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そんなこと、してませんよね⁉⑧

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 レオナールは怒るかしらと思ったが、意外にも、打ち明けることに難色を示さない彼が、素直に答え始めた。

「エメリーは覚えていないだろうけど、昔、この湖でエメリーに助けられたんだ」
「誰が?」

「俺が」

「私なんかが、どうしてレオナールを助けたのかしら?」

「はしゃいでボートから落ちた妹を、俺がボートへ押し上げたところまではよかったんだけど、パニックを起こした妹の足で顔を思い切り蹴られてしまい、意識が飛んだんだ。その俺をエメリーが助けてくれた」

「私が水に飛び込んで?」

「うん。今考えても、令嬢が水に入って泳ぐなんてあり得ないよな」

「小さい頃は毎日、この湖へ兄と遊びに来ていたらしいもの。泳ぎが得意だったんでしょう」

「俺に呼びかける声で目が覚めたら、エメリーの顔が目の前にあって──。空を背景にする姿が天使に見えたんだ。その瞬間、俺には一生この子しかいないなって確信した」

「ふふっ、大袈裟ね。私が助けにいかなくても、誰かが助けてくれたでしょう」

「いや、それはない。一緒にいた従者がカナヅチだったから、エメリーが助けてくれなければ、死んでいたかもしれない。今でも感謝しているんだ。ありがとな」

 何よ、嘘ばっかり──。

 今まで一度も聞いたことがないわよ。
 本当にそう思っていたのなら、どうして言ってくれなかったのしら⁉︎

 そう思って、彼の横顔をじっと見つめるけど、妙に演技がうまい。やけに真剣な顔をしているんだもの。

 だけど……。

 こんなことを言ってくれる恋人が、本当にいたら良かったのにと、胸にちくっと何かが刺さったような気がした。

 そんな風に考えていると、彼に振り回され続けているこの状況が、なんだか悔しくなってきた──。

 私の心をかき乱さないでよね!

 そう思った私は、湖の水面に手を伸ばし、水をすくうと、レオナールにパシャッと水をかけた。
「冷たいっ!」
 驚いた彼が叫んだ。

「ふふっ、一生懸命漕いでくれているから、涼しさのお裾分けよ」

 表情を失った真面目な顔のレオナールが、しばしの間、硬直する──。
 それから、ゆっくりとこちらを見た。

 よし! いつもの調子で罵倒してくるはずだと期待したものの、なぜかうまくいかず、くつくつと笑い始めた。

「くくっ。記憶がなくてもエメリーは、やっぱりエメリーのままだな」

「え? 以前もこんなことをしていたのかしら」

「まあな。俺にはいつも自由奔放にやりたい放題にしていたさ。だからかな……。エメリーを見ていると、いつも楽しかった」

「やりたい放題って……」

「いつも俺に遠慮の欠片もない言葉を浴びせていたんだぞ。なんだかいつもの調子が戻ってきたようで嬉しいよ」
 笑顔で言った。

 彼の言葉を嘘だと思う私は、お願いだから正気に戻ってくれと願い、もう一度水をかけようと、水面に手を伸ばそうとした。

 すると、ゆらゆらとボートが大きく動き、その拍子に体のバランスを崩して大きくぐらついた。

 あっ! 危ないッ、湖に落ちる!
 そう思ったそのときだ──。

 彼が私の身体を、いともたやすく片手で抱き寄せたかと思えば、そのまま、ぐいっとレオナールの体に密着させられた。

「こら、こら。楽しいのは分かるがはしゃぎすぎた。今日は風もあるんだ。こんな不安定な場所で急に動いたら危ないだろう」

 散々謎な話をぶっ込んでいたレオナールが、至極真面目な正論を言い出した。

 さすがに今のは自分が悪い。彼にいたずらしようとして、湖に落ちたのでは、全くもってしゃれにならないもの。

 反省する私は、しゅんと小さくなり、素直に大人しくなるしかなかった。

「ごめんなさい。レオナールが押さえてくれて助かったわ。ありがとう」

「謝らなくていいさ。俺の横で楽しんでいるエメリーの顔を見るのは嬉しいからな。前回会った時よりも元気になっているし、湖に来て正解だったのかな」

 否定しきれない私は、「そうね」と、答えておいた。

 ◇◇◇
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