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そんなこと、してませんよね⁉⑤

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 どうして待つのか気になって、つい尋ねてしまった。

「レオナールは、一時間も待つのは嫌じゃないの?」

「エメリーと一緒にいるなら、一時間なんてあっという間だろう。せっかく来たんだし、あそこのスタンドで何か買って食べようか?」

 そう言ったレオナールが、この湖畔で有名なキッチンスタンドを指さした。

 昔は庶民の憩いの場だったのに、持ち込みが禁止なうえ、果実水一杯が二千マニーもするぼったくり価格のスタンドだ。

 二千マニーといえば、市井では三人分の食事が食べられる価値がある。

 それを小さなカップに入った果実水で要求されるのだから、庶民感覚では迂闊に近寄れない売店と有名なのだ。

 だが、全ての商品が目玉の飛び出す価格とはいえ、ふわふわのパンが絶品だという噂も飛び交っているが。

 高くて自分では買えないけど、気になっていたのは確かだ。
 実際のところ、どんな味なのかと思い、「うん」と頷き、その話に乗ってみた。

 そうして、キッチンスタンドの前に到着して、私の目は、驚愕のお値段に釘付けになった。

 サンドイッチ四切れが、四千マニーもするのだ。それなりのレストランで、前菜に主菜、コーヒーまで食べられるわよと、瞬時に青くなるとともに、ぼったくりの値段に顎を外す。

 だがしかし、あるメニューで目が留まった私は、我が儘な悪女作戦をまたしても思いつく。

 これでレオナールの反応を見てみるか。

 いよいよ彼の作り笑いも限界を迎え、激昂するはずだ。

 周囲には口外していないが、私は昔からピーナッツにアレルギーがある。

 ピーナッツのアレルギーとは、なかなかもって厄介で、それを口に含めばショック反応を起こし、命さえ危なくなるのだ。

 まさに私の弱点といえるものだ。

 毎回会うたびにいがみ合っていた、レオナールに私のピーナッツアレルギーについて教えるわけもなく、彼は知らない。

 いざ、食べる直前になって、「家族からピーナッツを食べるなと止められていたんだった」と、白々しく思い出した体にしよう。

 そして「新しいものを買って欲しい」とごねてみるか?
 うん、それがいいわね、と心の中で自答した。

 彼は食べ物を残す行為をやたらと嫌悪する。超がつくくらいの生真面目男だ。

 以前、彼の屋敷に招かれた際に出された、ピーナッツクリームのカナッペ。何も言わずに残せば、農家の苦労について、こんこんと説教をくらった。

 あの日は、ラングラン公爵夫人主催のお茶会だった。

 レオナールと私の会話を聞いていた令嬢から、「好き嫌いはよくなくてよ」と、くすくすと笑われ、その場から逃げるように帰ってきた。

 レオナールからピーナッツについてガミガミ言われたあの日を最後に、ラングラン公爵家へ行くのをやめたのだ。
 
 同じことをすれば、本性を晒し激昂するはず。間違いない。

 何より、性悪のレオナールに変わればしめたものだ。

 今の私は記憶喪失だし、偽装婚約の契約なんぞ知らないのだ。ボロボロと涙を流す演技をして見せ、「あなたとはやっていけない」と、別れを告げてやるわ。

 これで完璧な破局だ!

 万に一つ。彼が寛大な大人の心で新しい商品の購入を受け入れたとして、長年の恋人のアレルギーを知らないのもおかしな話だ。

 レオナールへ、「恋人なのに知らなかったの?」と、痛い所を衝けば、彼はたちまちボロを出すはずだ。
 彼の性格であれば、不機嫌にならないわけがない。

 険悪な空気に変わり果てた私たちのデートは、そこでお終いだろう。

 このピーナッツクリーム作戦は、絶対にうまくいく気がする。そう思って迷わず彼にお願いした。

「ピーナッツクリームサンドが食べたいわ」

「そうか……。きっと、昔から興味があったのに、ずっと我慢していたのかもしれないな」

「え? 何がですか?」

「エメリーはピーナッツに酷いアレルギーがあるから、それは駄目だ。他のものを選びなさい」
 きつく言い聞かせるように言われた。
 確かに間違って食べれば、すぐにアレルギー発作を抑える薬を飲まなければいけないのだが、今は持って来ていない。

「どうして私が知らないことを、レオナールが知っているのかしら?」

「そりゃ~、エメリーのことは元から何でも知っているけど。それでも、もしものことがあるからな。記憶のないエメリーに危険がないか、トルイユ子爵家の三人からエメリーの話を聞き取り、事前に全ての情報を把握済みだ。安心してくれ」

 は? 少しも安心できないわよ。むしろ怖い。怖すぎる。

 諜報員もびっくりな調査を、公爵家の嫡男が、私なんかにやるんじゃないわよ!

 そんな風に考えて青ざめていると、願ってもない情報を付け足された。

「大丈夫だ。そんなに青くなって心配しなくても、エメリーのことで俺が知らないことは、何一つないからな。俺と一緒にいる限り危険はない。ちなみに桃も駄目だぞ」

「はは……。頼もしいわね」
 この、ストーカー男めッ! と、ジト目で見つめる。

 すると、またしてもあり得ない話をぶっ込んできた。

「エメリーは、ここの厚焼き卵サンドを気に入って、よく食べていたんだけど」

 それは、『一番人気』と書かれている商品だが、もちろん食べたことはない。

 あらゆる方向から攻められ、思考力の底をついた私は、すでに話を合わせるので手一杯だ。

 愛想笑いを浮かべて答えた。

「はは、そうなんだ。じゃぁ、それを食べようかな……」

 もうどうにでもなれと諦めた私は、サンドイッチとオレンジの果実水二つを乗せたトレーを持つ彼と共に、木陰にあるテーブルへと向かった。

 ◇◇◇
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