上 下
59 / 88
第4章 離れたふたり

4-14 ルイーズの捕獲④

しおりを挟む
 左手の甲にされた優しいキス。触れていたエドワードの唇が、ゆっくりと離れていった。

 ……胸が高鳴ったルイーズは、名残惜しく思う。
 けれど、顔を上げたエドワードから、ぬくもりを感じさせる甘い笑顔が、ふっとルイーズに向けられた。
 初めて見る彼の笑顔に、ルイーズはさらに胸がきゅっとなる。

 ……エドワードに自分の気持ちを伝えてもいいの? ……そう思ったルイーズの瞳は、じんわりと熱くなる。

 自分の左手を包んでいたエドワードの手が、ゆっくり離れていこうとしている。
 駄目。もっと、エドワードのぬくもりを感じていたい。
 そう思ったルイーズは、咄嗟とっさに右手を出して、彼の手を引き止める。

 ……すると何の違和感もなく動く右手に、ルイーズはハッとする。
 けがをしてから、何をどうやっても、一切動かなかった。それなのに、全く違和感もなく動く。
 何が起きたのか分からない。でも間違いなくエドワードが治してくれた。
 エドワードを見つめていたルイーズは、喜びのあまり、見る見るうちに表情を変えていく。

「エドワードっ! 信じられない。右手が動くわ」
 何度も手を開いたり握ったりして動かすルイーズ。
 エドワードはうれしそうな表情で、まるで子どものようにはしゃぐルイーズを見ている。

「今まで、たくさん治療をしてきたけど、治した後に、初めて俺もうれしいと思った。これまでは治して当たり前みたいな感じでやっていたからな」

「ありがとう、すごいわ、こんな奇跡が起きるなんて。あれっ、でも、元々救護室で治してもらっていたのに、どういうこと?」
「さあな? 陛下は俺のヒールが一番効くって、いつも言っているけどな。相性か何かあるんじゃないのか? 入れ替わったときからルイーズの体は全部知っているし」

「その言い方、ちょっと恥ずかしいわ。もう、相変わらずデリカシーがないんだから」
 ルイーズの言葉を聞いたエドワードは、表情をこわばらせている。

「悪い、伝えていないことがある。俺は素手で触れると相手の体のイメージが伝わってくるんだ。のぞくつもりはないが、色々分かることもある。普段、手袋を着けているのはそういう理由だ……、嫌だろうから……」
 そう言って、エドワードは手袋をはめようとする。
 それに気付いたルイーズは、彼の手にそっと手を置き、制止する。

「なんだ、カッコ付けているわけじゃなかったのね、ふふっ。ちょっと恥ずかしいけど、嫌じゃないし、どうせ、わたしのことは色々知っているんでしょう。気にしないわよ」

「おい、いいのか? ルイーズの腹が減っているのだって、聞かなくても分かっていた、そういう意味だぞ……」
「いいわよ。考えようによっては便利でしょ。だって、手をつなぐのは直接がいいもん」

「お前、どんだけお気楽なんだよ……。いや、そうでもないのか。ルイーズはあの家を出るのか? それならこのまま、俺の所に来るか」

(弟が言っていた、ルイーズを売るって話……奴隷、いや娼館しょうかんだろうな。そんなことを考える母親がいるなら、あの屋敷から、早急に出るべきだろう)

 首を振って、申し訳なさそうに断るルイーズ。
「ううん大丈夫。だって、エドワードが手を治してくれたし、アランのこともあるから、すぐにはちょっと……」

 今日からずっと一緒にいられると期待したエドワード。
 申し出を断られ、肩を落とす。

(俺は弟のせいで断られたのか? まあ、いいか。アランが来なければ、この先2度とルイーズに会えなくなっていたんだろうから)


「アランに礼を言っておけよ。ルイーズのことを心配して、わざわざ訓練場まで、チョコレートとリンゴをくれた人を探していたからな」

「え、あの子、そんなことをしていたの……。ふふっ、でも、エドワードから、もらった記憶はないわね」

「あのリンゴは俺が食べたから、今度ルイーズに返してやるよ。そうすれば、リンゴをくれた人になるからいいだろう。チョコレートは、この前ケーキを食っていたから、それだ」
「ふふっ、そうしておくわ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...