私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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顔が赤いのはドレスのせい?①
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レオナールから届けられた赤いドレスを纏い、彼の到着を待つ。
湖のデートのときは、逃げるように自分の部屋で待っていたのだが、エントランスに近いリビングで待っているあたり、このデートを楽しみにしている自分もいる。
私だって、年ごろの乙女なんだし、優しくされたら嬉しいわけだし……。
彼のことだ。てっきり早めに訪ねてくるのではないかと思ったが、案外ギリギリだった。
彼に何かあったのかもしれない。大丈夫かしらと考えていたタイミングで、訪問を知らせる呼び鈴が鳴り、パタパタと急いでエントランスへと向かう。
そうすると、まっすぐこちらを見ている彼が言った。
「遅くなってしまい、申し訳ない」
「いいえ。忙しいのに時間を作ってくれてありがとう」
すると、口に手の甲を当てる彼が、照れたように言った。
「そのドレス……大人っぽい雰囲気のエメリーもいいな」
「着慣れない色だから、なんだか照れくさいわ」
「うん。赤くなっているエメリーが可愛い、ふふっ」
くすりと笑われ、ドキリとした。
まずい……。
私らしくない。無邪気に笑う彼にときめいてしまっているではないか……。
そうしてご機嫌な彼と向かった演劇場は、一般客とは違う入り口から案内された。
人の気配が全くない階段を登ることしばらく。高さ的には二階くらいまで登った気がする。
「ねえねえ、こっちで本当に合っているのかしら?」
「ああ」と、言い切る彼に従い登り続けると、見えてきた防音扉。その前には扉を管理する従業員の姿がある。
私たちを見れば、恭しく頭を下げ、扉を開けてくれた。
そうなれば、そのまま中へと入っていく。
すると、舞台を正面にする一角にもかかわらず、他の客がいない空間が広がる。
何も言わないレオナールは、一つだけ設置されているソファーへと歩みを進める。
「あの~、ここはどういうことかしら?」
背面の高いソファーに座ってしまえば、もうここは、私とレオナールしかいない空間だ。
今は幕が下りている舞台も、演目が始まれば照明で眩しくなるはず。
ここに座っている限り、レオナールと舞台しか視界に入らない。大層贅沢な環境である。
「今日は三階を貸し切りにした。これで誰の目も気にせず舞台に集中できるだろう」
「初めてなのに、こんな贅沢を知ってしまっては、次から普通の席に座れないわよ」
「逆に俺はここしか知らないぞ。エメリーはこれからも俺と一緒だから、ずっとこの席だろう」
さすが公爵家嫡男だ。感覚が浮世離れしている。挙句にそれが当然だと思っているのだから恐ろしい。
「そこにあるライトを点灯させれば、後ろに控えている従業員が御用聞きにくる。飲み物も食べ物も大概揃っているから、今のうちから注文しておくといいよ」
そう言われたけど、何か欲しいものは特になかったので、「分かったわ」とだけ返答した。
そんな会話を交わして少しすると、ブーというブザー音と共に、舞台の幕が上がった。
客席は一気に暗くなったが、反対に舞台が明るく照らされる。
今日の演目はよく覚えていない。恋愛の舞台だということは認識しているけど、偶然今、上演されている舞台というだけだ。
レオナールから、「次はどこに行こうか?」と聞かれ、人の気配のない川に行くよりも、俄然、演劇場の方がいいだろうと考えて提案したのが観劇だった。
私の想定では、両隣に他のお客さんもいるはずだったのだが、全く違った。
薄暗い中で二人きりになった。そのうえ仲睦まじく手を繋ぎ座っている。身動きも取れず気まずい……。
序盤、私をじっと見つめるレオナールからの熱い視線にドギマギしてしまい、話が全然頭に入ってこなかった。
舞台を全く見ないレオナールが、何を考えているのか、そのことばかりを考えてしまったのだから。
そのせいで、舞台を真っすぐ見ているくせに、話がよく分からなくなっている。
今は、その熱い視線も感じないし、彼はどんな真剣な顔で舞台を見ているのだろうと思い、横を見る。
すると、秀でた形の目を閉じ、私に寝顔を向けているではないか──。
湖のデートのときは、逃げるように自分の部屋で待っていたのだが、エントランスに近いリビングで待っているあたり、このデートを楽しみにしている自分もいる。
私だって、年ごろの乙女なんだし、優しくされたら嬉しいわけだし……。
彼のことだ。てっきり早めに訪ねてくるのではないかと思ったが、案外ギリギリだった。
彼に何かあったのかもしれない。大丈夫かしらと考えていたタイミングで、訪問を知らせる呼び鈴が鳴り、パタパタと急いでエントランスへと向かう。
そうすると、まっすぐこちらを見ている彼が言った。
「遅くなってしまい、申し訳ない」
「いいえ。忙しいのに時間を作ってくれてありがとう」
すると、口に手の甲を当てる彼が、照れたように言った。
「そのドレス……大人っぽい雰囲気のエメリーもいいな」
「着慣れない色だから、なんだか照れくさいわ」
「うん。赤くなっているエメリーが可愛い、ふふっ」
くすりと笑われ、ドキリとした。
まずい……。
私らしくない。無邪気に笑う彼にときめいてしまっているではないか……。
そうしてご機嫌な彼と向かった演劇場は、一般客とは違う入り口から案内された。
人の気配が全くない階段を登ることしばらく。高さ的には二階くらいまで登った気がする。
「ねえねえ、こっちで本当に合っているのかしら?」
「ああ」と、言い切る彼に従い登り続けると、見えてきた防音扉。その前には扉を管理する従業員の姿がある。
私たちを見れば、恭しく頭を下げ、扉を開けてくれた。
そうなれば、そのまま中へと入っていく。
すると、舞台を正面にする一角にもかかわらず、他の客がいない空間が広がる。
何も言わないレオナールは、一つだけ設置されているソファーへと歩みを進める。
「あの~、ここはどういうことかしら?」
背面の高いソファーに座ってしまえば、もうここは、私とレオナールしかいない空間だ。
今は幕が下りている舞台も、演目が始まれば照明で眩しくなるはず。
ここに座っている限り、レオナールと舞台しか視界に入らない。大層贅沢な環境である。
「今日は三階を貸し切りにした。これで誰の目も気にせず舞台に集中できるだろう」
「初めてなのに、こんな贅沢を知ってしまっては、次から普通の席に座れないわよ」
「逆に俺はここしか知らないぞ。エメリーはこれからも俺と一緒だから、ずっとこの席だろう」
さすが公爵家嫡男だ。感覚が浮世離れしている。挙句にそれが当然だと思っているのだから恐ろしい。
「そこにあるライトを点灯させれば、後ろに控えている従業員が御用聞きにくる。飲み物も食べ物も大概揃っているから、今のうちから注文しておくといいよ」
そう言われたけど、何か欲しいものは特になかったので、「分かったわ」とだけ返答した。
そんな会話を交わして少しすると、ブーというブザー音と共に、舞台の幕が上がった。
客席は一気に暗くなったが、反対に舞台が明るく照らされる。
今日の演目はよく覚えていない。恋愛の舞台だということは認識しているけど、偶然今、上演されている舞台というだけだ。
レオナールから、「次はどこに行こうか?」と聞かれ、人の気配のない川に行くよりも、俄然、演劇場の方がいいだろうと考えて提案したのが観劇だった。
私の想定では、両隣に他のお客さんもいるはずだったのだが、全く違った。
薄暗い中で二人きりになった。そのうえ仲睦まじく手を繋ぎ座っている。身動きも取れず気まずい……。
序盤、私をじっと見つめるレオナールからの熱い視線にドギマギしてしまい、話が全然頭に入ってこなかった。
舞台を全く見ないレオナールが、何を考えているのか、そのことばかりを考えてしまったのだから。
そのせいで、舞台を真っすぐ見ているくせに、話がよく分からなくなっている。
今は、その熱い視線も感じないし、彼はどんな真剣な顔で舞台を見ているのだろうと思い、横を見る。
すると、秀でた形の目を閉じ、私に寝顔を向けているではないか──。
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