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偽装婚約の契約①

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 兄から強引にドレスの箱を押し付けられ、肩を落として部屋へと運んだ。

「どうか、どうか、神様! 中身がドレスではありませんように!」
 そんな願いを込め、蓋を開ける。

 だが、たった一秒で怖くなった私は、勢いよく蓋を閉めた。

「はぁ~……、はぁ~……」

 怨念の塊のようなドレスを見て、吐く息が荒くなり、心臓が悲鳴を上げるほどドキドキしている。

 言うまでもないが、もちろん恐怖で。

 中身は見間違うことなくドレス! それも、めちゃくちゃに彼を意識したやつだ。

 恐怖、恐怖、恐怖だ! ホラーよ!
 どういう心境で私にこれを贈ってきたんだろうと思う私は、気を取り直して、再び蓋を開けた。

 残念ながら、先ほど見たまんまの代物が入っている。

 白地のサテン生地に金糸でびっしりと刺繍が描かれ、もはや金色にさえ見えてしまう、とびきり豪華なドレスである。

 その挙句、大きなアメジストのネックレスとイヤリングが同封されている。

 この怨念セットの送り主は、金髪に紫の瞳のレオナールであり、彼をとんでもなく意識した一式だ。

 変だな。私に寄ってくるのは、どんぐり好きの近所のリスぐらいだって言ってのけたのは、どこの誰よ。

 まさか自分が「可愛いリスです」なんて言い出すんじゃないわよね。
 可愛さの欠片もない、でかい図体のくせに、無理があるから。

 そんな風に考えていたが、怨念セットを返却もできず、パーティーの日を迎えるのであった。

 ◇◇◇

 あのレオナールが本当に迎えに来るのだろうか?
 それさえも分からないまま、着替えを済ませた私は兄の監視下に置かれた。

「レオナール様の指定の時刻になったな。これで俺も逃亡するエメリーの見張り役から解放されるな」

「それってレオナールに頼まれたのかしら⁉︎」

「いいや、妹思いの兄の優しい気遣いだ」

「はぁ? どこが優しいのよ! 妹を身売りさせる悪党め」
 兄とどうしようもない言い合いをしていれば、狭い我が家の中に、ガランガランと乾いた音が響く。

 奇怪な行動に出た意味不明な幼馴染が……とうとう来てしまった。

 私の背中を押す兄から、無理やりエントランスに追いやられたのだが、視界に映るのは、生気を失い、石のように固まる犬猿の幼馴染だ。

 なぜか放心状態でレオナールが立っており、何も言わない。きつく口を結んでいて、とにかく怪しい。

 不審なレオナールは、誰かに罰ゲームでもさせられ、私をパーティーに誘ったのだろうか?
 そうとしか思っていると、レオナールが恥ずかしげに口を開いた。

「待たせて悪かったな」

「え? 少しも待っていないわよ! レオナールのくせに、待ってもらえていると思っていたの?」

 こちらは最後まで逃げようとしていたんだけど。おかしな勘違いをしないでよね、と冷たく返した。
 それを聞いたレオナールが真っ青になる。

 いつもの調子で険悪な空気になりかけたところで、すかさず兄が、横から口を差し挟む。

「兄が教えただろう。本当は待っていなくても『楽しみにしておりました』と可愛く、それっぽいことを言っておけとな。いちいち正論をぶっ込んだら、レオナール様の夢が壊れるだろう」

「は? レオナールは私にどんな夢を見ているっていうのよ。罰ゲームで私を迎えにきたのよ。ねぇ、レオナール」
 視線を兄からレオナールに変え、同意を求めた。

「罰ゲームって、お前なぁ……」

 レオナールが激しく瞬きを繰り返す。

「何よ!」

「今日は何の日か知っているか? 今日は、エ、エ、エ、エ」

「はぁ? エがどうしたのよ」

「今日は公表するんだよ、エ、エエ……。いや、この先は会場で伝える」

「はは~ん。なるほどね。貴族新聞はエイプリルフールの嘘だったのね。今のでばっちり理解したわ。どうせご友人の王太子殿下と、どうしようもない賭け事をして、負けたんでしょう」

「おい……賭け事って……?」

「男の人はみんな賭け事が好きなんだから、本当にしょうがないわね」

「好きなのは……賭け事ではなくて、エ、エ──……。お前との婚約をだな」

「嘘の婚約発表なんかしちゃって、どうするのよ?」

「嘘って……」

 あんぐりと口を開けるレオナールが、言葉に詰まる。
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