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破天荒な兄の教え①

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 何だかとんでもない失敗をやらかしてしまった気がする。
 そんな風に感じてならない私は、頭を抱えて悶絶する。


 なぜって……?
 だって今……、「婚約者のふり」の期限が、ご機嫌なレオナールによって容赦なく撤廃されてしまったんだもの、そう思うだろう。

 全く予期しない形で、非常事態の始まりを迎えた。

 まずい、まずい、まずいわ。
 このまま、ぼやぼやしていられないじゃない!

「そうだ! こうなれば記憶が戻ったことにしよう」
 危険を察知し、「記憶喪失のふり」をやめようと強く決意したところで、もう一つの現実に気づく。

「駄目だ……」
 ──そうなれば結局、振り出しに戻る。

 パーティー会場で喧嘩の原因となった、例のお金問題である。

 記憶が戻ったなんて告げれば、偉そうなレオナールが再登場して、「婚約者のふりを辞退したければ、違約金を払え」と、言われるはずだ。

 我が家に違約金なんて払えるかあぁぁあ──と内心絶叫する私は、どちらにしろ詰んだ……。

「記憶喪失のふり」でも、「記憶が戻った体」でも、どのみち偽装婚約者のポジションから抜け出せない。

 もはや魔の無限ループだ……。

 もう私一人では手に負えない。誰かに相談しなきゃ──。

 私の味方は誰かしらと悩む私は、ばふりと再びベッドに横たわる。

「碌な家族がいないわね──」

 お花畑の世界にいて頼りない両親より「モテない同盟」の兄の方が、まだ話が通じそうだけど、どうだろうか?

 いや……。

 私がレオナールから脅されていると相談したところで、「金などあるか!」と一喝されるだけな気がする。

 あんな図太い神経の兄に相談すれば、私の納まるところは「婚約者のふりを続けること」だろう。

 ──ってことなら、お花畑の両親を説得する方が、得策のような気がする。

 ならば私の作戦はこうだ。

 その一 私が記憶喪失であることを理解してもらう。これはちょろい。

 その二 「記憶喪失の娘を公爵家へ嫁に出すのは忍びない」そう思わせる。

 その三 公爵家の嫁など務まらないと知らしめ、婚約者の座から、積極的辞退へと誘導する。ここが一番の腕の見せどころだ!
 
 全ての課題を見事クリアした暁には、めでたく婚約解消を獲得して、平凡地味ライフへ戻る!

 よし! これはもう完璧な計画だ。

 そんな風に考えていると、ノックとほぼ同時に扉が開く。
「エメリー、入るぞ!」

 声の先に視線を向ければ、満面の笑みを浮かべる兄が、入り口に立っているではないか。

 その兄にとっては一週間ぶりの再会だと言うのに、号泣していたレオナールとは大違いである。

 何を笑っているのよと、思わず言いそうになるが、それは我慢して計画を遂行する私は、ガバリと起き上がると不安げな声で告げる。

「あなたは誰ですか?」

「モテ期到来の頼れる兄だ!」

「そう……」
 相も変わらず絶好調にふざけている。
 こんな兄に目一杯可愛く見せて、損したわね。

 それを馬鹿にできないのは悔しいが、記憶喪失の演技に徹しようとした、そのときだ──。

 あっけらかんと喋る兄の言葉によって、計画がガラガラと音を立てて崩れ始める。

「な~んだ。ちゃんと記憶があるんだろう」

「へ?」

「記憶喪失だとレオナール様は言っていたが、エメリーは何をやってんだ?」

「えっと……。お兄様ですか?」

「だからエメリーは、何をすっとぼけているんだ? 俺のことをちゃんと分かっているだろう」

「そんなことは、ありませんけど」

「はは、エメリーごときが俺を騙せると思うな。バレバレだ」

「誰だか存じませんが、失礼ですわ」

 すると、つかつかとベッドサイドまでやってくると、私をじっと見つめた。

 何をしてくるつもりかしらと見ていれば、顎をくいっと持ち上げられ、兄の顔が近づいてくる。

 まさか、キ、キスをする気か──!

 間近に迫る実の兄のドアップ。
 見た目だけはいい男だけど、兄と妹でキスなんてあり得ないから。

「いくらモテないからって、妹相手に盛らないでくれますかッ、お兄様!」

 そう叫んだ瞬間。兄の動きがピタリと止まる。

「言っておくが俺はモテる!」

 全く根拠のない自信を全面に出す兄は、「どうだ!」と気取って、胸を張る。

「自分で言っていて虚しくない?」

「いいや全く。俺は、『最後の優良物件』が売れたことによって、これからモテ期到来の一番熱い男だからな」

「ってか、ふざけたことを真面目な顔でぶっ込んでこないで、私から早く離れてくださいな!」

 未だに目の前に迫る兄を、あっちへ行けと押っ付ける。

「おっと危ない、危ない。エメリーにキスをしては、ヴァロン王国の全独身令嬢を泣かせるところだった」

「何をふざけたことを言っているのよ! 聞いている私が恥ずかしいわ」

「馬鹿なことをしているのはエメリーだろう。エメリーがふざけているせいで、美しいご令嬢が待ち侘びる俺の唇が、ぶちゅーっと妹にぶつかるところだったんだぞ」

「あのね……。お兄様を待っているご令嬢は一人もいないでしょう。夜会でも、私としか踊ったことがないくせに、よく言うわよ」

「変だな? 俺の妹はレオナール様のことも分からない記憶喪失のはずなんだが、どうでもいい話はちゃんと覚えているんだな」
 そう言って、顎に手を当て小首を傾げた。

「あ……」
 返す言葉もなく絶句する。
 ふざけた兄に乗せられてしまい、少し前に立てた計画は、泡となって完全に消えた。
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