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第4章 離れたふたり

4-3 緊張の食卓

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 沈んだ顔のルイーズ。自分のベッドの上で、仰向あおむけで寝転がっている。
 頭の中はフル回転で、少しも止まることはない。
 そんな彼女は、自分の身の振り方を思い悩む。
 この少し前まで、さまざまなことを試していたルイーズ。
 けれど、何をどうやっても、右手はぴくりとも動かない。
 今、自分の顔の前に両手を持ち上げている。
 ……けれど、右手だけはだらりと垂れ下がる。 

 ルイーズが将来のことを考える真剣さは、これまでのものとは全く違う。
 騎士になれば、この家を去る道が開けそうだった。それが駄目でも、住み込みの仕事を探せば、うまく逃げ出せると思っていた。

 けれど今は、仕事に就きたくとも、片手が使えない。こんな自分では、この先の見当が全く付かない。
 実際。この国の情勢で、伯爵家を出て1人で暮らすには、片手が使えないのであれば、まず無理だった。

(エドワードは、カーティスが婚約を願ってきたと言っていた。
 けど、それは、騎士を目指していた、わたしに……。今の自分ではないもの、彼は頼れない。
 駄目だ、どう考えても誰かを頼るのは選択肢にはなさそうだ。
 どうしよう、手が動かないなんて継母に知られたら、すぐに娼館しょうかんに売られる気がする。
 取りあえずわたしのことは、継母と姉には隠すしかない。
 大丈夫よ、顔を合わせるのは食事のときだけ。パンは片手でちぎってスープに浸せば気付かれない。
 当面は誤魔化せるはず。
 でも、何とかしなきゃ。……どこかにある修道院。行き方は分からないけど、何とかなるだろうか? あしたから調べてみるか)

**


 ルイーズは執事に呼ばれ、食事の席に着いた。
 そして、目の前の皿を見てゴクリと唾をのみ、固まっている。
 よりによって、今まで自分に出されることのなかった、牛肉のステーキが目の前にあるのだから。

(何が起きたら、こんなことになっているのよ。エドワードは、わたしと入れ替わっている間に何をしたの……。どうしよう。食べなければ怪しまれる……、だけど、ナイフとフォークは使えない無理だわ)

 そう思ったルイーズは、周囲を見回そうと顔を上げた。
 すると、めずらしく父から声を掛けられた。

「エドワード様に、粗相はなかったか?」
 唐突な、エドワードに関する質問。
 それを聞かれたルイーズは、椅子から体が飛び跳ねて、ガタッと大きな音を鳴らした。

 今日に限っては大失態をしている自覚がある。心底合わせる顔がなくてへこんでいる。
 今、どうしてそれを聞くのかと、ドキリとした。
 だが、冷静になったルイーズ。
 考えてみれば、あしたから騎士の訓練に行かない。
 いや、行けない。
 それも含めて誤魔化せる。

 当主の質問を言い訳のチャンスととらえ、そこは包み隠さず正直に話すことにした。

「今日は、自分の不注意でエドワードに合わす顔もないほどの迷惑を掛けてしまって。だから、もう騎士の訓練には行かないことにしま……」
 ルイーズが静かに話し終える前に、会話は遮られた。

「ルイーズ、お前、あれほど逃がすなと言ったのに!」
 突然、口を挟んできた伯爵夫人は、頭から湯気が出ていそうな怒り口調。
 ルイーズが、まさかの大物を捕まえてきた。
 あまりにも想定外の出来事。だが、それは、それで都合が良い。
 この国の名門スペンサー侯爵家との縁談。
 そうなれば、相当な結婚支度金が期待できる。
 それを当てにしていた伯爵夫人の計算が、大きく狂ったようだ。
 感情の納まりが付かない伯爵夫人は、わざわざ立ち上がって怒り出した。

(逃がすなって、エドワードのこと? わたしと入れ替わっている間に、一体何があったのよ。
 駄目だ。何だか分からないけど、すごい剣幕。この家に少しでも長くいようなんて、甘えたことは言っていられない)
 
 うつむいて顔色の悪いルイーズを見て、高々と笑い始めた姉。

「あはははっ。まあ、そもそもルイーズにエドワード様を狙うのは無理があったのよ」
「役立たずに食べさせる料理はないわよ。あの子の料理を下げてちょうだい」

 目をつり上げる継母が、ルイーズの主菜と副菜を下げるように言ったお陰で、ルイーズの食事は、パンとスープだけのいつもの食事に逆戻りしていた。

 これにほっとしたルイーズは小さく、ふぅ~っと、ため息をついた。

 継母と姉に気付かれないように、できるだけうまく左手を使う必要がある。
 落ち着け。何とかなると、心の中で自分を励ました。

 思ったよりも左手がうまく使えなかったのだろう、ルイーズからは、あせりの色が見える。
 ……疲れた様子のルイーズは、おぼつかない手つきで、何とか食事を済ませて席を立った。

 いつも物言わぬ弟が、その様子を不思議そうに見ていたのをルイーズは気付いていない。

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