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そんなこと、してませんよね⁉②

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 レオナールのワイングラスに私が口をつけることも、「汚い」と言って許してくれなかったのだ。

 それなのにどうして私の口についたクッキーを食べて、幸せそうに目を細めているのよ! おかしいだろう。

 彼ったら、パーティーの日に披露していた猿芝居が、やたらと板についているし、私の意識がなかった期間に、一体、何があったというのだ⁉

 分からない、分からない、分からないわよ、と動揺していれば、レオナールが言った。

「どうしたの? そんなに顔を真っ赤にさせて?」

「いや、だって、今のって……間接キス」

「くくっ、そんなことくらいで照れているの? ふふっ、可愛い」
 彼が手の甲を口元に当て、照れ笑いをしているのだ。

 彼は本当に照れているのか? それとも楽しんでいるのだろうか? 全く真意を掴めそうにないくらい、穏やかな笑顔を見せてくる。

 ちょっとどうしてそんな顔をするのよ、と思う私の頭がオーバーヒートしそうだ。

「私の唇についていたクッキーなのに、そんなことくらいって……」

「俺たちはキスだってしていたんだし、これくらい照れることじゃないんだけど」
 ……は⁉ またしても謎な発言が飛び出した。

 彼は何を寝ぼけたことを言っているのだ?

 私たち二人の関係にキスなど存在しない。断じてない!

 会えば罵倒してくる彼の口を塞ぎたいと思ったことはあったけど、私の口で塞いだことは決してない!

「冗談ですよね」
「いいや」

「そうですか……。私ってば、そんな大事なことも覚えてなくてごめんなさい」

「ふふっ、それなら、今からしてみる?」
 そう言うと、机の上に置く私の手に、彼がそっと手を重ね、熱く見つめてくる。

 ええ⁉︎ これはもしや本気か⁉
 焦る私が、彼から顔を背ける。

「ちょっと待ってください。レオナールにとっては慣れっこかもしれないけど、私にとっては出会って二日目の男性なので、今はまだ……。もう少しあなたを知ってからでないと、恥ずかしいわ」

「俺としてはいつものことなんだけど……。記憶のないエメリーは、そういう訳にもいかないのかな。もどかしいね」

 そんなことを言っているレオナールが、今度は箱からクッキーを摘まみ、「あーん」と音を発しながら私の口元に近づけてくる。

 こ、これって彼から食べさせてもらえ、ということなのかしら。

 恥ずかしくて口なんて開けられないわよと考え、ぎゅっと口を閉じているのだが、キラキラしい顔の彼は笑顔のまま、そのクッキーを微動だにしない。

「ふふ、エメリーが遠慮するから、俺が食べさせてあげたいんだけど」

「なんだか恥ずかしいですわ」
 大人しく従えば、後から私を馬鹿にするのかもしれない。

 そう考えてしまうくらい、私たち二人にとっては、あるまじき絵面だ。

「口を開けてくれるまで、ずっとこのままだよ」
「でも……」

「エメリーあ~ん」
 甘えた声で彼が言った。

 それに耐えられなくなった私が、羞恥心にさえなまれながら、ぷるぷる震えて口を開くと、猫の舌のようなクッキーが、口の中に運ばれてきた。

 嬉しそうなレオナールにじっと見つめられながら、もぐもぐと咀嚼するクッキーは、もはや味など感じない。

 何かの拷問かしらと思いながら、ゴクリと胃に流し込む。

 緊張でパッサパサになった口のせいで、喉が詰まりそうになり、慌ててお茶に手を伸ばす。
 少し冷めた紅茶をごくごくと飲んでいると彼が言った。

「照れているエメリーなんて、あまり見ることがなかったけど、誰にも見せたくないくらい可愛いな」

「左様ですか……」

「だから、そんなにかしこまらないでよ。俺とエメリーは心の距離が凄く近かったんだから」

 会えば喧嘩の私たちの関係を言っているのよねと、まじまじとレオナールを見つめる。

 だが、彼の輝く瞳は曇ることはない。

 私の心はむしろ陰る一方である。かつて、彼と心の距離を縮めた記憶がないのだが……。理解できない。

「いつもと雰囲気の違うエメリーを見ていると、俺まで照れてしまうな」
 はぁ⁉ 何を言うか!

 私は正常運転で過ごしているのに、お宅が異常な言動を繰り返すせいで、頭が混乱させられているだけだろう!
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