私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
文字の大きさ
大中小
10 / 36
偽装婚約の契約⑤
しおりを挟む
このパーティーに一番乗りで到着したのは、ウトマン侯爵家の人たちだ。
レオナールがアネット侯爵令嬢の来場に気づき、キラキラしいスマイルを見せた。
「今日はよく来てくれましたね」
「先日は我が家のパーティーにお越しいただき、感謝申し上げます。今日はレオナール様のご婚約の発表があると噂されておりますが、お相手は、お隣にいらっしゃる……」
どなた? と私の顔を見て訝しむ。
私は有名人であるアネット侯爵令嬢をよく存じ上げている。
おそらく彼女も、温泉王を目指す阿保な兄の妹、として有名な私のことは、知っているはずだ。
だが、これまで顔を知っていても、自己紹介なんぞしたことのない間柄だ。
「ええ、彼女が最愛の婚約者であるエメリーヌです。今後、仲良くしてあげてください」
「レオナール様にそのように願われましたら、もちろんですわ。お初にお目にかかります、ウトマン侯爵家のアネットです」
アネット侯爵令嬢が、天使のような笑顔を見せた。
「エメリーヌ・トルイユでございます」
さして付け足す言葉も見つからず、名前だけ告げた。
「それでは、パーティーを存分に楽しんでいってください」
思ったとおり、レオナールも当たり障りのない会話で、この場を終わらせようとしている。
けれど、アネット侯爵令嬢が、この場に爆弾を投げ込んだ。
「お二人はどうして急に婚約をなさったのですか?」
「ははっ、どうしてそんなことを仰るのか分かりませんが、もちろん、俺が彼女を愛しているからですよ」
「今まで、レオナール様とエメリーヌ様に、そんな素振りはございませんでしたでしょう」
「周囲に隠していただけですよ」
「それは、どうしてでしょうか?」
上目遣いのアネット嬢が言った。
「俺の想い人だと世間に知られると、エメリーが注目を浴びるからね。彼女はそういうのを嫌がっていたから隠していたが、そろそろ公表する時期だと思ったからですよ」
よどみなく言い切った。
おっ! これは予想外だ。
馬車の中で予行練習していた演技が、案外、板に付いているではないか。
そう感心していれば、一歩も引かないアネット侯爵令嬢が、悪びれる様子もなく、とんでもない話をぶっ込んできた。
「わたくしは我が家のコネを使って、各方面の情報を探っていたので、レオナール様がトルイユ子爵家にドレスを贈ったのは存じておりましたが……」
「あはは、そうでしたか。今日のドレスは、彼女を想って随分と前から手配していましたからね」
「ですがお二人は先日まで、いつも喧嘩ばかりなさっていたと報告書に書いておりましたわ」
あらまぁ、レオナールも可哀そうに。
彼が日々狙われていたのは、プロの仕事あってのことかと同情の眼差しを向ける。
「あはは、喧嘩するほどエメリーと仲がいいもので、そう思われているのでしょう」
彼が同意を求めて私を見てくるため「ええ、そうね」と頷いておく。
「そうでしょうか? この会場に入って来たときのレオナール様の顔色が、あまりにも優れない様子でしたけど……。レオナール様は何か無理をなさっているのではございませんか?」
「はは、さすがアネット嬢ですね。誤魔化していたつもりですが、気づかれてしまいましたか」
「やはり、この婚約発表は偽──」
「僕の婚約について、先に新聞に情報を載せたので、周囲が騒がしくて……。毎日寝不足だったんですよ」
「そうでございます……か?」
綱渡りの会話をアネット侯爵令嬢と繰り広げている最中も、会場に到着した貴族たちの名前が次々とアナウンスされている。
彼女の弟に「これ以上は失礼だから」と諭され、アネット侯爵令嬢は目の前から消えた。
私は婚約者ではないから、本来、恨まれる筋合いもない。
それでも何かを勘ぐっている彼女には、近づかないでおこう。
本当の婚約者だと勘違いされてしまえば、プロの諜報員を送られるかもしれないもの。
そうこうしていれば、今度はレオナールの妹であるアリアが、私たちに笑顔を見せている。
その妹に吸い寄せられるように、レオナールが動き出すため彼に従う。
この男……。自分の家族にまで私を紹介するようだと思う私は、偽装婚約を拡散するのに余念のない彼と並んで、彼の妹と対面する。
「アリアへ紹介するよ。俺の婚約者のエメリーヌだ」
紹介を受けた私は、姿勢を正す。
「トルイユ子爵家が娘のエメリーヌです」
「お兄様もエメリーヌ様も水臭いですわ。わざわざ紹介されなくても、エメリーヌ様のことは存じておりますよ」
「光栄ですわ」
「公爵家のことで不安や疑問があれば、わたくしに何でも聞いてくださいまし」
そう言ったアリアは、愛らしい笑顔をレオナールに見せた。
だがアリアは私に顔の向きを変えた瞬間、眉間に皺を刻み、しかめ面に変わる。
彼と釣り合いのとれない私を婚約者にしても、全く気にしていないのは、この場でレオナールだけだ。
「エメリー良かったね。アリアは優しいからラングラン公爵家のルールやしきたりを丁寧に教えてくれるはずだ。これでいつ我が家へ嫁いできても、困ることはないな」
「おほほ、それは嬉しいことですわ」
「アリアとはいつでも話せるからな。今度ゆっくり別の会を設けよう」
そう言ったレオナールが、アリアから距離をおいたため、ふぅ~と、一息つく。
私の横にいるレオナールは、全く気にする素振りはないけれど、あの妹は、私とレオナールの婚約を完全に拒絶しているだろう。まあ、それが正常の反応だと思うけど。
◇◇◇
レオナールがアネット侯爵令嬢の来場に気づき、キラキラしいスマイルを見せた。
「今日はよく来てくれましたね」
「先日は我が家のパーティーにお越しいただき、感謝申し上げます。今日はレオナール様のご婚約の発表があると噂されておりますが、お相手は、お隣にいらっしゃる……」
どなた? と私の顔を見て訝しむ。
私は有名人であるアネット侯爵令嬢をよく存じ上げている。
おそらく彼女も、温泉王を目指す阿保な兄の妹、として有名な私のことは、知っているはずだ。
だが、これまで顔を知っていても、自己紹介なんぞしたことのない間柄だ。
「ええ、彼女が最愛の婚約者であるエメリーヌです。今後、仲良くしてあげてください」
「レオナール様にそのように願われましたら、もちろんですわ。お初にお目にかかります、ウトマン侯爵家のアネットです」
アネット侯爵令嬢が、天使のような笑顔を見せた。
「エメリーヌ・トルイユでございます」
さして付け足す言葉も見つからず、名前だけ告げた。
「それでは、パーティーを存分に楽しんでいってください」
思ったとおり、レオナールも当たり障りのない会話で、この場を終わらせようとしている。
けれど、アネット侯爵令嬢が、この場に爆弾を投げ込んだ。
「お二人はどうして急に婚約をなさったのですか?」
「ははっ、どうしてそんなことを仰るのか分かりませんが、もちろん、俺が彼女を愛しているからですよ」
「今まで、レオナール様とエメリーヌ様に、そんな素振りはございませんでしたでしょう」
「周囲に隠していただけですよ」
「それは、どうしてでしょうか?」
上目遣いのアネット嬢が言った。
「俺の想い人だと世間に知られると、エメリーが注目を浴びるからね。彼女はそういうのを嫌がっていたから隠していたが、そろそろ公表する時期だと思ったからですよ」
よどみなく言い切った。
おっ! これは予想外だ。
馬車の中で予行練習していた演技が、案外、板に付いているではないか。
そう感心していれば、一歩も引かないアネット侯爵令嬢が、悪びれる様子もなく、とんでもない話をぶっ込んできた。
「わたくしは我が家のコネを使って、各方面の情報を探っていたので、レオナール様がトルイユ子爵家にドレスを贈ったのは存じておりましたが……」
「あはは、そうでしたか。今日のドレスは、彼女を想って随分と前から手配していましたからね」
「ですがお二人は先日まで、いつも喧嘩ばかりなさっていたと報告書に書いておりましたわ」
あらまぁ、レオナールも可哀そうに。
彼が日々狙われていたのは、プロの仕事あってのことかと同情の眼差しを向ける。
「あはは、喧嘩するほどエメリーと仲がいいもので、そう思われているのでしょう」
彼が同意を求めて私を見てくるため「ええ、そうね」と頷いておく。
「そうでしょうか? この会場に入って来たときのレオナール様の顔色が、あまりにも優れない様子でしたけど……。レオナール様は何か無理をなさっているのではございませんか?」
「はは、さすがアネット嬢ですね。誤魔化していたつもりですが、気づかれてしまいましたか」
「やはり、この婚約発表は偽──」
「僕の婚約について、先に新聞に情報を載せたので、周囲が騒がしくて……。毎日寝不足だったんですよ」
「そうでございます……か?」
綱渡りの会話をアネット侯爵令嬢と繰り広げている最中も、会場に到着した貴族たちの名前が次々とアナウンスされている。
彼女の弟に「これ以上は失礼だから」と諭され、アネット侯爵令嬢は目の前から消えた。
私は婚約者ではないから、本来、恨まれる筋合いもない。
それでも何かを勘ぐっている彼女には、近づかないでおこう。
本当の婚約者だと勘違いされてしまえば、プロの諜報員を送られるかもしれないもの。
そうこうしていれば、今度はレオナールの妹であるアリアが、私たちに笑顔を見せている。
その妹に吸い寄せられるように、レオナールが動き出すため彼に従う。
この男……。自分の家族にまで私を紹介するようだと思う私は、偽装婚約を拡散するのに余念のない彼と並んで、彼の妹と対面する。
「アリアへ紹介するよ。俺の婚約者のエメリーヌだ」
紹介を受けた私は、姿勢を正す。
「トルイユ子爵家が娘のエメリーヌです」
「お兄様もエメリーヌ様も水臭いですわ。わざわざ紹介されなくても、エメリーヌ様のことは存じておりますよ」
「光栄ですわ」
「公爵家のことで不安や疑問があれば、わたくしに何でも聞いてくださいまし」
そう言ったアリアは、愛らしい笑顔をレオナールに見せた。
だがアリアは私に顔の向きを変えた瞬間、眉間に皺を刻み、しかめ面に変わる。
彼と釣り合いのとれない私を婚約者にしても、全く気にしていないのは、この場でレオナールだけだ。
「エメリー良かったね。アリアは優しいからラングラン公爵家のルールやしきたりを丁寧に教えてくれるはずだ。これでいつ我が家へ嫁いできても、困ることはないな」
「おほほ、それは嬉しいことですわ」
「アリアとはいつでも話せるからな。今度ゆっくり別の会を設けよう」
そう言ったレオナールが、アリアから距離をおいたため、ふぅ~と、一息つく。
私の横にいるレオナールは、全く気にする素振りはないけれど、あの妹は、私とレオナールの婚約を完全に拒絶しているだろう。まあ、それが正常の反応だと思うけど。
◇◇◇
56
お気に入りに追加
815
あなたにおすすめの小説
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる