49 / 88
第4章 離れたふたり
4-4 姉と元婚約者の揉め事
しおりを挟む
ルイーズが訓練中に負傷した翌日。
エドワードは、ルイーズに早く会いたくて、無意識にいつもの時間より早く、屋敷を出ていた。
それなのに……、彼女は騎士の訓練に現れない。
しばらく待っていたエドワード。たった今、踏ん切りを付けたようだ。ベンチに腰掛けている彼は、ゆっくりと重い腰を上げた。
これまでもルイーズが休んだことは何度もあった。「今日、ルイーズは来ない」と結論付け、訓練場を後にする。
ルイーズに会えるのを昨夜から楽しみにしていたエドワード。彼は、訓練場に来たときとは、全く別人のように暗い顔をしている。
そこから出た直後。訓練場の外にいたパトリシアから声を掛けられる。
エドワードは、パトリシアに純真な笑顔を向けられている。
清楚でかわいらしいパトリシア伯爵令嬢は、まだ幼さも残り庇護欲をそそる。
けれど、エドワードはそれに釣られず気落ちしたままだ。彼の目元も口元も緩むことはない。
精いっぱい、彼なりに気をつかっているけれど、今のエドワードは笑う気には到底なれなかった。
内心、ルイーズのことが気になり、どうすべきなのか悩んでいる。
それと同時に、エドワードは国王のことも心配していた。
この入れ替わりの最中に、彼は何度も陛下の側近の姿を目にして、逃げ続けていたのだ。
そんな彼が、パトリシアに作り笑いを向ける余裕は、少しもなかった。
「こんにちはエドワード様、お父様から伺っているかと思うのですが、ルイーズ様と出掛けていたように、わたしともデートをしてくれませんか?」
デートと言われて意気消沈する彼は、そっけなかった。
「あー、父から聞いていましたが、急に今日と言われても俺にも都合がありますから。もし、あしたの訓練に、ルイーズが今日のように来なければ、昼まででいいなら。それ以外の時間は忙しいから、まず無理だ」
少し考えているようなパトリシア。エドワードは、ルイーズとは午後に出掛けていたのを知っている。
それでも、頬笑んで会話を続ける。
「そうですか……。分かりました。あしたもわたし、ここへ来ますね」
「ちなみに、どっか行きたい所でもあるんですか?」
「新しくできたケーキ屋さんに行ってみたいの。リンゴのケーキがとてもおいしくて話題なのよ。人気があって並んでいるかもしれないけど」
「はぁ~、そうですか分かりました。ルイーズが来なければ、ですから、あまり期待しないでください」
(あしたは、ルイーズも来るだろう。それにしても、並んでまでケーキを食うって、そんな話があるのか。令嬢の気持ちはよく分からんな)
そう思いながらエドワードは、しばらく顔を見ていなかった陛下の元へ向かっていた。
***
一方その頃。姉ミラベルの部屋。
姉ミラベルに呼び出されていたモーガンが、姉ともめていた。
「わたし、妊娠していなかったし、あなたとは結婚しないで済んだわ」
「あっそう、それは助かった。僕もミラベルのような性悪な女は願い下げだ。ルイーズの方が断然かわいげがあって、良かったよ」
「あら、そう、じゃあルイーズの方に戻ればいいじゃない。でも残念ね、あの子は騎士になるのは、もう辞めたそうよ。あなたのご期待には沿えないでしょうけど、今日から訓練に行っていないから、部屋にいるんじゃないかしら」
その言葉に逆上したモーガンは激昂して、姉の胸ぐらをつかんだ。
「俺の安泰の計画が丸つぶれになったのは、性悪女、お前のせいだぞっ! お前が、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らさなければ、こんなことにならなかったんだ。どうしてくれるんだっ」
「くっ、苦しいわよ、離して」
モーガンに胸ぐらを強く引っ張られ、苦しくなった姉は青ざめながらも辺りを見回している。
そして、彼女の視界に、ガーベラが生けてある一輪挿しに目が止まった。
彼女は、モーガンに気付かれないように、左腕をブルブルと震わせながら棚まで伸ばすと、人差し指の先がかすかに一輪挿しに触れた。
姉の腕では届かない……。そう思われた、そのとき。
モーガンがほんの少し力を抜いたため、姉は、閉じかけた手を開く。
ガッと一輪挿しを握り締め、怒りの感情のまま、モーガンの頭を全力で殴った。
姉が一輪挿しを振りかぶって殴った勢いは止まらず、彼の頭頂部で割れた花瓶はナイフのように尖ったまま、左目まで流れるように振り下ろされた。
頭頂部から血が出ている。
けれど、それよりも彼が焼けるように痛みを感じたのは左目だ。
「目、目がっ」
そう叫ぶと、左目を両手で抑えながら、姉の部屋を走って出ていった。
自分勝手なモーガンが、一目散に向かった先は、うわさに聞く王宮の回復魔法師の元である。
エドワードは、ルイーズに早く会いたくて、無意識にいつもの時間より早く、屋敷を出ていた。
それなのに……、彼女は騎士の訓練に現れない。
しばらく待っていたエドワード。たった今、踏ん切りを付けたようだ。ベンチに腰掛けている彼は、ゆっくりと重い腰を上げた。
これまでもルイーズが休んだことは何度もあった。「今日、ルイーズは来ない」と結論付け、訓練場を後にする。
ルイーズに会えるのを昨夜から楽しみにしていたエドワード。彼は、訓練場に来たときとは、全く別人のように暗い顔をしている。
そこから出た直後。訓練場の外にいたパトリシアから声を掛けられる。
エドワードは、パトリシアに純真な笑顔を向けられている。
清楚でかわいらしいパトリシア伯爵令嬢は、まだ幼さも残り庇護欲をそそる。
けれど、エドワードはそれに釣られず気落ちしたままだ。彼の目元も口元も緩むことはない。
精いっぱい、彼なりに気をつかっているけれど、今のエドワードは笑う気には到底なれなかった。
内心、ルイーズのことが気になり、どうすべきなのか悩んでいる。
それと同時に、エドワードは国王のことも心配していた。
この入れ替わりの最中に、彼は何度も陛下の側近の姿を目にして、逃げ続けていたのだ。
そんな彼が、パトリシアに作り笑いを向ける余裕は、少しもなかった。
「こんにちはエドワード様、お父様から伺っているかと思うのですが、ルイーズ様と出掛けていたように、わたしともデートをしてくれませんか?」
デートと言われて意気消沈する彼は、そっけなかった。
「あー、父から聞いていましたが、急に今日と言われても俺にも都合がありますから。もし、あしたの訓練に、ルイーズが今日のように来なければ、昼まででいいなら。それ以外の時間は忙しいから、まず無理だ」
少し考えているようなパトリシア。エドワードは、ルイーズとは午後に出掛けていたのを知っている。
それでも、頬笑んで会話を続ける。
「そうですか……。分かりました。あしたもわたし、ここへ来ますね」
「ちなみに、どっか行きたい所でもあるんですか?」
「新しくできたケーキ屋さんに行ってみたいの。リンゴのケーキがとてもおいしくて話題なのよ。人気があって並んでいるかもしれないけど」
「はぁ~、そうですか分かりました。ルイーズが来なければ、ですから、あまり期待しないでください」
(あしたは、ルイーズも来るだろう。それにしても、並んでまでケーキを食うって、そんな話があるのか。令嬢の気持ちはよく分からんな)
そう思いながらエドワードは、しばらく顔を見ていなかった陛下の元へ向かっていた。
***
一方その頃。姉ミラベルの部屋。
姉ミラベルに呼び出されていたモーガンが、姉ともめていた。
「わたし、妊娠していなかったし、あなたとは結婚しないで済んだわ」
「あっそう、それは助かった。僕もミラベルのような性悪な女は願い下げだ。ルイーズの方が断然かわいげがあって、良かったよ」
「あら、そう、じゃあルイーズの方に戻ればいいじゃない。でも残念ね、あの子は騎士になるのは、もう辞めたそうよ。あなたのご期待には沿えないでしょうけど、今日から訓練に行っていないから、部屋にいるんじゃないかしら」
その言葉に逆上したモーガンは激昂して、姉の胸ぐらをつかんだ。
「俺の安泰の計画が丸つぶれになったのは、性悪女、お前のせいだぞっ! お前が、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らさなければ、こんなことにならなかったんだ。どうしてくれるんだっ」
「くっ、苦しいわよ、離して」
モーガンに胸ぐらを強く引っ張られ、苦しくなった姉は青ざめながらも辺りを見回している。
そして、彼女の視界に、ガーベラが生けてある一輪挿しに目が止まった。
彼女は、モーガンに気付かれないように、左腕をブルブルと震わせながら棚まで伸ばすと、人差し指の先がかすかに一輪挿しに触れた。
姉の腕では届かない……。そう思われた、そのとき。
モーガンがほんの少し力を抜いたため、姉は、閉じかけた手を開く。
ガッと一輪挿しを握り締め、怒りの感情のまま、モーガンの頭を全力で殴った。
姉が一輪挿しを振りかぶって殴った勢いは止まらず、彼の頭頂部で割れた花瓶はナイフのように尖ったまま、左目まで流れるように振り下ろされた。
頭頂部から血が出ている。
けれど、それよりも彼が焼けるように痛みを感じたのは左目だ。
「目、目がっ」
そう叫ぶと、左目を両手で抑えながら、姉の部屋を走って出ていった。
自分勝手なモーガンが、一目散に向かった先は、うわさに聞く王宮の回復魔法師の元である。
0
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる