私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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そんなこと、してませんよね⁉⑤
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どうして待つのか気になって、つい尋ねてしまった。
「レオナールは、一時間も待つのは嫌じゃないの?」
「エメリーと一緒にいるなら、一時間なんてあっという間だろう。せっかく来たんだし、あそこのスタンドで何か買って食べようか?」
そう言ったレオナールが、この湖畔で有名なキッチンスタンドを指さした。
昔は庶民の憩いの場だったのに、持ち込みが禁止なうえ、果実水一杯が二千マニーもするぼったくり価格のスタンドだ。
二千マニーといえば、市井では三人分の食事が食べられる価値がある。
それを小さなカップに入った果実水で要求されるのだから、庶民感覚では迂闊に近寄れない売店と有名なのだ。
だが、全ての商品が目玉の飛び出す価格とはいえ、ふわふわのパンが絶品だという噂も飛び交っているが。
高くて自分では買えないけど、気になっていたのは確かだ。
実際のところ、どんな味なのかと思い、「うん」と頷き、その話に乗ってみた。
そうして、キッチンスタンドの前に到着して、私の目は、驚愕のお値段に釘付けになった。
サンドイッチ四切れが、四千マニーもするのだ。それなりのレストランで、前菜に主菜、コーヒーまで食べられるわよと、瞬時に青くなるとともに、ぼったくりの値段に顎を外す。
だがしかし、あるメニューで目が留まった私は、我が儘な悪女作戦をまたしても思いつく。
これでレオナールの反応を見てみるか。
いよいよ彼の作り笑いも限界を迎え、激昂するはずだ。
周囲には口外していないが、私は昔からピーナッツにアレルギーがある。
ピーナッツのアレルギーとは、なかなかもって厄介で、それを口に含めばショック反応を起こし、命さえ危なくなるのだ。
まさに私の弱点といえるものだ。
毎回会うたびにいがみ合っていた、レオナールに私のピーナッツアレルギーについて教えるわけもなく、彼は知らない。
いざ、食べる直前になって、「家族からピーナッツを食べるなと止められていたんだった」と、白々しく思い出した体にしよう。
そして「新しいものを買って欲しい」とごねてみるか?
うん、それがいいわね、と心の中で自答した。
彼は食べ物を残す行為をやたらと嫌悪する。超がつくくらいの生真面目男だ。
以前、彼の屋敷に招かれた際に出された、ピーナッツクリームのカナッペ。何も言わずに残せば、農家の苦労について、こんこんと説教をくらった。
あの日は、ラングラン公爵夫人主催のお茶会だった。
レオナールと私の会話を聞いていた令嬢から、「好き嫌いはよくなくてよ」と、くすくすと笑われ、その場から逃げるように帰ってきた。
レオナールからピーナッツについてガミガミ言われたあの日を最後に、ラングラン公爵家へ行くのをやめたのだ。
同じことをすれば、本性を晒し激昂するはず。間違いない。
何より、性悪のレオナールに変わればしめたものだ。
今の私は記憶喪失だし、偽装婚約の契約なんぞ知らないのだ。ボロボロと涙を流す演技をして見せ、「あなたとはやっていけない」と、別れを告げてやるわ。
これで完璧な破局だ!
万に一つ。彼が寛大な大人の心で新しい商品の購入を受け入れたとして、長年の恋人のアレルギーを知らないのもおかしな話だ。
レオナールへ、「恋人なのに知らなかったの?」と、痛い所を衝けば、彼はたちまちボロを出すはずだ。
彼の性格であれば、不機嫌にならないわけがない。
険悪な空気に変わり果てた私たちのデートは、そこでお終いだろう。
このピーナッツクリーム作戦は、絶対にうまくいく気がする。そう思って迷わず彼にお願いした。
「ピーナッツクリームサンドが食べたいわ」
「そうか……。きっと、昔から興味があったのに、ずっと我慢していたのかもしれないな」
「え? 何がですか?」
「エメリーはピーナッツに酷いアレルギーがあるから、それは駄目だ。他のものを選びなさい」
きつく言い聞かせるように言われた。
確かに間違って食べれば、すぐにアレルギー発作を抑える薬を飲まなければいけないのだが、今は持って来ていない。
「どうして私が知らないことを、レオナールが知っているのかしら?」
「そりゃ~、エメリーのことは元から何でも知っているけど。それでも、もしものことがあるからな。記憶のないエメリーに危険がないか、トルイユ子爵家の三人からエメリーの話を聞き取り、事前に全ての情報を把握済みだ。安心してくれ」
は? 少しも安心できないわよ。むしろ怖い。怖すぎる。
諜報員もびっくりな調査を、公爵家の嫡男が、私なんかにやるんじゃないわよ!
そんな風に考えて青ざめていると、願ってもない情報を付け足された。
「大丈夫だ。そんなに青くなって心配しなくても、エメリーのことで俺が知らないことは、何一つないからな。俺と一緒にいる限り危険はない。ちなみに桃も駄目だぞ」
「はは……。頼もしいわね」
この、ストーカー男めッ! と、ジト目で見つめる。
すると、またしてもあり得ない話をぶっ込んできた。
「エメリーは、ここの厚焼き卵サンドを気に入って、よく食べていたんだけど」
それは、『一番人気』と書かれている商品だが、もちろん食べたことはない。
あらゆる方向から攻められ、思考力の底をついた私は、すでに話を合わせるので手一杯だ。
愛想笑いを浮かべて答えた。
「はは、そうなんだ。じゃぁ、それを食べようかな……」
もうどうにでもなれと諦めた私は、サンドイッチとオレンジの果実水二つを乗せたトレーを持つ彼と共に、木陰にあるテーブルへと向かった。
◇◇◇
「レオナールは、一時間も待つのは嫌じゃないの?」
「エメリーと一緒にいるなら、一時間なんてあっという間だろう。せっかく来たんだし、あそこのスタンドで何か買って食べようか?」
そう言ったレオナールが、この湖畔で有名なキッチンスタンドを指さした。
昔は庶民の憩いの場だったのに、持ち込みが禁止なうえ、果実水一杯が二千マニーもするぼったくり価格のスタンドだ。
二千マニーといえば、市井では三人分の食事が食べられる価値がある。
それを小さなカップに入った果実水で要求されるのだから、庶民感覚では迂闊に近寄れない売店と有名なのだ。
だが、全ての商品が目玉の飛び出す価格とはいえ、ふわふわのパンが絶品だという噂も飛び交っているが。
高くて自分では買えないけど、気になっていたのは確かだ。
実際のところ、どんな味なのかと思い、「うん」と頷き、その話に乗ってみた。
そうして、キッチンスタンドの前に到着して、私の目は、驚愕のお値段に釘付けになった。
サンドイッチ四切れが、四千マニーもするのだ。それなりのレストランで、前菜に主菜、コーヒーまで食べられるわよと、瞬時に青くなるとともに、ぼったくりの値段に顎を外す。
だがしかし、あるメニューで目が留まった私は、我が儘な悪女作戦をまたしても思いつく。
これでレオナールの反応を見てみるか。
いよいよ彼の作り笑いも限界を迎え、激昂するはずだ。
周囲には口外していないが、私は昔からピーナッツにアレルギーがある。
ピーナッツのアレルギーとは、なかなかもって厄介で、それを口に含めばショック反応を起こし、命さえ危なくなるのだ。
まさに私の弱点といえるものだ。
毎回会うたびにいがみ合っていた、レオナールに私のピーナッツアレルギーについて教えるわけもなく、彼は知らない。
いざ、食べる直前になって、「家族からピーナッツを食べるなと止められていたんだった」と、白々しく思い出した体にしよう。
そして「新しいものを買って欲しい」とごねてみるか?
うん、それがいいわね、と心の中で自答した。
彼は食べ物を残す行為をやたらと嫌悪する。超がつくくらいの生真面目男だ。
以前、彼の屋敷に招かれた際に出された、ピーナッツクリームのカナッペ。何も言わずに残せば、農家の苦労について、こんこんと説教をくらった。
あの日は、ラングラン公爵夫人主催のお茶会だった。
レオナールと私の会話を聞いていた令嬢から、「好き嫌いはよくなくてよ」と、くすくすと笑われ、その場から逃げるように帰ってきた。
レオナールからピーナッツについてガミガミ言われたあの日を最後に、ラングラン公爵家へ行くのをやめたのだ。
同じことをすれば、本性を晒し激昂するはず。間違いない。
何より、性悪のレオナールに変わればしめたものだ。
今の私は記憶喪失だし、偽装婚約の契約なんぞ知らないのだ。ボロボロと涙を流す演技をして見せ、「あなたとはやっていけない」と、別れを告げてやるわ。
これで完璧な破局だ!
万に一つ。彼が寛大な大人の心で新しい商品の購入を受け入れたとして、長年の恋人のアレルギーを知らないのもおかしな話だ。
レオナールへ、「恋人なのに知らなかったの?」と、痛い所を衝けば、彼はたちまちボロを出すはずだ。
彼の性格であれば、不機嫌にならないわけがない。
険悪な空気に変わり果てた私たちのデートは、そこでお終いだろう。
このピーナッツクリーム作戦は、絶対にうまくいく気がする。そう思って迷わず彼にお願いした。
「ピーナッツクリームサンドが食べたいわ」
「そうか……。きっと、昔から興味があったのに、ずっと我慢していたのかもしれないな」
「え? 何がですか?」
「エメリーはピーナッツに酷いアレルギーがあるから、それは駄目だ。他のものを選びなさい」
きつく言い聞かせるように言われた。
確かに間違って食べれば、すぐにアレルギー発作を抑える薬を飲まなければいけないのだが、今は持って来ていない。
「どうして私が知らないことを、レオナールが知っているのかしら?」
「そりゃ~、エメリーのことは元から何でも知っているけど。それでも、もしものことがあるからな。記憶のないエメリーに危険がないか、トルイユ子爵家の三人からエメリーの話を聞き取り、事前に全ての情報を把握済みだ。安心してくれ」
は? 少しも安心できないわよ。むしろ怖い。怖すぎる。
諜報員もびっくりな調査を、公爵家の嫡男が、私なんかにやるんじゃないわよ!
そんな風に考えて青ざめていると、願ってもない情報を付け足された。
「大丈夫だ。そんなに青くなって心配しなくても、エメリーのことで俺が知らないことは、何一つないからな。俺と一緒にいる限り危険はない。ちなみに桃も駄目だぞ」
「はは……。頼もしいわね」
この、ストーカー男めッ! と、ジト目で見つめる。
すると、またしてもあり得ない話をぶっ込んできた。
「エメリーは、ここの厚焼き卵サンドを気に入って、よく食べていたんだけど」
それは、『一番人気』と書かれている商品だが、もちろん食べたことはない。
あらゆる方向から攻められ、思考力の底をついた私は、すでに話を合わせるので手一杯だ。
愛想笑いを浮かべて答えた。
「はは、そうなんだ。じゃぁ、それを食べようかな……」
もうどうにでもなれと諦めた私は、サンドイッチとオレンジの果実水二つを乗せたトレーを持つ彼と共に、木陰にあるテーブルへと向かった。
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