終わってしまったな。またしばらくエメリーに会えないのか」

「ふふっ、しばらくって言っても、たったの一週間でしょう。次はどこに行こうかしら?」

 露骨に寂しがる彼を見て、元気付けようと自分から誘ってしまった。

 そんなことを言う自分にハッとしたが、彼は気に留めることなく話を続けた。

「次はオペラでも行こうか?」
「ふふっ、それは同意し兼ねるわね」

「どうしてだ?」

「演劇の声を子守歌代わりにできる私たちなら、オペラに行けば、一瞬で爆睡するわよ」

「確かにな……」

「寝る気はなかったのに、今日の主役がピンクのドレスの女優だったということくらいしか、覚えていないわ」

「ん? 今日の主役は黄色のドレスの女優だけど」

「え~、レオナールも観ていないのに、どうして言い切るのよ」

「最後のカーテンコールで中央にいたのは、その女優だったからな」

「そう言われてしまうと、自信がないわね」

「帰りの馬車の中で、舞台の感想を言い合うのを楽しみにしていたのに、エメリーがこれでは無理だな」

「何よ。レオナールなんて、すぐに寝ていたじゃない」

「舞台よりもエメリーを見ている方が、有意義だからな。エメリーの横顔を見ていたはずなんだが、気づいたら拍手が鳴っていたんだ」

「私も眠っているレオナールを見ていたと思っていたら、起こされたわ」

「そんなに俺の顔が気になったのか?」

 嬉しそうに照れ笑いする彼に、「そうよ」と言うのは少しばかり釈然とせず、そのままそっとしておく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。 なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。 前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

処理中です...