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第4章 離れたふたり

4-4 姉と元婚約者の揉め事

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 ルイーズが訓練中に負傷した翌日。
 エドワードは、ルイーズに早く会いたくて、無意識にいつもの時間より早く、屋敷を出ていた。
 それなのに……、彼女は騎士の訓練に現れない。
 しばらく待っていたエドワード。たった今、踏ん切りを付けたようだ。ベンチに腰掛けている彼は、ゆっくりと重い腰を上げた。
 これまでもルイーズが休んだことは何度もあった。「今日、ルイーズは来ない」と結論付け、訓練場を後にする。

 ルイーズに会えるのを昨夜から楽しみにしていたエドワード。彼は、訓練場に来たときとは、全く別人のように暗い顔をしている。

 そこから出た直後。訓練場の外にいたパトリシアから声を掛けられる。
 エドワードは、パトリシアに純真な笑顔を向けられている。
 清楚せいそでかわいらしいパトリシア伯爵令嬢は、まだ幼さも残り庇護ひご欲をそそる。
 けれど、エドワードはそれに釣られず気落ちしたままだ。彼の目元も口元も緩むことはない。

 精いっぱい、彼なりに気をつかっているけれど、今のエドワードは笑う気には到底なれなかった。
 内心、ルイーズのことが気になり、どうすべきなのか悩んでいる。
 それと同時に、エドワードは国王のことも心配していた。
 この入れ替わりの最中に、彼は何度も陛下の側近の姿を目にして、逃げ続けていたのだ。
 そんな彼が、パトリシアに作り笑いを向ける余裕は、少しもなかった。

「こんにちはエドワード様、お父様から伺っているかと思うのですが、ルイーズ様と出掛けていたように、わたしともデートをしてくれませんか?」
 デートと言われて意気消沈する彼は、そっけなかった。

「あー、父から聞いていましたが、急に今日と言われても俺にも都合がありますから。もし、あしたの訓練に、ルイーズが今日のように来なければ、昼まででいいなら。それ以外の時間は忙しいから、まず無理だ」

 少し考えているようなパトリシア。エドワードは、ルイーズとは午後に出掛けていたのを知っている。
 それでも、頬笑んで会話を続ける。
「そうですか……。分かりました。あしたもわたし、ここへ来ますね」
「ちなみに、どっか行きたい所でもあるんですか?」
「新しくできたケーキ屋さんに行ってみたいの。リンゴのケーキがとてもおいしくて話題なのよ。人気があって並んでいるかもしれないけど」

「はぁ~、そうですか分かりました。ルイーズが来なければ、ですから、あまり期待しないでください」
(あしたは、ルイーズも来るだろう。それにしても、並んでまでケーキを食うって、そんな話があるのか。令嬢の気持ちはよく分からんな)

 そう思いながらエドワードは、しばらく顔を見ていなかった陛下の元へ向かっていた。

***

 一方その頃。姉ミラベルの部屋。

 姉ミラベルに呼び出されていたモーガンが、姉ともめていた。
「わたし、妊娠していなかったし、あなたとは結婚しないで済んだわ」
「あっそう、それは助かった。僕もミラベルのような性悪な女は願い下げだ。ルイーズの方が断然かわいげがあって、良かったよ」
「あら、そう、じゃあルイーズの方に戻ればいいじゃない。でも残念ね、あの子は騎士になるのは、もう辞めたそうよ。あなたのご期待には沿えないでしょうけど、今日から訓練に行っていないから、部屋にいるんじゃないかしら」
 その言葉に逆上したモーガンは激昂げっこうして、姉の胸ぐらをつかんだ。

「俺の安泰の計画が丸つぶれになったのは、性悪女、お前のせいだぞっ! お前が、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らさなければ、こんなことにならなかったんだ。どうしてくれるんだっ」

「くっ、苦しいわよ、離して」
 モーガンに胸ぐらを強く引っ張られ、苦しくなった姉は青ざめながらも辺りを見回している。
 そして、彼女の視界に、ガーベラが生けてある一輪挿しに目が止まった。
 彼女は、モーガンに気付かれないように、左腕をブルブルと震わせながら棚まで伸ばすと、人差し指の先がかすかに一輪挿しに触れた。

 姉の腕では届かない……。そう思われた、そのとき。

 モーガンがほんの少し力を抜いたため、姉は、閉じかけた手を開く。
 ガッと一輪挿しを握り締め、怒りの感情のまま、モーガンの頭を全力で殴った。

 姉が一輪挿しを振りかぶって殴った勢いは止まらず、彼の頭頂部で割れた花瓶はナイフのようにとがったまま、左目まで流れるように振り下ろされた。
 頭頂部から血が出ている。
 けれど、それよりも彼が焼けるように痛みを感じたのは左目だ。

「目、目がっ」
 そう叫ぶと、左目を両手で抑えながら、姉の部屋を走って出ていった。

 自分勝手なモーガンが、一目散に向かった先は、うわさに聞く王宮の回復魔法師ヒーラーの元である。

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