私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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破天荒な兄の教え③
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レオナールの謎すぎる指示に絶句する私は、ぽかんと口を開けた。
「エメリーの記憶がないから、困らないように見て欲しいって言われたんだ。随分と愛されているな」
「レオナールから愛されているわけないでしょう。それは見張れって意味よ」
「だから彼は、エメリーを心配しているんだって」
「そうよ、私が偽装婚約者から逃げないかを心配しているんでしょうね。どうしよう。そのレオナールは、明日も来るって言っていたんだけど……。もう記憶が戻ったことを伝えて、婚約者のふりを五年する方がいいかしら?」
「いや。記憶のないふりの方が絶対面白いことになるから、そのまますっとぼけていればいいだろう」
「お兄様……」
そう言ってジト目で見れば、真面目な口調で兄が言った。
「はい妹よ。兄だがなんだろうか?」
「私で遊んでいるでしょう」
「そんなことはない」
ピシャリと言い張る兄が、誇らし気に告げた。
「妹想いの兄が、最善の助言をしただけだ」
「そうは見えないわよ」
「エメリーの記憶が戻ったと知られれば、あの晩に盗まれた、大きなアメジストのネックレスの弁償を迫られるかもしれないぞ。どうするんだ? 大きな石をダイヤが取り囲むようあったから、あれは相当に高いぞ。それこそ娼館で稼いでもらわないと払えないな」
「ああー、そうだったっ! ネックレスをちぎられたんだ。その問題をすっかり見落としていたわ──」
レオナールのことだ。確かに何を言い出すか分からない。
「このまま記憶がないふりをしておけば、アクセサリーなんて『知らん』と、そのまますっとぼけていられるだろう」
「さすがお兄様! 悪どい思考ですわ。確かにしばらく様子を見る意味でも、このまま記憶喪失のふりをしておきます」
「よし、その調子だ。敵を欺くためには味方からというだろう。家の中でも油断するなよ」
悪知恵だけは働く兄から助言をもらった私は、当面の間、記憶喪失のふりに徹することとなった。
◇◇◇
目が覚めた翌朝──。
使用人に逃げられたトルイユ子爵家には、手の空いた従者などいない。
自分一人で適当に着替えを済ませると、家族と食事を摂るため食堂へと向かう。
昨日、一週間ぶりの再会を両親と済ませたが、私の記憶喪失を疑うことはなかった。
頭に花を咲かせる彼らを騙すのは、ちょろい。こんな両親だから、いつまでたっても貧乏から抜け出せないのだろう。
「あら、エメリーおはよう」
私を見た母が言えば、父も続いて「おはようエメリー。すっかり顔色もいいな」と続いた。
「おはようございます、お母様、お父様それにお兄様も」
どうやら朝食に一番遅れて来たようだ。すでに三人が席につき、私のことを待っていて、父が尋ねてきた。
「記憶は戻ったかい?」
「いいえ、まだですわ。私ってば、大切な家族のことも忘れるなんて、申し訳ありません」
「いやいや気にすることはないぞ。私たちは、エメリーがこうして目を覚ましてくれただけで、十分に幸せだからな。まあレオナール様とゆっくり会話を交わせば、記憶も徐々に戻ってくるだろう」
能天気な口調で父が言ったため「あはは、そうですね」と返しておいた。
だが内心、ひやひやものだ。
狭い我が家の応接間には、湧きもしない温泉のレジャー施設を作ると言い張る兄が、地図やら資料やらを広げ占拠しているのだ。
ここ何年も家に上がり込む来客がいないため、問題もなかったが、こうなれば大問題だろう。
応接間を大至急片付けろという意味を込め、この家族に尋ねた。
「そういえば、レオナールをお招きするための、応接間はどこにございますの?」
「そうか、エメリーは知らないもんな」
「はい。どちらにあるのでしょうか?」
「我が家に応接間など、ない!」
応接間を占拠する兄がはっきりと言い切った。
さては応接間を自分の部屋だと思っているのね。
そう思い、ここは父を味方につけようと、縋るような目を向ける。
「お父様……。それではレオナール様をどこでお迎えするとよいでしょうか?
「エメリーの部屋でいいんじゃないか」
「ですが、結婚前の男女が二人きりなんて、問題かと存じますわ」
「誠実なレオナール様であれば何の問題もないだろう」
「は?」
レオナールのどこが誠実だ! と突っ込みを入れたいところだが、記憶喪失の設定上、言葉をのむ。
「良かったなエメリー。父の承諾もあるようだし、思う存分レオナール様を部屋に招けるじゃないか。これで最短ルートもあり得るな」
応接室を片付ける気などさらさらない兄が、にっこりと笑う。
レオナールと二人きりの狭い部屋で、しっぽりとお茶を飲む気になれないが、彼と甘い雰囲気にもなるわけない。
兄の言う、彼とベッドに入るなんて起こりえない話である。
どうせ、本性を隠し切れなくなった彼と喧嘩して終わりだ。
そう……。兄は間違っている。
娼館へ私が行けば、レオナールが足しげく通うと兄は言ったが、それは絶対にない。
彼が私にキスすらしてくることはないだろう。
パーティーの日。彼の飲みかけのワインを私が欲しがったら、「汚いから嫌だ」と言ったんだから、私とレオナールの間にはこれっぽっちも関係のない話だ。
◇◇◇
「エメリーの記憶がないから、困らないように見て欲しいって言われたんだ。随分と愛されているな」
「レオナールから愛されているわけないでしょう。それは見張れって意味よ」
「だから彼は、エメリーを心配しているんだって」
「そうよ、私が偽装婚約者から逃げないかを心配しているんでしょうね。どうしよう。そのレオナールは、明日も来るって言っていたんだけど……。もう記憶が戻ったことを伝えて、婚約者のふりを五年する方がいいかしら?」
「いや。記憶のないふりの方が絶対面白いことになるから、そのまますっとぼけていればいいだろう」
「お兄様……」
そう言ってジト目で見れば、真面目な口調で兄が言った。
「はい妹よ。兄だがなんだろうか?」
「私で遊んでいるでしょう」
「そんなことはない」
ピシャリと言い張る兄が、誇らし気に告げた。
「妹想いの兄が、最善の助言をしただけだ」
「そうは見えないわよ」
「エメリーの記憶が戻ったと知られれば、あの晩に盗まれた、大きなアメジストのネックレスの弁償を迫られるかもしれないぞ。どうするんだ? 大きな石をダイヤが取り囲むようあったから、あれは相当に高いぞ。それこそ娼館で稼いでもらわないと払えないな」
「ああー、そうだったっ! ネックレスをちぎられたんだ。その問題をすっかり見落としていたわ──」
レオナールのことだ。確かに何を言い出すか分からない。
「このまま記憶がないふりをしておけば、アクセサリーなんて『知らん』と、そのまますっとぼけていられるだろう」
「さすがお兄様! 悪どい思考ですわ。確かにしばらく様子を見る意味でも、このまま記憶喪失のふりをしておきます」
「よし、その調子だ。敵を欺くためには味方からというだろう。家の中でも油断するなよ」
悪知恵だけは働く兄から助言をもらった私は、当面の間、記憶喪失のふりに徹することとなった。
◇◇◇
目が覚めた翌朝──。
使用人に逃げられたトルイユ子爵家には、手の空いた従者などいない。
自分一人で適当に着替えを済ませると、家族と食事を摂るため食堂へと向かう。
昨日、一週間ぶりの再会を両親と済ませたが、私の記憶喪失を疑うことはなかった。
頭に花を咲かせる彼らを騙すのは、ちょろい。こんな両親だから、いつまでたっても貧乏から抜け出せないのだろう。
「あら、エメリーおはよう」
私を見た母が言えば、父も続いて「おはようエメリー。すっかり顔色もいいな」と続いた。
「おはようございます、お母様、お父様それにお兄様も」
どうやら朝食に一番遅れて来たようだ。すでに三人が席につき、私のことを待っていて、父が尋ねてきた。
「記憶は戻ったかい?」
「いいえ、まだですわ。私ってば、大切な家族のことも忘れるなんて、申し訳ありません」
「いやいや気にすることはないぞ。私たちは、エメリーがこうして目を覚ましてくれただけで、十分に幸せだからな。まあレオナール様とゆっくり会話を交わせば、記憶も徐々に戻ってくるだろう」
能天気な口調で父が言ったため「あはは、そうですね」と返しておいた。
だが内心、ひやひやものだ。
狭い我が家の応接間には、湧きもしない温泉のレジャー施設を作ると言い張る兄が、地図やら資料やらを広げ占拠しているのだ。
ここ何年も家に上がり込む来客がいないため、問題もなかったが、こうなれば大問題だろう。
応接間を大至急片付けろという意味を込め、この家族に尋ねた。
「そういえば、レオナールをお招きするための、応接間はどこにございますの?」
「そうか、エメリーは知らないもんな」
「はい。どちらにあるのでしょうか?」
「我が家に応接間など、ない!」
応接間を占拠する兄がはっきりと言い切った。
さては応接間を自分の部屋だと思っているのね。
そう思い、ここは父を味方につけようと、縋るような目を向ける。
「お父様……。それではレオナール様をどこでお迎えするとよいでしょうか?
「エメリーの部屋でいいんじゃないか」
「ですが、結婚前の男女が二人きりなんて、問題かと存じますわ」
「誠実なレオナール様であれば何の問題もないだろう」
「は?」
レオナールのどこが誠実だ! と突っ込みを入れたいところだが、記憶喪失の設定上、言葉をのむ。
「良かったなエメリー。父の承諾もあるようだし、思う存分レオナール様を部屋に招けるじゃないか。これで最短ルートもあり得るな」
応接室を片付ける気などさらさらない兄が、にっこりと笑う。
レオナールと二人きりの狭い部屋で、しっぽりとお茶を飲む気になれないが、彼と甘い雰囲気にもなるわけない。
兄の言う、彼とベッドに入るなんて起こりえない話である。
どうせ、本性を隠し切れなくなった彼と喧嘩して終わりだ。
そう……。兄は間違っている。
娼館へ私が行けば、レオナールが足しげく通うと兄は言ったが、それは絶対にない。
彼が私にキスすらしてくることはないだろう。
パーティーの日。彼の飲みかけのワインを私が欲しがったら、「汚いから嫌だ」と言ったんだから、私とレオナールの間にはこれっぽっちも関係のない話だ。
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