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破天荒な兄の教え③

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 レオナールの謎すぎる指示に絶句する私は、ぽかんと口を開けた。

「エメリーの記憶がないから、困らないように見て欲しいって言われたんだ。随分と愛されているな」

「レオナールから愛されているわけないでしょう。それは見張れって意味よ」

「だから彼は、エメリーを心配しているんだって」

「そうよ、私が偽装婚約者から逃げないかを心配しているんでしょうね。どうしよう。そのレオナールは、明日も来るって言っていたんだけど……。もう記憶が戻ったことを伝えて、婚約者のふりを五年する方がいいかしら?」

「いや。記憶のないふりの方が絶対面白いことになるから、そのまますっとぼけていればいいだろう」

「お兄様……」
 そう言ってジト目で見れば、真面目な口調で兄が言った。

「はい妹よ。兄だがなんだろうか?」

「私で遊んでいるでしょう」

「そんなことはない」
 ピシャリと言い張る兄が、誇らし気に告げた。

「妹想いの兄が、最善の助言をしただけだ」
「そうは見えないわよ」

「エメリーの記憶が戻ったと知られれば、あの晩に盗まれた、大きなアメジストのネックレスの弁償を迫られるかもしれないぞ。どうするんだ? 大きな石をダイヤが取り囲むようあったから、あれは相当に高いぞ。それこそ娼館で稼いでもらわないと払えないな」

「ああー、そうだったっ! ネックレスをちぎられたんだ。その問題をすっかり見落としていたわ──」
 レオナールのことだ。確かに何を言い出すか分からない。

「このまま記憶がないふりをしておけば、アクセサリーなんて『知らん』と、そのまますっとぼけていられるだろう」

「さすがお兄様! 悪どい思考ですわ。確かにしばらく様子を見る意味でも、このまま記憶喪失のふりをしておきます」

「よし、その調子だ。敵を欺くためには味方からというだろう。家の中でも油断するなよ」

 悪知恵だけは働く兄から助言をもらった私は、当面の間、記憶喪失のふりに徹することとなった。

 ◇◇◇

 目が覚めた翌朝──。

 使用人に逃げられたトルイユ子爵家には、手の空いた従者などいない。

 自分一人で適当に着替えを済ませると、家族と食事を摂るため食堂へと向かう。

 昨日、一週間ぶりの再会を両親と済ませたが、私の記憶喪失を疑うことはなかった。

 頭に花を咲かせる彼らを騙すのは、ちょろい。こんな両親だから、いつまでたっても貧乏から抜け出せないのだろう。

「あら、エメリーおはよう」

 私を見た母が言えば、父も続いて「おはようエメリー。すっかり顔色もいいな」と続いた。

「おはようございます、お母様、お父様それにお兄様も」
 どうやら朝食に一番遅れて来たようだ。すでに三人が席につき、私のことを待っていて、父が尋ねてきた。

「記憶は戻ったかい?」

「いいえ、まだですわ。私ってば、大切な家族のことも忘れるなんて、申し訳ありません」

「いやいや気にすることはないぞ。私たちは、エメリーがこうして目を覚ましてくれただけで、十分に幸せだからな。まあレオナール様とゆっくり会話を交わせば、記憶も徐々に戻ってくるだろう」

 能天気な口調で父が言ったため「あはは、そうですね」と返しておいた。
 
 だが内心、ひやひやものだ。

 狭い我が家の応接間には、湧きもしない温泉のレジャー施設を作ると言い張る兄が、地図やら資料やらを広げ占拠しているのだ。

 ここ何年も家に上がり込む来客がいないため、問題もなかったが、こうなれば大問題だろう。
 応接間を大至急片付けろという意味を込め、この家族に尋ねた。

「そういえば、レオナールをお招きするための、応接間はどこにございますの?」

「そうか、エメリーは知らないもんな」

「はい。どちらにあるのでしょうか?」

「我が家に応接間など、ない!」
 応接間を占拠する兄がはっきりと言い切った。

 さては応接間を自分の部屋だと思っているのね。
 そう思い、ここは父を味方につけようと、縋るような目を向ける。

「お父様……。それではレオナール様をどこでお迎えするとよいでしょうか?
「エメリーの部屋でいいんじゃないか」

「ですが、結婚前の男女が二人きりなんて、問題かと存じますわ」

「誠実なレオナール様であれば何の問題もないだろう」

「は?」
 レオナールのどこが誠実だ! と突っ込みを入れたいところだが、記憶喪失の設定上、言葉をのむ。

「良かったなエメリー。父の承諾もあるようだし、思う存分レオナール様を部屋に招けるじゃないか。これで最短ルートもあり得るな」
 応接室を片付ける気などさらさらない兄が、にっこりと笑う。

 レオナールと二人きりの狭い部屋で、しっぽりとお茶を飲む気になれないが、彼と甘い雰囲気にもなるわけない。

 兄の言う、彼とベッドに入るなんて起こりえない話である。
 どうせ、本性を隠し切れなくなった彼と喧嘩して終わりだ。

 そう……。兄は間違っている。
 娼館へ私が行けば、レオナールが足しげく通うと兄は言ったが、それは絶対にない。
 彼が私にキスすらしてくることはないだろう。

 パーティーの日。彼の飲みかけのワインを私が欲しがったら、「汚いから嫌だ」と言ったんだから、私とレオナールの間にはこれっぽっちも関係のない話だ。

 ◇◇◇
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