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挿話
挿話①
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子どもが生まれてもルイーズとエドワードの関係は、全く変わる気配はない。
「……ルイーズ、キスしたい……」
エドワードは、横にいるルイーズを抱き寄せ、ルイーズの唇を覆うようなキスを始める。
ルイーズが受け入れるように、軽く口を開けると、彼の舌がルイーズの中を這うように堪能する。
ふたりの唾液が混ざり合う頃にはルイーズは全身を火照らせ、離れていくエドワードの唇が名残惜しいと、せつない感情に支配される。
潤んだ瞳でエドワードを見つめ、もっと触れて欲しい……。
そう思ったとき、ライアンと名付けた男児が、おぎゃあと、泣き声を上げた。
すると、エドワードがくすくすと笑いだす。
「あー、残念だったな。ルイーズが俺を誘っていたのに、ライアンに邪魔されたな、くくっ」
「はぁぁーっ、違うわよ。ライアンが悪態を吐くようになったら困るから、変なことを吹き込まないでよ……」
「はぁぁーっ、ルイーズに似るほうが騙されて困るだろう。呑気な話ばかり聞かせるなよ」
ムキになって言い返すエドワードに、ルイーズは笑っている。
実際のところ、黒髪、黒い瞳のライアンが、大好きなエドワードにそっくりで、ルイーズは堪らなくうれしいのだ。
ルイーズは我が子を、毎日頬ずりをして溺愛していた。
そして、エドワードも同じ。
エドワードの指示で、ライアンを従者には触れさせていない。
エドワードは、回復魔法師への報酬を払えず、王宮で豹変する人々を、散々目にしてきたのだ。
大袈裟なほど、ライアンを心配するのは、むしろエドワードらしいと、ルイーズは少しも気にしていない。
産後もすこぶる順調にことが進み、自分の体調が良いのは、ずっと横にいてくれるエドワードのお陰なのだろうとルイーズは思っていた。
**
ライアンが生まれて、もう少しで2か月というころ。
ルイーズの弟のアランは、姉の大好きなリンゴを持ってルイーズの出産を労いに訪ねていた。
もちろん彼は、この国の舞踏会で自分の母親が巻き起こした騒ぎの原因を知らない。
不敬な言動で斬首刑になったことは知っていても、あの母なら誰に何をしてもおかしくないと、深い理由まで父に追及していないのだ。
弟は、姉の変わらない顔を見て、早々に帰っていった。
日頃は食べることのないリンゴ……。
エドワードがいないことだし、まあいいかと、ルイーズは丸ごとかじりつく。
にんまりしたルイーズは、半分まで食べて満足した。
それから少しして、目を覚ました愛しい我が子にじゃれていた。
ライアンの頬に軽くキスを落とすと、なぜか赤くなる我が子の肌。
(ウソでしょう、これってもしかして……)
その直後に帰ってきたエドワードに、ルイーズはバタバタと足音を立てながら慌てて駆け寄る。
気が動転しているルイーズは、何も言わずにエドワードの手を握り、手の甲にキスを落とした。
……そうすると、エドワードの手の甲は、見る見るうちにルイーズの口唇が触れたところが赤くなった。
触れただけで、まるでキスマークができたのだ。
ルイーズは大きく口を開けて動揺する。
その感覚に覚えのあるエドワードは、ルイーズが何も言わなくても意味を理解しているようだった。
それ以上に、ルイーズが抱きかかえているライアンの頬にも、同じ赤いキスマークがあるのに愕然とし、声を震わす。
「ルイーズ……。リンゴを食べたのか」
「ごめんなさい、まさか……」
「いや、別に責めているわけじゃない、こんな偶然……」
エドワードは愛しの我が子の手に触れると、ライアンの頬のキスマークは消えた。
だが、それと同時に、エドワードの手の甲のキスマークも消えたのだ。
自分の手に視線を向けたまま、エドワードは珍しく悲しそうな表情を浮かべた。
「なるほどな……。母が俺のあとに子どもに恵まれなかった理由を確信した……。何度も妊娠の兆候はあったと聞いていたから、そうではないかと思っていたが、……やはり俺のせいだったのか」
始めは意味が分からなかったルイーズだが、息子のライアンが意図せずヒールを使っていることを理解した。
それならば、毎日すこぶる調子がいいのは、ライアンのお陰だ。
悲しそうなエドワードの感情を、ルイーズはきっぱり否定した。
「それはエドワードのせいじゃないわ。お母様ならむしろ、知らず知らずにエドワードに癒やされて、毎日幸せに過ごしていたと思うわよ、わたしみたいに」
「……そうか……」
エドワードは、5歳を過ぎてから回復魔法師の素質があると分かった。
けれど、それから何年かは力の使い方も分からなかったと、これまで教えてくれなかった、幼い頃の話を聞かせてもらった。
その頃から、エドワードの特性を知っていたのは、エドワードの父と王太子になったばかりの、今の国王陛下だった。
今の国王陛下とエドワードの出会い。
……それは、その3人だけの秘密。
王太子がお忍びで町へ出て、妃に説明が出来ないような事象に見舞われた。
それを知ったエドワードの父が、王太子をエドワードに会わせたのがきっかけだ。
それを聞いたルイーズは、不潔だわと、鼻をひくひくさせる。
(どうりでエドワードが、じじぃと言っても陛下が怒らないわけだ)
その話を終えたエドワードの表情は、相変わらず暗い。
彼は、自分の体質を手放しで喜んではいないのだ。
妙に落ち込んだ顔をするエドワードを、ルイーズは気にするなと励ました。
「お母様はエドワード1人だけで幸せそうだし、わたしは、女の子も欲しいけど、まあ、なんとかなるでしょう。ふふっ」
「こんなときは、ルイーズの適当な性格に救われるな……」
「適当じゃないわよ。ほら見て、真剣な顔をしているでしょう。今、精いっぱいこの子を守るのはどうしたらいいのか、悩んでいるんだから」
「特別なことはしなくて大丈夫だろう。俺も無意識にヒールを使っていたのだろうが、それでも問題なく成長したんだ。だが、ライアンがヒーラーだと分かれば信用のおける従者たちだってどうなるか……。とにかくバレないように誰にも何も言うな。そもそも俺の子というだけで、勝手にヒーラーだと信じている者ばかりだからな」
「わたし、出来るかしら……」
「ルイーズは、ウソが下手だからな。次の舞踏会は、生まれた子はヒーラーなのかと、聞かれるはずだ。返答がブレないように練習しておけよ」
「……ルイーズ、キスしたい……」
エドワードは、横にいるルイーズを抱き寄せ、ルイーズの唇を覆うようなキスを始める。
ルイーズが受け入れるように、軽く口を開けると、彼の舌がルイーズの中を這うように堪能する。
ふたりの唾液が混ざり合う頃にはルイーズは全身を火照らせ、離れていくエドワードの唇が名残惜しいと、せつない感情に支配される。
潤んだ瞳でエドワードを見つめ、もっと触れて欲しい……。
そう思ったとき、ライアンと名付けた男児が、おぎゃあと、泣き声を上げた。
すると、エドワードがくすくすと笑いだす。
「あー、残念だったな。ルイーズが俺を誘っていたのに、ライアンに邪魔されたな、くくっ」
「はぁぁーっ、違うわよ。ライアンが悪態を吐くようになったら困るから、変なことを吹き込まないでよ……」
「はぁぁーっ、ルイーズに似るほうが騙されて困るだろう。呑気な話ばかり聞かせるなよ」
ムキになって言い返すエドワードに、ルイーズは笑っている。
実際のところ、黒髪、黒い瞳のライアンが、大好きなエドワードにそっくりで、ルイーズは堪らなくうれしいのだ。
ルイーズは我が子を、毎日頬ずりをして溺愛していた。
そして、エドワードも同じ。
エドワードの指示で、ライアンを従者には触れさせていない。
エドワードは、回復魔法師への報酬を払えず、王宮で豹変する人々を、散々目にしてきたのだ。
大袈裟なほど、ライアンを心配するのは、むしろエドワードらしいと、ルイーズは少しも気にしていない。
産後もすこぶる順調にことが進み、自分の体調が良いのは、ずっと横にいてくれるエドワードのお陰なのだろうとルイーズは思っていた。
**
ライアンが生まれて、もう少しで2か月というころ。
ルイーズの弟のアランは、姉の大好きなリンゴを持ってルイーズの出産を労いに訪ねていた。
もちろん彼は、この国の舞踏会で自分の母親が巻き起こした騒ぎの原因を知らない。
不敬な言動で斬首刑になったことは知っていても、あの母なら誰に何をしてもおかしくないと、深い理由まで父に追及していないのだ。
弟は、姉の変わらない顔を見て、早々に帰っていった。
日頃は食べることのないリンゴ……。
エドワードがいないことだし、まあいいかと、ルイーズは丸ごとかじりつく。
にんまりしたルイーズは、半分まで食べて満足した。
それから少しして、目を覚ました愛しい我が子にじゃれていた。
ライアンの頬に軽くキスを落とすと、なぜか赤くなる我が子の肌。
(ウソでしょう、これってもしかして……)
その直後に帰ってきたエドワードに、ルイーズはバタバタと足音を立てながら慌てて駆け寄る。
気が動転しているルイーズは、何も言わずにエドワードの手を握り、手の甲にキスを落とした。
……そうすると、エドワードの手の甲は、見る見るうちにルイーズの口唇が触れたところが赤くなった。
触れただけで、まるでキスマークができたのだ。
ルイーズは大きく口を開けて動揺する。
その感覚に覚えのあるエドワードは、ルイーズが何も言わなくても意味を理解しているようだった。
それ以上に、ルイーズが抱きかかえているライアンの頬にも、同じ赤いキスマークがあるのに愕然とし、声を震わす。
「ルイーズ……。リンゴを食べたのか」
「ごめんなさい、まさか……」
「いや、別に責めているわけじゃない、こんな偶然……」
エドワードは愛しの我が子の手に触れると、ライアンの頬のキスマークは消えた。
だが、それと同時に、エドワードの手の甲のキスマークも消えたのだ。
自分の手に視線を向けたまま、エドワードは珍しく悲しそうな表情を浮かべた。
「なるほどな……。母が俺のあとに子どもに恵まれなかった理由を確信した……。何度も妊娠の兆候はあったと聞いていたから、そうではないかと思っていたが、……やはり俺のせいだったのか」
始めは意味が分からなかったルイーズだが、息子のライアンが意図せずヒールを使っていることを理解した。
それならば、毎日すこぶる調子がいいのは、ライアンのお陰だ。
悲しそうなエドワードの感情を、ルイーズはきっぱり否定した。
「それはエドワードのせいじゃないわ。お母様ならむしろ、知らず知らずにエドワードに癒やされて、毎日幸せに過ごしていたと思うわよ、わたしみたいに」
「……そうか……」
エドワードは、5歳を過ぎてから回復魔法師の素質があると分かった。
けれど、それから何年かは力の使い方も分からなかったと、これまで教えてくれなかった、幼い頃の話を聞かせてもらった。
その頃から、エドワードの特性を知っていたのは、エドワードの父と王太子になったばかりの、今の国王陛下だった。
今の国王陛下とエドワードの出会い。
……それは、その3人だけの秘密。
王太子がお忍びで町へ出て、妃に説明が出来ないような事象に見舞われた。
それを知ったエドワードの父が、王太子をエドワードに会わせたのがきっかけだ。
それを聞いたルイーズは、不潔だわと、鼻をひくひくさせる。
(どうりでエドワードが、じじぃと言っても陛下が怒らないわけだ)
その話を終えたエドワードの表情は、相変わらず暗い。
彼は、自分の体質を手放しで喜んではいないのだ。
妙に落ち込んだ顔をするエドワードを、ルイーズは気にするなと励ました。
「お母様はエドワード1人だけで幸せそうだし、わたしは、女の子も欲しいけど、まあ、なんとかなるでしょう。ふふっ」
「こんなときは、ルイーズの適当な性格に救われるな……」
「適当じゃないわよ。ほら見て、真剣な顔をしているでしょう。今、精いっぱいこの子を守るのはどうしたらいいのか、悩んでいるんだから」
「特別なことはしなくて大丈夫だろう。俺も無意識にヒールを使っていたのだろうが、それでも問題なく成長したんだ。だが、ライアンがヒーラーだと分かれば信用のおける従者たちだってどうなるか……。とにかくバレないように誰にも何も言うな。そもそも俺の子というだけで、勝手にヒーラーだと信じている者ばかりだからな」
「わたし、出来るかしら……」
「ルイーズは、ウソが下手だからな。次の舞踏会は、生まれた子はヒーラーなのかと、聞かれるはずだ。返答がブレないように練習しておけよ」
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